2013年2月28日、15時の気温が鹿児島市は19度くらいだったそうです。
なんだかヤバイ。といってもまあ大丈夫なのですが、大体調子が悪くなって
再発して、ご入院というのはこういう日なのです。
ここしばらくの天気の推移をみてみます。
21 22 23 24 25 26 27 28 日付
晴れ 曇り 曇り 晴れ 晴れ 雨 曇り 晴れ 天気
14.2 13.3 14.2 14.9 15.3 14.3 20.7 19 最高気温
2.6 3.8 3.2 1.9 5.2 10.7 11.9 最低気温
ソース
http://weather.goo.ne.jp/past/2013/12/827/index.html
http://tenki.jp/forecast/point-1888.html
で、寒い日が続いて、昨日くらいから暖かくなりました。
一方天気のほうは26日にぐずついて昨日が曇りで今日は晴れでした。
冬が終わって春がやってくるという感じの日でした。
城山ではムラサキケマンが咲き、城山近辺の喫茶店にはホトケノザ
が活けてありました。
毎年、何日かそういう特別の日があります。
調子は悪くはならないまでも、調子悪くなるのはこういう日だな
というのはなんとなく感覚でわかるのです。そういう受けの感覚
もスイッチの機構の一つになってしまうのかもしれませんけど。
P.S なんとなく鬱屈とさせる雰囲気の日が続いた後に
早春の雰囲気を感じさせる日がやってきて、
「すばらしい明日」が開けてくるような感じがしてくるとき
がマズイです。すばらしい明日が開けてくるような気分は心地
よいものです。その気分を味わいつつも、少し引き気味にして
身を任せて無理しないことがいいのかもしれません。
どうせまた移ろいゆきます。破たんしなければ、少しづつでも
積み重なっていくものもあるかと思います。「スーパーマン」には
なれなくても、自分なりに世の中のあれこれを思いめぐらせる自由
をもつだけでも素晴らしいではありませんか。ほんのちょっとした
楽しみ、でも陰性状態も知っているので「楽しめる」ことこそかけがえ
のないものです。バブリーな境遇は誰かにおまかせして、自分の密か
な楽しみを心行くまで味わいたいです。
はじめての方へ
私が入院したのは1992年と93年のそれぞれ春です。入院期間は短く、現在も小さな症状があるくらいです。非定型精神病に典型ってあるのかどうかわかりませんが、今は精神病者と健常者の狭間にいるような感覚です。外来は最初から途絶えることなく続いてますし、服薬のほうは一生つづくでしょう。病気の理解の助けになるかどうか知りませんが、ある種の人間の理解の助けにはなるかもしれません。
P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。
p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。
p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
こう見えるというものにすぎません。仮設的な思考の計算
用紙、あるいは個人用のネタ帳といったところです。
P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)
P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)
P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)
P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)
2013年2月28日木曜日
日本の地方都市における精神病者の可能性とその限界
なんだか、仰々しい卒論のテーマめいたお題ですね。
何度もこのブログ読んだ方にとっては、また羊頭狗肉か
という印象ですけど、露天掘り方式で即席ででっちあげて
みます。
まず、「日本の」という限定詞をつける理由。
発信者の時間軸空間軸をはっきりさせたいわけです。
できればグローバルな座標の中の。
逆を言えば、日常はほぼ鹿児島市内数か所のスポットを
めぐる線上で完結していまうわけで、世界が狭いわけです。
だから発想も、そういうスケールで完結してしまいがちです。
カントはケーニヒスベルグからほとんど動かなかったそうです。
その一方で世界地理に明るかったそうです。私に同じロジック
が働いていると言い立てるつもりはありません。
ただ、制約があるからこそ、その制約下の可能性を追ってみたく
なるものです。
都市を使いこなすことも、図書館を使い倒すことも現実には無理
です。そういうわけで、少なくとも最低限の豊かな環境はあるの
です。
そういうところを出発点にしながら、そういう背景での精神病者の
可能性と限界について考えてみたいと思います。
可能性というキーワードに着目した理由は、「そもそも私は何を
やりたかったのだろう?」「何をもがいていたのだろう?」といった
疑問が起こったからです。
精神病になった時点で、人生はあきらめるものなのかどうか。
あきらめきれないとしたら何をしたらいいのだろうか?
別に成功したいという欲なのではないのですよ。ただ、命尽きる
までの有限の時間をどう使うのがいいのだろうかなんて考える
わけです。結局乱読の日々に蕩尽してしまった感があるのです
けども。
乱読するにしても、地方都市の可能性と限界という枠がかかって
くると思います。鹿児島市は60万人くらいの人口の地方都市。
総合大学一つに私立大学、短大がいくつか。そんな感じの都市
なので、そういう条件から図書館で読める本も決まってくると思い
ます。専門図書館がある都市とも条件は違うし、区立図書館が
いくつもあるという都市とも条件は違うと思います。
その一方で地域性は豊かで離島も多く、県の広さは日本の中でも
一番広い県の一つです。そこからくる自然や文化の多様性も魅力
で、情報は図書館に集められています。といっても結局はさらに
集約した感じで大都市の研究室などに南西諸島についてのデータ
も集積されていることも知ってはいるのですけども。
そこで精神病者というキーワードに移りたいと思います。
私はどういう意味で精神病者という言葉を使い、どういう観点から
自分のことを精神病者とみなしているのでしょう。
非定型精神病という診断をもらって、外来に通っているという意味
では精神病者ということなのかもしれません。でも症状は落ち着き、
今ではたまに地味な鬱っぽい感じのときがあるに過ぎません。
かといって再発の可能性がまったくないわけでもないのですけど。
急性精神病を経たことで決定的に自分の中で何かが変わってしまった
ことは自覚しています。ある意味「宇宙的」な体験をして、宗教活動を
始めるというところまではならなかったけど、周囲の世界に対する
まなざしはすっかり変わりました。
周囲の事物の背後には探究するべきに値する宇宙のような世界が
広がっていて、ありとあらゆることに興味と感心は広がりました。
でも、逆に一つのことを究めることは難しくなりました。自分の中では
いろいろなものを見つめていても一つの存在みたいなものを見つめて
いるという感じにもっていきたいわけですけど、観念的には分かっても
実際どんな感じなのかよくわかりません。
先ほどの図書館がらみの話と合わせますと、都市の文化的中心の一つ
は図書館であって、図書館の深層部分を探究したいという不思議な
欲求なのかもしれません。図書館で得た知識を自分の中で統合したい。
そういう無理な欲求を抱えているのかもしれません。
とはいえ、少しは自分のことを客観視できるようにはなり、能力的にも
時間的にもそんなことは無理だということがしみじみわかるようになり
ました。ある意味、私の書き散らしたものは、急性精神病で「宇宙的」
何かに目覚めてしまった誰かに対する、遠くからのメッセージなのかも
しれません。
錬金術者の多くが結局は無為に人生を蕩尽してしまったように、私も
無為にこの歳まで過ごしてしまったような気がします。
されど、周囲の事物の一つ一つが無意味な存在ではないように、
ひとりひとりの人生の営みが無意味な時間の経過ではないように
思います。もちろん私の人生も、読まれている方の人生も。
ある種の難破船の航海日誌として、書き続けていきたいです。
同じく漂流中の船にのっていらっしゃる方々にエールを送ります。
「その人生に幸あれ」
何度もこのブログ読んだ方にとっては、また羊頭狗肉か
という印象ですけど、露天掘り方式で即席ででっちあげて
みます。
まず、「日本の」という限定詞をつける理由。
発信者の時間軸空間軸をはっきりさせたいわけです。
できればグローバルな座標の中の。
逆を言えば、日常はほぼ鹿児島市内数か所のスポットを
めぐる線上で完結していまうわけで、世界が狭いわけです。
だから発想も、そういうスケールで完結してしまいがちです。
カントはケーニヒスベルグからほとんど動かなかったそうです。
その一方で世界地理に明るかったそうです。私に同じロジック
が働いていると言い立てるつもりはありません。
ただ、制約があるからこそ、その制約下の可能性を追ってみたく
なるものです。
都市を使いこなすことも、図書館を使い倒すことも現実には無理
です。そういうわけで、少なくとも最低限の豊かな環境はあるの
です。
そういうところを出発点にしながら、そういう背景での精神病者の
可能性と限界について考えてみたいと思います。
可能性というキーワードに着目した理由は、「そもそも私は何を
やりたかったのだろう?」「何をもがいていたのだろう?」といった
疑問が起こったからです。
精神病になった時点で、人生はあきらめるものなのかどうか。
あきらめきれないとしたら何をしたらいいのだろうか?
別に成功したいという欲なのではないのですよ。ただ、命尽きる
までの有限の時間をどう使うのがいいのだろうかなんて考える
わけです。結局乱読の日々に蕩尽してしまった感があるのです
けども。
乱読するにしても、地方都市の可能性と限界という枠がかかって
くると思います。鹿児島市は60万人くらいの人口の地方都市。
総合大学一つに私立大学、短大がいくつか。そんな感じの都市
なので、そういう条件から図書館で読める本も決まってくると思い
ます。専門図書館がある都市とも条件は違うし、区立図書館が
いくつもあるという都市とも条件は違うと思います。
その一方で地域性は豊かで離島も多く、県の広さは日本の中でも
一番広い県の一つです。そこからくる自然や文化の多様性も魅力
で、情報は図書館に集められています。といっても結局はさらに
集約した感じで大都市の研究室などに南西諸島についてのデータ
も集積されていることも知ってはいるのですけども。
そこで精神病者というキーワードに移りたいと思います。
私はどういう意味で精神病者という言葉を使い、どういう観点から
自分のことを精神病者とみなしているのでしょう。
非定型精神病という診断をもらって、外来に通っているという意味
では精神病者ということなのかもしれません。でも症状は落ち着き、
今ではたまに地味な鬱っぽい感じのときがあるに過ぎません。
かといって再発の可能性がまったくないわけでもないのですけど。
急性精神病を経たことで決定的に自分の中で何かが変わってしまった
ことは自覚しています。ある意味「宇宙的」な体験をして、宗教活動を
始めるというところまではならなかったけど、周囲の世界に対する
まなざしはすっかり変わりました。
周囲の事物の背後には探究するべきに値する宇宙のような世界が
広がっていて、ありとあらゆることに興味と感心は広がりました。
でも、逆に一つのことを究めることは難しくなりました。自分の中では
いろいろなものを見つめていても一つの存在みたいなものを見つめて
いるという感じにもっていきたいわけですけど、観念的には分かっても
実際どんな感じなのかよくわかりません。
先ほどの図書館がらみの話と合わせますと、都市の文化的中心の一つ
は図書館であって、図書館の深層部分を探究したいという不思議な
欲求なのかもしれません。図書館で得た知識を自分の中で統合したい。
そういう無理な欲求を抱えているのかもしれません。
とはいえ、少しは自分のことを客観視できるようにはなり、能力的にも
時間的にもそんなことは無理だということがしみじみわかるようになり
ました。ある意味、私の書き散らしたものは、急性精神病で「宇宙的」
何かに目覚めてしまった誰かに対する、遠くからのメッセージなのかも
しれません。
錬金術者の多くが結局は無為に人生を蕩尽してしまったように、私も
無為にこの歳まで過ごしてしまったような気がします。
されど、周囲の事物の一つ一つが無意味な存在ではないように、
ひとりひとりの人生の営みが無意味な時間の経過ではないように
思います。もちろん私の人生も、読まれている方の人生も。
ある種の難破船の航海日誌として、書き続けていきたいです。
同じく漂流中の船にのっていらっしゃる方々にエールを送ります。
「その人生に幸あれ」
2013年2月27日水曜日
モノや情報の整理と統合
家の中もパソコンの中もそして頭の中もごたごたしている。
21世紀は整理統合の時代らしい。個人レベルでもそうなのかも。
ところであたまの中の情報の整理は一人でもできるかもしれない
けれど、できれば対話相手を探したほうがよろしい。
ブログなどに書き散らしたものも情報の整理には役立っている
かもしれない。
よく考えるとなにがなんだかよくわからなくなってしまった世の中
だけど、自分なりに消化していく時間も必要なのかもしれない。
消化するには十分な時間が必要だ。
脳は寝ている間に断片化した情報の整理と統合をしているらしい。
その結果がそれぞれの人の自我だとすると、なんとか統合できている
という意味でそれぞれの人の人格なるものはすごいものだと思えてくる。
それなりのまとまりがあり、多少の歪みはあるかもしれないけども、
少なくとも、もよりの人々にとってはかけがえのない存在として、
各個人は成り立っている。
いつもつきあっていて、これ以上の卑近なる存在はないともいえるけども、
それぞれの人の雰囲気というのは何かしら味のある不思議なエンティティ
だ。
それはそうである一方、より整理された統合というカタチもきっとある
はずで、これはきっと一生仕事に違いない。
なんとなく、雑念のように意識の流れがとりとめもないことを考えているが
これも、営々とした頭の中の掃除のような気がする。
その結果どうなるのかわからない。
どうもならないような公算が大きい。
されど、そのようなものとして、各人は日々生き、考え続けている。
社会の大きさからみると一匹の蟻以下の存在ではあるが、
別是一壺天、それぞれの大宇宙が広がっている。
21世紀は整理統合の時代らしい。個人レベルでもそうなのかも。
ところであたまの中の情報の整理は一人でもできるかもしれない
けれど、できれば対話相手を探したほうがよろしい。
ブログなどに書き散らしたものも情報の整理には役立っている
かもしれない。
よく考えるとなにがなんだかよくわからなくなってしまった世の中
だけど、自分なりに消化していく時間も必要なのかもしれない。
消化するには十分な時間が必要だ。
脳は寝ている間に断片化した情報の整理と統合をしているらしい。
その結果がそれぞれの人の自我だとすると、なんとか統合できている
という意味でそれぞれの人の人格なるものはすごいものだと思えてくる。
それなりのまとまりがあり、多少の歪みはあるかもしれないけども、
少なくとも、もよりの人々にとってはかけがえのない存在として、
各個人は成り立っている。
いつもつきあっていて、これ以上の卑近なる存在はないともいえるけども、
それぞれの人の雰囲気というのは何かしら味のある不思議なエンティティ
だ。
それはそうである一方、より整理された統合というカタチもきっとある
はずで、これはきっと一生仕事に違いない。
なんとなく、雑念のように意識の流れがとりとめもないことを考えているが
これも、営々とした頭の中の掃除のような気がする。
その結果どうなるのかわからない。
どうもならないような公算が大きい。
されど、そのようなものとして、各人は日々生き、考え続けている。
社会の大きさからみると一匹の蟻以下の存在ではあるが、
別是一壺天、それぞれの大宇宙が広がっている。
両親の文化の継承と統合
日本は文化の坩堝状態で、世界中の文学もそして、思想も図書館に
籠るだけで勉強することができるそうです。
文化といっても漠然としているのですが、道具や素材が入っている棚
みたいな感じですね。
分かりやすい例が無国籍料理でしょう。料理というジャンルは料理以外の
分野のことを考えるためにも、使えそうな喩を与えてくれるように思い
ます。
そういう目で両親の背中に運んできた荷物、両親の背景とする文化も
道具箱みたいな感じで眺めることができます。
といっても、十分な内容を聞くこともできないうちに父は死んでしまい
ました。ぼんやりと父の生まれ育った台湾のことが頭に残っています。
それらの断片を元手にやっぱり図書館にいきます。チンチン電車で
20分ほど離れた鹿児島大学中央図書館。
ある程度まとまった量の台湾文学の本と、戦前期の台湾文学の
全集みたいなものもあります。歴史の棚にも少数ではありますが
台湾関連の本が並んでいます。
それらを開くと、父から聞いた話、例えば当時蕃人と呼ばれていた
少数民族の話など、そういった話の背景を肉付けしてくれます。
母は徳之島育ち。鹿児島県立図書館の郷土資料コーナーには
奄美や徳之島関連の本もあります。
小さな頃はまったく興味をもたなかったのですが、年をとり、
自分の中の根無し草感を痛感するうちにこういった過去に関する
本をときたまめくるようになりました。遅ればせながらなのでは
ありますが。
私は鹿児島育ち、幼稚園の時、選挙がらみで一家揃って20日間、
徳之島に帰郷したことがあります。70年代初めの徳之島です。
それが一番長く滞在した時で、原風景のようにガジュマルの樹や
昔風の家、降るような星空、サンゴ礁の潮溜まり、今でも思い出し
ます。
でも、シマグチ(徳之島方言)は挨拶くらいしか知りません。
母が時折、静岡に暮らす叔母と共通語とシマグチをときおり
混ぜながらしゃべるのもまったく理解できません。
ついでに書くのですが、母方の祖母が中学生になる前までの期間
私の家で暮らしていたのですが、祖母は共通語がしゃべれず、
私との間でコミュニケーションができませんでした。そのため、祖母
がどんな人だったのかよくわからないのです。そして、もっと悲しい
ことにそれが悲しいことであるということすら最近になるまで気づかな
かったのです。
私の生まれる前に祖母の元にアメリカのエール大学からシーバー
さんという方がやってきて、祖母はシマグチのインフォーマントとなって
多分その資料は今もエール大学のどこかに眠っていると思います。
ちなみにシーバーさんの名は奄美に縁の深い作家島尾敏夫の全集
の中にちらっと出てきます。
両親それぞれの背景となす文化や歴史を掘っていくと底なし状態に
なるのかもしれないのですが、ちょっとずつでもそういう大仕事をした
ほうがいいのではないかと思うようになりました。といっても研究とか
そういう意味合いのものではなく、両親が背負っていた文化の道具
箱の中に何か使える道具が入っていたのではなかろうかというような
まったく功利的な動機です。
そう思ってしまうのはそこらへんの風景が個性を失っていくのと同期
しながら、自分たちの頭の中からも歴史的な背景が失われてしまう
のではないかという危惧です。とはいっても歴史にこだわってしまうの
は鹿児島独特の文化的影響かもしれませんけどね。
中央から発信された情報を受け取る場合でも、自分なりの受け方を
したいという欲望なのかもしれません。地方的な風味をつけるという
発想もまた中央由来のものかもしれませんけど、そこは仕方があり
ません。せっかく南北に細長い日本で暮らすのだから、そこからくる
メリットを生かしたいと精一杯あがいているのかもしれません。
さてと、今まで散々過去と関係深い話をしてきたのですが、そういう
生活の一方で仮想世界「セカンドライフ」であれこれモノづくりしたり
変な恰好して歩いていたりします。こっちはどちらかというと未来と
関係深い話です。
単なる生活者として、ブログでさんざん書きちらし、仮想世界という
形でネット世界における身体と場所性みたいなものも持っています。
そういう過去と未来を結ぶような不思議な組み合わせが個人的には
気に入っているのです。表現することにまつわる欲もないではないの
ですが、そういう娑婆っ気と吹っ切れたふつうの人による生活から出
てきた表現みたいなものが面白いのではないかと思います。
とどめの一撃としてリンクを挙げておきます。こんな感じの自然な感じ
で何かを表現したいのです。
https://www.youtube.com/watch?v=4U5QgFuhqko
P.S ちなみに徳之島の方言はこんな感じです。
https://www.youtube.com/watch?v=2ZrhuTy2GrA
耳から入るとほとんど外国語という感じなのですが、
文字をみると共通語と対応していて意味はなんとな
くわかります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E5%B3%B6%E7%AF%80
籠るだけで勉強することができるそうです。
文化といっても漠然としているのですが、道具や素材が入っている棚
みたいな感じですね。
分かりやすい例が無国籍料理でしょう。料理というジャンルは料理以外の
分野のことを考えるためにも、使えそうな喩を与えてくれるように思い
ます。
そういう目で両親の背中に運んできた荷物、両親の背景とする文化も
道具箱みたいな感じで眺めることができます。
といっても、十分な内容を聞くこともできないうちに父は死んでしまい
ました。ぼんやりと父の生まれ育った台湾のことが頭に残っています。
それらの断片を元手にやっぱり図書館にいきます。チンチン電車で
20分ほど離れた鹿児島大学中央図書館。
ある程度まとまった量の台湾文学の本と、戦前期の台湾文学の
全集みたいなものもあります。歴史の棚にも少数ではありますが
台湾関連の本が並んでいます。
それらを開くと、父から聞いた話、例えば当時蕃人と呼ばれていた
少数民族の話など、そういった話の背景を肉付けしてくれます。
母は徳之島育ち。鹿児島県立図書館の郷土資料コーナーには
奄美や徳之島関連の本もあります。
小さな頃はまったく興味をもたなかったのですが、年をとり、
自分の中の根無し草感を痛感するうちにこういった過去に関する
本をときたまめくるようになりました。遅ればせながらなのでは
ありますが。
私は鹿児島育ち、幼稚園の時、選挙がらみで一家揃って20日間、
徳之島に帰郷したことがあります。70年代初めの徳之島です。
それが一番長く滞在した時で、原風景のようにガジュマルの樹や
昔風の家、降るような星空、サンゴ礁の潮溜まり、今でも思い出し
ます。
でも、シマグチ(徳之島方言)は挨拶くらいしか知りません。
母が時折、静岡に暮らす叔母と共通語とシマグチをときおり
混ぜながらしゃべるのもまったく理解できません。
ついでに書くのですが、母方の祖母が中学生になる前までの期間
私の家で暮らしていたのですが、祖母は共通語がしゃべれず、
私との間でコミュニケーションができませんでした。そのため、祖母
がどんな人だったのかよくわからないのです。そして、もっと悲しい
ことにそれが悲しいことであるということすら最近になるまで気づかな
かったのです。
私の生まれる前に祖母の元にアメリカのエール大学からシーバー
さんという方がやってきて、祖母はシマグチのインフォーマントとなって
多分その資料は今もエール大学のどこかに眠っていると思います。
ちなみにシーバーさんの名は奄美に縁の深い作家島尾敏夫の全集
の中にちらっと出てきます。
両親それぞれの背景となす文化や歴史を掘っていくと底なし状態に
なるのかもしれないのですが、ちょっとずつでもそういう大仕事をした
ほうがいいのではないかと思うようになりました。といっても研究とか
そういう意味合いのものではなく、両親が背負っていた文化の道具
箱の中に何か使える道具が入っていたのではなかろうかというような
まったく功利的な動機です。
そう思ってしまうのはそこらへんの風景が個性を失っていくのと同期
しながら、自分たちの頭の中からも歴史的な背景が失われてしまう
のではないかという危惧です。とはいっても歴史にこだわってしまうの
は鹿児島独特の文化的影響かもしれませんけどね。
中央から発信された情報を受け取る場合でも、自分なりの受け方を
したいという欲望なのかもしれません。地方的な風味をつけるという
発想もまた中央由来のものかもしれませんけど、そこは仕方があり
ません。せっかく南北に細長い日本で暮らすのだから、そこからくる
メリットを生かしたいと精一杯あがいているのかもしれません。
さてと、今まで散々過去と関係深い話をしてきたのですが、そういう
生活の一方で仮想世界「セカンドライフ」であれこれモノづくりしたり
変な恰好して歩いていたりします。こっちはどちらかというと未来と
関係深い話です。
単なる生活者として、ブログでさんざん書きちらし、仮想世界という
形でネット世界における身体と場所性みたいなものも持っています。
そういう過去と未来を結ぶような不思議な組み合わせが個人的には
気に入っているのです。表現することにまつわる欲もないではないの
ですが、そういう娑婆っ気と吹っ切れたふつうの人による生活から出
てきた表現みたいなものが面白いのではないかと思います。
とどめの一撃としてリンクを挙げておきます。こんな感じの自然な感じ
で何かを表現したいのです。
https://www.youtube.com/watch?v=4U5QgFuhqko
P.S ちなみに徳之島の方言はこんな感じです。
https://www.youtube.com/watch?v=2ZrhuTy2GrA
耳から入るとほとんど外国語という感じなのですが、
文字をみると共通語と対応していて意味はなんとな
くわかります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E4%B9%8B%E5%B3%B6%E7%AF%80
2013年2月24日日曜日
バランスというもの
気分が盛り上がってきて「俺は天才だ」みたいな状態になった
とき、自分を抑え、なだめること。
「カミに出会えた」「宇宙的な体験」だからといって、宗教活動に
走らないこと。
その結果、ぱっとしない「平凡な私」の状態で社会の隅っこで
小さくなっているのだけど、線香花火の終わり方にも似て、
それが自分の身の丈なんだという感じがする。
母親はもう年老いているし、両親を悲しませる回数が割合
少なかった(とはいえ健常者とは比べられない)のはそれ
なりに良かったのだろう。
もっと欲の大きい人だったら、きっと「ひとびとを救おうと
思って」動いていたと思う。私は気が小さいから、ごしごし
ブログなんか書いてお茶を濁して満足している。
リウマチにはなったけど、脳機能の破壊はそれ程進まず、
それなりに人生楽しめている。運不運、その他の営みの
中で、皆それぞれのそれなりの今があると思うのだけど、
主に残りのコップの中身のほうに重点を置きながら、
それぞれの今の楽しみ方を工夫するのがいいのだと
思う。
書きながら、裏側の人生を考えてしまう。私はたまたま、
再発の回数が少なかったのだけど、多かったらどんな
感じなのだろう。今を楽しみのまったく感じられない心理
環境の中でむかえていたとしたらどうだったのだろう。
「ごめんなさい」とは言いたくない。
私もそう言われて嫌だったから。
いろいろ条件が違う中で、その人なりにもがいた上で
その人なりの今があるのだ。出発点も違うし、与えられた
ものも人それぞれ。簡単に比べられないし、結局のところ
本人のことが内からも外からも見えるのはカミさまのみ。
いるともいないとも、この世界の中からは分からないけど、
この世界の外からの視点をイメージすることはいろいろ
有効なのではないか。
「バランスというもの」という題から遠くなってしまった。
いろんなところで、心の均衡を探りながら日々生きている。
心の均衡を自力で取れるところに収まっているのは幸いだ。
多分自分で心底「ありがたい」と感じていないだけで、
限りなく贅沢なことに違いない。
たまに欠陥住宅のような身体を与えたカミさまを心底
恨み、呪いたくなることもある反面、もう一度人生を繰り返す
のなら迷わず自分の人生を選ぶだろう。社会的成功者、
そして有名人の人生も面白かろうけど、自分にとっては
自分の人生が一番しっくりくるものだ。
こういうことが書ける時点でお前は精神病者じゃないと
人は言うかもしれない。まあ、サクセスストーリーたる人生
ではなかったけど人間ドラマとしてはそれなりに面白かった
とは言える。「静かな人生」としかいえないけども、いろいろ
考える時間だけは十分に恵まれた。
P.S カミさまといっても、狂信的に信じ込んでいるという程
ではない。軽くたまに仏壇に手を合わせるくらいのものだ。
そのあたり、全く信心深くない。でも、唯物論的に割り切る
のも好きではなくて、よくわからないことはよくわからない
ままにしている感じだ。勝手に宇宙の外について思いめぐ
らせる自由は確保したい。
P.S カミさまといっても、狂信的に信じ込んでいるという程
ではない。軽くたまに仏壇に手を合わせるくらいのものだ。
そのあたり、全く信心深くない。でも、唯物論的に割り切る
のも好きではなくて、よくわからないことはよくわからない
ままにしている感じだ。勝手に宇宙の外について思いめぐ
らせる自由は確保したい。
2013年2月23日土曜日
21世紀に生きる精神病者って
21世紀に生きる精神病者などというとんでもないタイトルを
またつけたものだと思うのだけど、例によって露天掘り方式
で即席で考えてみます。
表現技術の大衆化は大きいと思います。文字を使うという
ことだけとっても、生活の一部として文字を使う人が増えて
きたのはネット時代になってからだと思います。
良くも悪くも心理学、精神医学の知識は大衆化しつつある
と思います。中途半端にという意味でもあるし、顕微鏡も
実験室も必要ないのでという意味も込められています。
患者であれば24時間実験室にいるということになります。
患者でなくても脳は誰でももっているので、それなりに
専門家であります。もちろん日常的過ぎて見えなくなる
ということは言語や社会にまつわることには多々あります。
多くの人がカメラをもつという状況を背景にして、先日の
ロシアでの隕石落下の映像を私たちはみることができました。
多分、多くの人が表現技術をもつことではじめて言語化される
精神病にまつわる物事もあるのではないかと思うのです。
21世紀初頭を生きる日本の地方都市の精神病者の自然誌
みたいな感じの記録ができあがればいいのになあと思っています。
鹿児島県だと離島が多いので研究者のフィールドになっています。
でも一方、研究しっぱなしで地元に還元されないとか、貴重な地元の
資料をもっていったまま還ってこないという苦情を聞いたこともあります。
その点、自分で記録をつければ恨みっこなしというのは考えが甘い
でしょうか?
他の患者のことはネットで調べれば日本語圏なら比較的簡単に
みることができます。
海外の当事者情報についてはまだ調べたことがありません。
海外どころか鹿児島県内にしてみても、どこにどういう当事者が
おられるのかさっぱり分かりません。
本当に身の回りの当事者仲間のことしか知りません。
そういう狭い世界の中でも最近思うことがあります。
当事者といっても、健常者に紛れんでしまうような当事者から
それなりに症状らしきものが表面に出てしまうことのある当事者
やらいろいろです。
でも、どちらにしても、表面は見ることができるのですが、
なかなか本当のところを理解することは難しいのです。
表面に出ているものがどれ程の苦しみを与えているのか
なかなか聞く気にもなれません。
表面に出ていなければ、出ていないなりにさらにどこで
困っているのかを理解することが難しくなってしまいます。
私みたいに生殺し状態で、仕事みたいな負荷を与えて初めて
表面化したり、普段は何でもないのに肝心かなめな場面で
不具合がでたりする人もいるのでしょう。
ある種の精神病は単に欠損するだけでなく、反対給付のように
恵みを与える場合もあるでしょうけど、それを社会の中で生かして
いくのは難しいと思います。そういう時は生かされないことが苦しみ
となります。
それでも、今の時代ならば過去であったら語られずじまいであった
それぞれの患者の物語を表現に落として発信することが可能です。
ネットに流しておけば、もし必要とする人がいるのなら、情報は
どこかに届くはずです。
私自身も他の当事者の言葉の中にたくさんのヒントをもらいました。
またつけたものだと思うのだけど、例によって露天掘り方式
で即席で考えてみます。
表現技術の大衆化は大きいと思います。文字を使うという
ことだけとっても、生活の一部として文字を使う人が増えて
きたのはネット時代になってからだと思います。
良くも悪くも心理学、精神医学の知識は大衆化しつつある
と思います。中途半端にという意味でもあるし、顕微鏡も
実験室も必要ないのでという意味も込められています。
患者であれば24時間実験室にいるということになります。
患者でなくても脳は誰でももっているので、それなりに
専門家であります。もちろん日常的過ぎて見えなくなる
ということは言語や社会にまつわることには多々あります。
多くの人がカメラをもつという状況を背景にして、先日の
ロシアでの隕石落下の映像を私たちはみることができました。
多分、多くの人が表現技術をもつことではじめて言語化される
精神病にまつわる物事もあるのではないかと思うのです。
21世紀初頭を生きる日本の地方都市の精神病者の自然誌
みたいな感じの記録ができあがればいいのになあと思っています。
鹿児島県だと離島が多いので研究者のフィールドになっています。
でも一方、研究しっぱなしで地元に還元されないとか、貴重な地元の
資料をもっていったまま還ってこないという苦情を聞いたこともあります。
その点、自分で記録をつければ恨みっこなしというのは考えが甘い
でしょうか?
他の患者のことはネットで調べれば日本語圏なら比較的簡単に
みることができます。
海外の当事者情報についてはまだ調べたことがありません。
海外どころか鹿児島県内にしてみても、どこにどういう当事者が
おられるのかさっぱり分かりません。
本当に身の回りの当事者仲間のことしか知りません。
そういう狭い世界の中でも最近思うことがあります。
当事者といっても、健常者に紛れんでしまうような当事者から
それなりに症状らしきものが表面に出てしまうことのある当事者
やらいろいろです。
でも、どちらにしても、表面は見ることができるのですが、
なかなか本当のところを理解することは難しいのです。
表面に出ているものがどれ程の苦しみを与えているのか
なかなか聞く気にもなれません。
表面に出ていなければ、出ていないなりにさらにどこで
困っているのかを理解することが難しくなってしまいます。
私みたいに生殺し状態で、仕事みたいな負荷を与えて初めて
表面化したり、普段は何でもないのに肝心かなめな場面で
不具合がでたりする人もいるのでしょう。
ある種の精神病は単に欠損するだけでなく、反対給付のように
恵みを与える場合もあるでしょうけど、それを社会の中で生かして
いくのは難しいと思います。そういう時は生かされないことが苦しみ
となります。
それでも、今の時代ならば過去であったら語られずじまいであった
それぞれの患者の物語を表現に落として発信することが可能です。
ネットに流しておけば、もし必要とする人がいるのなら、情報は
どこかに届くはずです。
私自身も他の当事者の言葉の中にたくさんのヒントをもらいました。
「私を見て」というワケでは多分ないのですよね
そもそもたがが私なんて「見せる程」のものじゃありません。
それじゃ、なんで個人情報垂れ流し風にいろいろ自分のこと
ばかり書いているの?という質問も出てきそうです。
ちょっとその答えを考えてみましょう。
しばらく前、アラーキーの『日本人ノ顔』というプロジェクトがありました。
http://www.j-face.info/drift.html
発想は結構近いのかもしれません。いろんな時代、いろんな場所の
それぞれの人、それぞれ世界をもっています。
そして、いくらかのサンプルをよく観察することで、人間というものに
ついて幾ばくかの直観を得ることができるのではないかと思ったのです。
「観察してほしいんだ。ジロジロ見られるのそんなに好き?」
きっとそうではないと思います。観察されるよりは観察するほうが好きです。
でも、自己観察して、こうやってデータ?として表に出すと感想を言ってくれる
奇特な人もいて、自分では気づけない自分のいろんなことを気づかせてくれ
たりするのです。
「やっぱり自分のことが知りたいんだ。自分探し系?」
確かにそういう面はあると思います。でも、植物なり星なり興味を持って
知りたくなるというのも、裏を返せばそういう対象に魅かれる自分を知るという
ことなのではないかと思うのです。
卑近なところではアイドルだったり、俳優さんだったり、それぞれご贔屓の方が
いらっしゃると思うのですが、それも内なる何かの投影みたいなもので、鏡みたい
な感じとしての誰かみたいな感じなのではないかと思うのです。ちょっとずれてきた。
戻します。
自分のことは自分ではなかなか知りえません。いいところもそうでないところも
曖昧なまま、ぼんやりとした自己像みたいなものを持っているのではないかと
思うのです。でも、あるていど文章の形などに落としてみると、他の人の随筆やら
自伝みたいなものと比べることができるようになります。
最近、ほかの人の文章みることが楽しいです。
「こういう考え方はしたことないなあ。」
「こういう書き方に時代の違いを感じるなあ」
などと感心しながら読んでいきます。
図書館の郷土資料コーナーなどにいくと、自費出版に限りなく近い
かたちの伝記みたいなものがたまにあるのですが、
以前はそういうものは素通りでした。有名人でもない普通に近い人の
文章にみるべきものはないなどと勝手に思い込んでいたのです。
でも、そこにはその人の境遇やら、時代やら、その人の文章を生み出した
背景というものがあります。
そういうものを見ているうちに、世間や近くの人の発言なども、そういう
言い方を生み出した背景があることがわかってきます。
自分の感覚とはかなり違ったり、ときとして違和感、嫌悪感が出てきた、
としてもそれなりの事情があるのです。そして、あくまでもそれは自分を
ものさしとして考えたときのものであって、それも世の中に無数あるもの
さしの一つでしかないのです。
そういうわけで、まず、曖昧でもやもやした自分なるものを固定するため、
そして、固定したものを他者のものと比べてみて、他者や自分のことを
知るために多分いろいろ書き出して記録をつけていると思うのです。
人間理解は社会を生きていくための土台にはなりえると思います。
世の中で最も複雑なもののひとつである人間は理解することも
本当は難しいものだと思います。
多くは自分なりに単純化して理解しているのだと思います。
せいぜいのところ表面的なところを理解したつもりになったまま
一生を終るのが精一杯なのだと思います。
本格的な小説は一読するだけではわからず、何度も何度も読み直す
ことによってやっと少しずつ理解を深めることができます。
本当は人の一生だってそうでしょう。輪廻転生のごとく、何度となく
生きなおさない限り、本当のところのことは分からないでしょう。
世間というものを知るには一生は短すぎて、大人になれば、
あるいは一生を終る頃には分かるというものでもないと思います。
一生を何度も繰り返すことは無理でも、文章は繰り返し読むことができます。
だからせめてものことですけど、その時考えたことを文章に纏めて
何回か読んでみることで、はじめは分からなかった、表面的でない何かが
分かってくるのではないかと思うのです。
祖父母、それから父ももう死んでしまったのですが、どんなことを言っていた
のか日々曖昧になります。ぼんやりとしたイメージだけが頭の中に残って
います。それもいいことなのでしょうけど。
生生しくその人の表現したものが残ることはある意味気味の悪いものでも
ありますけど、いつかは朽ちていく存在としてのせめてもの抗いなのかも
しれません。21世紀の人間は飛ぶ鳥跡を濁さずというわけにはいかないの
です。
それじゃ、なんで個人情報垂れ流し風にいろいろ自分のこと
ばかり書いているの?という質問も出てきそうです。
ちょっとその答えを考えてみましょう。
しばらく前、アラーキーの『日本人ノ顔』というプロジェクトがありました。
http://www.j-face.info/drift.html
発想は結構近いのかもしれません。いろんな時代、いろんな場所の
それぞれの人、それぞれ世界をもっています。
そして、いくらかのサンプルをよく観察することで、人間というものに
ついて幾ばくかの直観を得ることができるのではないかと思ったのです。
「観察してほしいんだ。ジロジロ見られるのそんなに好き?」
きっとそうではないと思います。観察されるよりは観察するほうが好きです。
でも、自己観察して、こうやってデータ?として表に出すと感想を言ってくれる
奇特な人もいて、自分では気づけない自分のいろんなことを気づかせてくれ
たりするのです。
「やっぱり自分のことが知りたいんだ。自分探し系?」
確かにそういう面はあると思います。でも、植物なり星なり興味を持って
知りたくなるというのも、裏を返せばそういう対象に魅かれる自分を知るという
ことなのではないかと思うのです。
卑近なところではアイドルだったり、俳優さんだったり、それぞれご贔屓の方が
いらっしゃると思うのですが、それも内なる何かの投影みたいなもので、鏡みたい
な感じとしての誰かみたいな感じなのではないかと思うのです。ちょっとずれてきた。
戻します。
自分のことは自分ではなかなか知りえません。いいところもそうでないところも
曖昧なまま、ぼんやりとした自己像みたいなものを持っているのではないかと
思うのです。でも、あるていど文章の形などに落としてみると、他の人の随筆やら
自伝みたいなものと比べることができるようになります。
最近、ほかの人の文章みることが楽しいです。
「こういう考え方はしたことないなあ。」
「こういう書き方に時代の違いを感じるなあ」
などと感心しながら読んでいきます。
図書館の郷土資料コーナーなどにいくと、自費出版に限りなく近い
かたちの伝記みたいなものがたまにあるのですが、
以前はそういうものは素通りでした。有名人でもない普通に近い人の
文章にみるべきものはないなどと勝手に思い込んでいたのです。
でも、そこにはその人の境遇やら、時代やら、その人の文章を生み出した
背景というものがあります。
そういうものを見ているうちに、世間や近くの人の発言なども、そういう
言い方を生み出した背景があることがわかってきます。
自分の感覚とはかなり違ったり、ときとして違和感、嫌悪感が出てきた、
としてもそれなりの事情があるのです。そして、あくまでもそれは自分を
ものさしとして考えたときのものであって、それも世の中に無数あるもの
さしの一つでしかないのです。
そういうわけで、まず、曖昧でもやもやした自分なるものを固定するため、
そして、固定したものを他者のものと比べてみて、他者や自分のことを
知るために多分いろいろ書き出して記録をつけていると思うのです。
人間理解は社会を生きていくための土台にはなりえると思います。
世の中で最も複雑なもののひとつである人間は理解することも
本当は難しいものだと思います。
多くは自分なりに単純化して理解しているのだと思います。
せいぜいのところ表面的なところを理解したつもりになったまま
一生を終るのが精一杯なのだと思います。
本格的な小説は一読するだけではわからず、何度も何度も読み直す
ことによってやっと少しずつ理解を深めることができます。
本当は人の一生だってそうでしょう。輪廻転生のごとく、何度となく
生きなおさない限り、本当のところのことは分からないでしょう。
世間というものを知るには一生は短すぎて、大人になれば、
あるいは一生を終る頃には分かるというものでもないと思います。
一生を何度も繰り返すことは無理でも、文章は繰り返し読むことができます。
だからせめてものことですけど、その時考えたことを文章に纏めて
何回か読んでみることで、はじめは分からなかった、表面的でない何かが
分かってくるのではないかと思うのです。
祖父母、それから父ももう死んでしまったのですが、どんなことを言っていた
のか日々曖昧になります。ぼんやりとしたイメージだけが頭の中に残って
います。それもいいことなのでしょうけど。
生生しくその人の表現したものが残ることはある意味気味の悪いものでも
ありますけど、いつかは朽ちていく存在としてのせめてもの抗いなのかも
しれません。21世紀の人間は飛ぶ鳥跡を濁さずというわけにはいかないの
です。
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