はじめての方へ

私が入院したのは1992年と93年のそれぞれ春です。入院期間は短く、現在も小さな症状があるくらいです。非定型精神病に典型ってあるのかどうかわかりませんが、今は精神病者と健常者の狭間にいるような感覚です。外来は最初から途絶えることなく続いてますし、服薬のほうは一生つづくでしょう。病気の理解の助けになるかどうか知りませんが、ある種の人間の理解の助けにはなるかもしれません。

P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。

p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
こう見えるというものにすぎません。仮設的な思考の計算
用紙、あるいは個人用のネタ帳といったところです。

P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)

P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)


2014年11月16日日曜日

第2回ストリートアート美術館



ストリートアート美術館がどんなものであるかは以下を参照ください。
http://izurogajuku.chesuto.jp/e1201268.html

私の行っている画塾生、合同でブースを出し、その中で4枚組、2点混ぜてもらいました。上は会場と私の出品作品の写真です。

作品はイラレで作ったものをキャンバス風の紙に打ち出し、発泡スチロールに貼り付けて、表面を透明シートで包装するという簡易なものです。

作品名は『隙間のあっちの仮想世界ⅰ』『隙間のあっちの仮想世界ⅱ』としました。

大体の作り方を説明します。


画塾での作業時間は1枚の作品につき3時間弱です。4枚組にして今回展示しました。大体、画塾の道すがらお題を考えます。で、そのお題に沿ってどういう作品にするかなりゆきでつくりながら決めていくというシンプルなやり方です。

で、感想もらいながら、教えてもらったものは意外と発想ってなかなか浮かばないということです。それがなりたつ理由は幼稚園前に貨物列車に興味をもったのにはじまり、興味の対象は変化しながらも、いつも何か熱中の対象があったことです。そのために、データベースとまではいかないにしろ、頭の中に百科事典があるような感じのところもあり、世の中にはどんなものが存在して、それはどんなであるかということについて、ある程度の引き出しがあることです。

それらをバラしたり、組み替えたりしながら、いろいろ作っていきます。

あと、ベジエ曲線はあまり使いません。手書きの曲線は二枚だけ使いましたが、最近はほとんど使わなくなりました。既成の画像背景素材みたいなのは一枚だけ使いました。基本的に幾何学図形をそのまま使ったり、拡大縮小、変形、それと、イラレでは分割もできるので、それは使っています。

まあ、自分ができないことは制約ということで自由度を下げて、それを土俵というか、ゲームのルールみたいにして箱庭のようにして作っていく感じです。そこらへんはセカンドライフでの私のやり方に似ています。

イラレの作品をいくつかつくるようになったのも、セカンドライフで3Dで自由度が大きいので、もうちょっと扱いやすい2Dに次数を下げてみて、扱いやすい環境でいろいろ試してみようと思ったことです。

次数を下げてみるというやり方は、物理学のほうで問題を解くときにそういう方法があると、啓蒙本に書いていたのを参考にしました。



2014年10月5日日曜日

他者の住んでいる世界が私にとっては可能世界

ものすごく卑近であり、ドラマチックでもロマンチックでもなく、ただの常識に過ぎない範囲のことかもしれないけど、他者の住んでいる世界がそのまま、私にとっては可能世界であるような気がする。

他者の住んでいる世界、批判するわけでも、賞賛するわけでもなく、それはただ単に自分からみたらそれは可能世界である。

可能世界という用語は使っているけど、ものすごく通俗的な意味で使っている。というかほぼ、感覚的な感じで。

アタマで作った可能世界も面白いのかもしれないけど、むしろ住み込んでいる可能世界のほうに惹かれる。アタマで作った可能世界の典型例は拡大縮小された世界。アリスもガリバー旅行記もそんなふうにしてしつらえられた可能世界が出てくる。

ミニチュアとしてのままごとセットから、仏壇やらお神輿まで、拡大縮小による可能世界というのが一番身近な可能世界なのかもしれない。

そういう意味では望遠鏡や光学顕微鏡、電子顕微鏡で覗いた世界も入る。そこまで凝らなくても、写真のマジックを使った風景写真もこの中に入る。(ここはちょっと論理的におかしいけどそのままにしておきます。)

散光星雲やら渦巻星雲の世界、それは長時間露光による写真の世界であることを知ったとき、天文熱が冷めた。大学のとき、電子顕微鏡の世界というのも、要するに写真の世界である、ということを知ったとき、ちょっとした幻滅があった。

でも、直接目で覗くことになぜこだわるのだろう?というのは今、裏返したような感じで思う疑問である。

以上が空間系。

時間的な話に移すと、つまらない話だけど、ろうそくの灯のように現在だけが実感がある。ろうそくを消費しながら、燃焼する現象が継続するように、何かを消費しながら生を継続しているのかもしれない。

過去はどんどん、消えていく。記録されたものだけが、残る。そして、記録されたものを通して過去を見る。未来についても、シミュレーションという望遠鏡を使って見る。考えるということだって、そういうものである。

私のこういうものの見方は観念的なのだろうか?
もっと現実を知らなくてはいけないのだろうか?

でも、本当にみんな現実をみてるのだろうか?
体験、経験を強調するけど、それなら私だって経験してる。

その人の覗いた葦の穴から覗いたほどの狭い経験ではあるかもしれないが、、、

そもそも、そういう風に考えるようになったのも、きっと何かの経験がきっかけに違いない。
反芻するように、自分の歩いてきたちっぽけな時間の旅を振り返る。
そこにしか考えるための資本はないのだから。

本に書いていることも、単なるインクの染みに過ぎない。
「退屈な日常」から逃れるために本を読む人もいるかもしれないけど、
私は日常空間を大事にしている。
それしかないからだ。
そこを掘り返すようにして、何か見つけようとする。

たまに遠出する。たまにというところが味噌であり、毎日が旅暮らしであれば、旅の経験値と引き換えにして、好奇心は磨耗していくことだろう。

他者のことを書こうとしたら、自分のことばかりてんこ盛りに書いてしまった。
でも、それも、他者から見たら、鏡を見るように、私が他者になり、私が書いたものが可能世界としての他者の世界になる。

そこにいったい何を彼らは見るのだろう?

合わせ鏡のように、何かがそこに写る。

2014年10月4日土曜日

仮想世界でのものづくりと生き物のお勉強の関係

今日はちょっと言い訳めいた話。
今日は坊津という薩摩半島の南端付近に行き、ツマベニチョウを久々に見、生垣状態でなっているグァバの実を食べたのだけど、関節リウマチのために、(というかそれを半分口実にして)、植物観察会にはいかず、仮想世界に籠っている、私にはグァバの実は甘いけど、どこか苦かった。

「つくってみて、はじめてわかる」。ロボット工学等、工学系の人の使う言葉。
アリの分類の先生から、アリのそれぞれの形態のもつ意味というか働きについては、分類学者というよりもむしろ、工学部の先生のほうがよくわかる、と聞いたことも耳に残っている。

そんなこんなで「つくる」という方向に向かっている。
栽培や料理という方向ではなく、仮想世界でのものづくりの方向。

それも、ボタニカルアート的な方向ではなく、抽象的な一見、生き物とは関係のないような、抽象的なオブジェを作るという方向に行っている。

自分の中だけでは、生き物の世界とモノたちの織り成す、生態系は響きあっている。それは生態系だけでなく、もっと卑近な家財道具の織り成す家の部屋の空間とも、自分の中では響きあっているのだけど、、、

でもやっぱり、フィールドの生の生き物たち、そして、生きている人の暮らす景観、そういったものたちの醸し出す存在感を目の前に感じると仮想のモノたちはいかにはかない存在でしかないかということを再確認してしまうのだ。

この間、「しみてつ祭2014 甲斐扶佐義×清水哲男 二人の写真展」
https://www.facebook.com/events/683472451730543/?ref=22

行ってきたのだけど、ナマの景観の存在感に圧倒された。もちろん、ナマの人間の存在感のほうにも。存在感なる言葉を私が持ち出すこと自体が申し訳ないくらいに。


それでも、やっぱり、私は仮想世界に居続けるだろう。
私はもともと、下町の人間だから、下町の空間を形づくっていた何かを仮想の世界に持ち込もうと骨を折ることだろう。

ネイティブの下町の人間だから、身近すぎて見逃すという点ももちろんあるけど、ネイティブだからこそ、というかネイティブでないと出せないニュアンスもきっとあるだろう、と信じながら。


下町の景観、生き物の織り成す世界、南島的なヒトとヒトとのつながり、そしてモノとのつながり、そういったことが、ぐるぐると渦をまきながら、でも、カタチとして具現化できずに、その周囲を私はぐるぐる巡回している。

2014年6月10日火曜日

久々の投稿

最近はfacebookばかりで投稿して、こっちで投稿するのを怠っていました。さて、何書こうかな。
Twitterでの行動パターンもあるいはお店との関係でもそうなのですが、頻繁に接点もつときにはもつし、もたなくなるともたなくなる。不思議な性質をもっています。

はずみ車が回りだすと回りだすし、いったん停まってしまうと動かすのにものすごいエネルギーが必要になる。かといって、無理して回していても息切れがしてしまう。そんな感じなのです。

今はもうなくなってしまったのですが、昔あったカフェのマスターから、「岩井さんは気まぐれだから」と愚痴られていました。反省してます。

2014年4月25日金曜日

SLのコミュニティの縮小とボトルネック効果

まず、最初に誤解を与えてはいけないことは、私はSLの日本語圏
のコミュニテイが縮小したことを喜んでいるという立場ではないこと
だ。ここははっきりさせて、誤解がないようにしておきたいところだと思う。

ただ、「ピンチはチャンス」という言葉があるようにモノゴトには裏表
の眺め方があるように思う。
何かSL内でシゴトに関わっている人は以下のリンクを参照されたい。
https://www.sys-in.com/column/index.php?id=301

でも、私はそういう意味でのチャンスだからというつもりで、この文章
を書いていない。例によって妄想癖というかもうちょっと大きなスケール
で考えてみる。以下つきあってくれる人は次のリンクも読んでほしい。

ボトルネック効果
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%83%83%E3%82%AF%E5%8A%B9%E6%9E%9C

遺伝学の用語でボトルネック効果というものがある。これをアナロジーと
して使って、文化にたいしても適応させることはできないだろうか?

別になにやら自分の思想、アイデア、コンセプトの色でSL全体を染め上げ
たいとかそういう野心をもっているわけではない。むしろ、今SLに残っている
人の知恵をそれぞれの場で集めて、何かカタチに残したらちょっとした資産
になるのではないかと思うのだ。

技術は古くなる、でも、基本的考え方は移り変わる技術の流れの中で不易な
るものとして残るのではないかと思う。そういうものは偉い人、特にアメリカ人
に任せればいいという話でもないと思う。言語圏、あるいはクラスターと呼んでも
いいし、文化圏と呼んでもいいのだけど、そこのまとまり独特の事情というのが
あるかもしれないからだ。

SLに限らず、人数的な意味で小規模だからやりやすいこと、小規模なうちに
やっておかねばならない仕事みたいなものもあると思う。

私の舌足らずな説明は以上。ボトルネック効果という用語を理解してもらって、
それが今のSLのコミュニティのような文脈の元でどんなアナロジーとして機能
するかそれぞれ考えてもらえればいい。

そして、外国から種をもってくるというやり方はまあ、現状では仕方がないという
部分もあるかもしれないけど、同時に自前で種を育種するという努力も始めて
もいいのではないかと思う。日本語圏という文化的土壌に外国直輸入の種は
適合するかどうかは約束されないし、適合したとしても二番煎じに過ぎない。
何よりありあわせの頭の中のアイデアを交配させたりしながら、アイデアの種
をブリーディングする作業は楽しい。

2014年4月11日金曜日

停滞中

最近、セカンドライフのものづくりのほうが停滞中だ。
ブログのほうも、そして、twitterも滞っている。
facebookのほうはそれなりに書き付けている。

自分の考えでは、自分の世界、イメージを探り当てたい
と思っている。いきなり、画像の世界をつくるのではなくて、
文字から入って、それを画像に膨らませるというのが
私のやり方かもしれない。

本は相変わらず、毎晩、読んでいる。本を置けるスペースが
あまりないので、どうしても仕事上買わないといけない本の
ほかには本もほとんど買っていない。

とまれ、今日は体がだるく、いいイメージもわいてこない。
このへんにしよう。

2014年3月21日金曜日

内面表現のためのいいまわし

精神病者のための文学が必要じゃないか?なんとなく、そんなこと
を思う。自分の内面を語るためのいいまわし。
内面を語っても仕方のない場合もあるし、場合によってはパンドラ
の箱を開ける場合もあって有害なときさえあるけれど、それでも
内面を書き連ね、時と場所を越えて伝えたい場合がある。

精神病者には歴史がない。70年代の精神病者が胸のうちでどんな
ことを考えてたのかほとんど知ることができない。軽症化の時代にな
ったから胸の内を語ることができるようになったのかどうか知らない。

外国の精神病者の胸のうちもそれほど多く知ることはできない。
文化的な違いが症状にあるいは考えることにどのように影を落とすの
か関東と関西の違いですら、沖縄と東北の場合ですら、それほどはっきり
としたことを認識していない。あるいは資料にも基づきもしないでそんなも
のは情報化の時代あるわけがないとはっきり言えるのだろうか?

内面を語るためのいいまわし、心理学や精神病理学の世界にもそれにまつ
わる語彙やいいまわしはあるだろう。もちろん使えるものは何でも使うと
いう主義だから、それも参考にするかもしれない。でも、自分の言葉で
語りたい。自分の言葉といっても、既存の言葉を借り着したものかもしれ
ないけど、自分なりに着こなしたい。

2014年3月18日火曜日

ガミラス星の焼き直しかも

小さいときみた宇宙戦艦ヤマトで出てきたガミラス星
の風景にたぶん影響されてできた作品。


ガミラス星の風景とは似ても似つかないけど、天井があって下に空間があるという発想は同じ。
最初は信号機とか電柱とかモチーフにして書こうと思ったけど、書いてみると、やはり細胞の
表面みたいな感じになってしまった。アイデンティティなのかも

シャボン玉が割れる

うまく言語化できない。

自分のシャボン玉が割れてしまった。
わかったようなことを書く気力が失せてしまった。

キラキラ、ピカピカしたシャボン玉。
太陽の光を受けて、虹色に輝いている。

シャボン玉は割れ、現実に引き戻される。
そこにいるのはみすぼらしい、ちっぽけな自分。
陳腐な言葉でしか書き留めることさえできないような。

でも、これも、単なるいまここの気分の話であって、
また何日もしたら、悟り澄ましたような、なにかわかった
ようなことを、偉そうな態度で書き散らすのだろうなぁ。

その時々のことをとにかく書いていく。
何にもならないかもしれないけれど、
今できることはそういうことしかない。

実効性もなにもないカラの言葉で
虚しくマス目を埋めていく。

2014年3月17日月曜日

メッセージ、あるいはコジツケ

具体的な日にち、そして、どんな文章かは差し障りがあるので
明示できないけれど、妙なことがあった。

文章読んでいる際に、その文章がカミサマか異界からのメッセージ
みたいに読めてくるのだった。

そういうのは前々から繰り返し体験することでたとえばテレビの
中に私、個人に対するメッセージが象徴的な言葉として、
あるいはしぐさとして現れるみたいな。

最初の頃は怖かった。この世界の外にかかわることであって、
公言してはいけない、みたいな気がして、誰にも相談できなかった。

そんな体験でも繰り返し体験するとだんだん文法みたいなのが
見えてきてしまう。

そして、自分でも受けみたいなのができてきて、半分くらい自分の
意思も混じりながらその「読み」の世界に入っていくのだった。

なんでかというと「あちらの世界」に不思議な懐かしさと憧れみたい
な感情が含まれているからだった。

同時に「あちらの世界」に引き込まれて帰ってこれなくなるという恐怖
感も身に覚えがあるので、その体験というか読みの世界とある程度
の距離をとって、ある浅さでとどめておくのだった。入り口をかすかに
覗く程度にして。

その読みの世界にも若干のコジツケもあるかもしれない。心霊写真が
コジツケから始まるように。あるいは天井の木目が化け物にみえてくる
ように。それでも、アタマをひねって無理やりコジツケなくても、自然に
異界からのメッセージとしての不思議な解釈が意識に昇ってくるのだった。

そして、その不思議な解釈の世界が広がり、不思議な気分がこころの中に
ひろがっていく。軽い催眠もかかってくるのかもしれない。

以上のようなことを先ほど主治医との診察で報告してきたのだけど、
はっきりとした体験でもないので自分でも半信半疑だった。
そんなことを言う患者、ほかにもいますか?と聞いてみた。

そしたら、数は多そうでもなかったけど、「いたと思いますよ」
みたいな返事が返ってきた。そんなものかとそのときは思ったけど、
さらに今は疑っている。

何しろ、私は患者仲間のうちでも、医学書沢山読んでいるほうだからだ。
読んだ医学書の影響を受け、症状をなぞっているのかもしれない。
詐欺をするほどの動機も、ずるがしこさも持ち合わせていないと思うけど、
結果的に症状を模倣するということも生じているかもしれない。

今日の「目玉」というほどではないけど、書きたかったことは
半分くらい自分の意思も混じりながらその「読み」の世界に入っていくと
書いたところだ。自分の行動を冷徹に観察したり、反省してみたりする
とそう書かざるをえない。

でも、それをさらに掘り下げて、どういう心理のもとでそんな行動が
生まれるのかあまり意識できない。観察したり、その結果を文章に
書いたりはできるけど、その背景は自分でもわからない部分が多い。

自分のためにならないようなことを何かに憑きうごかされるようでも
して書いてしまうことが多い。そして、それは自分のみならず、自分の
周囲の人たちの印象まで悪くしてしまわないかと心配している。

それでも書き明かすことで何かがわかる、わからないまでも糸口
が見えてくる、そんなこともあるのではないかという微かな希望が
そんな骨折りを続けさせている。最終的に本当にひどい目にあう
可能性さえ自分の中で見え隠れすることもあるけれど、それにも
かかわらず書き続けている。ご苦労なことである(笑)。

2014年3月13日木曜日

精神病者が猛勉強したらパラノイアとなるのだろうか?

パラノイア、言葉だけは有名だけど、実体はどんなものか知らない。

ただ、「サトった」とか「宇宙と一体化した」とか「神の声を聞いた」
とかいったたぐいの病的神秘体験ののち、そのあたりが、動機
というか中核となって、その後の人生で猛勉強しはじめたら、
結果として出来上がるのはパラノイアなのであろうか?

この答えは私にはよくわからない。
ただ気がかりなのは、私が図書館で、他人目には無関係な分野
の本を並べて、読みふけっていることが多いのだけど、なんだか
その動機は、「何かの事実を明らかにしてやろう」でもなければ、
教養のためとか、その他、現実的な目的とか目標が設定されて
いないような気がすることだ。

いろんな本を読んでいくと、なんとなく全体がつながってくるよう
な気だけはするが、具体的にそれをカタチとして取り出してみる
ことができない。また全体がつながるという話もおそらくは病気の
体験も影響しているけども、まったくそれだけでもなく、どこか
読みかじりの読書の影響もきっとあるだろう。

私が猛勉強しているといえるのかどうかもよくわからない。
いろいろかじった語学はほとんど挫折状態だ。そんなに根気が
いいわけでも、アタマが切れるわけでもない。説明するまでもなく
文章を読んでいったら、大体その人がどのくらいのレベルにある
のかは誤魔化すこともなく表面化してしまう。

勉強時間であるが、最近は夜1時ちょっと前くらいには床につく。
でも、アタマの中でいろいろ湧いてきて眠れない。
雑念は雑念だろうけど、結構面白い。
そんなのに付き合っていたらどんどん夜も更けていく。
「眠る時間がもったいない」までいったらほぼ再発の準備状態で
あるから、目をつぶったときの視野が白々して、眠れる気配のな
いときは睡眠剤投入となる。最近、睡眠薬飲む日が増えた。

自分の文章読み直して、そんなにアタマいいとも思えないのだけど、
地域の市井の知識人かちょっとした物知りくらいでいいのだと思う。

自信に満ちていて、他人の意見には耳を貸さないというタイプとは
真逆のような気がする。隣に誰かいると自分の知らない情報を持って
いないかなと、教えの請うことのできるその人の詳しい分野を尋ね
たりする。それは私の「妄想体系」の中に組み込まれていくわけ
だけど、まあ、そういう謙虚な誇大妄想ならいいのかもと思ったり
する。

誇大妄想で検索したのが以下の文章。私も重なる部分はところ
どころある。でも、何かがそこで描写される人物と私を分けている。
どうやって、私はきっと危なかったところでバランスは取れたのだろう。
http://ameblo.jp/ame-oga/entry-10142570342.html

P.S 自分で知識人とか物知りと書いてしまうくらいだから、だいたい
そこで馬脚を現している。私の実態はどこかの馬の骨なのだ。
井の中の蛙の癖に、ちっぽけな知識を誇りたい部分は隠し持つ。
一方、知識量で「あいつよりウエだとか」言う手合いは内心軽蔑してる。
負け惜しみかもしれないけど、量で勝ち負けを誇るゲームとは違う
ような気がする。
それよりはどんなにささやかでもいいから、ほかの人にとってなん
らかの意味のある情報を発信したほうがいいような気がする。
私が書き散らしたものがそれに相当するものかわからないが。
精神病を経た人間の内面というのに興味を持つ奇特なヒトも
この世のどこかにはいるかもしれないから、そういう人への私信
みたいな感じでこれからも細々と続けたい。

精神病という非常事態は私の何を変え、今の私にどういう刻印
を残しているのだろう。私から一般に話を広げるわけにはいか
ないが、何か改めて正式に調査する際の問題意識その他参照
にはなるかもしれない。

2014年3月12日水曜日

なんとなくデキあがっている

春の妖気。
再発の心配とかは別にないと思うけど、何となく気分は
デキあがっている。

考えすぎ、という状況はたまにある。
考えすぎ、と自分をセーブする自分もいるのだけど、
それでも、結局自分の脳の外には出られないから、
だんだん客観視、その他の制御回路は込み入ってきて、
自分でもわけがわからなくなってきてしまう。

のんびりするというのが正解だと思う。

書いて、整理したり、エネルギーのはけ口にしたり
するのはOKなんだけど、あまり熱中しすぎない
ようにしないと。

こういう日でないと書けないようなこともたぶん
あるにはあるのだけど、記録その他よりもまずは
自分の健康を第一にしないと。

と、同時にさわぎすぎなんじゃないか。
心気症というか、狂言一歩手前なんじゃないか
という疑念も起こる。

またしても、なにがなんだかわからない。

いつも、こういうパターン。
「証拠」めいた文章だけが溜まっていく。
主治医のカルテもきっとこんな調子。

嘘つきというよりも、生真面目であるほうを
自分としては信じたいけど。

どうなんだろ。
内側に探りを入れてみてもどこか曖昧。


ここ10年以上再発していない。
これだけが自分で確認できる確かな事実。

とはいえ、過去の書き込みを見ると誇大な
ことをずいぶん書いている。というか何かの力に
よって書かされている、というのが主観的な感じ。

いろんなものを織り込みながら、
ある状態がデキあがりつつあるのかもしれない。
病気というよりもある種の人格。
それを何と呼べばいいのだろう。

虚言症では哀しすぎる。

脳の病変というよりもある種の文化に近いと
なんとなく思う。

遅ればせだけど震災と原発のことをもうちょっと勉強しよう

昨日の文章、あんなこと書いてよかったものかと反省している。
自分の体のことばかりに気が行き、昨日3月11日が何の日か
すっかり頭からなくなっていた。

日本は南北に長いので鹿児島と東北は遠い。北海道は3回
行ったことはあるけれど、東北は大阪からブルートレインで
日本海側を北海道まで行く往復で通過しただけだ。
ある意味、北海道よりも遠い。

その距離のためか、震災のこともワンクッション心理の中で
距離ができてしまう。

アタマを切り替えて、その距離を逆に生かせないか。
知的対象としてある種のアタマの遊びごととしての材料に
してしまうのは論外だけど、それでも距離があるということにも
意味はあるのだと思う。

自分なりに震災と原発のことをもうちょっと勉強したい。

2014年3月11日火曜日

病気エネルギー 核融合反応

仕事中は気づかなかったけど、外に出てみると春の妖気。
病気エネルギーが疼きだす。

仕事中はいつもよりも変に集中してしまった。
まあ、自覚しているだけマシな感じもあって、こういう時は
大体の場合、何かの媒体にエネルギーを留めるべく、
書き物とかしている時が多い。

書き物している中で、大体のその時のエネルギーの水準
がわかってくる。ちなみに、今日はいうほどたいしたことは
ないと思う。

でも、最近、エネルギーレベルが低下していて、表現意欲と
かあまり沸かないときが多かったので、ちょっとでもエネルギー
があるときにはカタチにしておこうと思う。

核融合反応、今日の場合に関していえば、おおげさすぎる。

でも、稀ではあるが、身の危険を感じるほど核反応とでも
たとえるとうまく表現できるような何かを感じる。

原発賛成派では決してないけど、ほかにうまい比喩がみつ
からないのでこういう言い方になってしまう。

核というものに超越的な何かを感じる。ロマンをもっている
わけではないけども。

核反応が物質のもっている質量の転化したものだとするなら、
病気エネルギーとは表現のもっている意味の転化したものだ
と思う。なんとなく。

「無理を通せばチェルノブイリ」という中井久夫先生のつくった
カルタの一文がある。

裏側を覗いてみると、うまく制御してほどほどのところで
うまくエネルギーを取り出し、何か仕事をさせようという欲望
が自分の中でむくむく沸いてくる。

調節がうまくいっていて、適当な負荷を与えていたら、
仕事をしつつ、エネルギーも見事に消費されるという皮算用
である。

そううまくいくのだろうか?
そして、原子力の利用がそうであったように自然に仕組まれた
罠はそこにはないか?

あまり大掛かりなことには手を出さないでほどほどのところで
実験的に運用するのが一番かもしれない。

P.S 「でも」、が二回続いている。馬鹿だ。亡き父が言っていた
けど、祖父がそんな言葉の使い方をしていたそうだ。
「が、しかし」が多すぎると。もってまわった言い方ばかりして、
何がいいたいのかよくわからなかったそうだ。祖父が死んだの
は大学4年生のときで、私は若すぎて、祖父の言葉遣いの
ことまで分析できなかった。89年当時の大学4年生と今の大学4年
生とは違うかもしれない。言葉の面からいえば、今の小学生
は私が子供だった頃の小学生の語彙の在庫にはなかった
ような言葉を操っている印象がある。親の違いが子供の言葉
の風景の違いに反映されていて、子供の小集団の中で壁を
作っているみたいだった。昨日、市内電車の中で子供同士が
しゃべっているのをこっそり観察してて、思ったことだ。
そういう壁は私の子供時代にも別の形かもしれないけれど、
しっかりあった。旧武士階級の子息(士族と当地では呼ばれ
ている)はなんだか雰囲気が違っていて、別世界という雰囲気
をかもし出していた。脱線が多そうなのでこのへんで。

それぞれの人の背負っている背景は雰囲気に出てくる。
その空気感は何代にもわたって練り上げられたものであり、
学習すれば身につくものかどうかよくわからない。
他人のものをうらやむよりも、自分のものの中に流れている
良さに気づき生かしていくという方法をとったほうがよさそうだ。

2014年3月8日土曜日

当事者のブログをあれこれ見ながら思ったこと

ひとつはっきりしていること。安全圏にいるような気がしているから
突き詰められる。これは再発して入院し、一応病状は安定したころの
ことだ。隣のベッドの患者とあれこれ話しているときに、「これ以上話す
と調子が悪くなるから」ということで口を相手はつぐんでしまったことがある。
その感じはなんとなくわかる。

内省するタイプの患者もいることがわかった。全体の匂いがなんとなく
似ているのを感じた。独り言の羅列のようでもあるが、私には興味深く
読めた。裏を返せば、こういう産業廃棄物の倉庫みたいなブログにも
数は少ないとはいえ需要があることがわかる。

患者に哲学的な要素が絡むのは身体に悪いことではあるが、どうして
も根源的なものに興味がいってしまう。まあ、私ごときのアタマで考えて
みたところで詮無きものであるということは十分すぎるぐらいわかってい
るのだけど、それでも自分なりのわかり方で十分だから何かを把握した
い。そしてそれをアタマの中だけでとどめて置くのではなく、不十分な記
述で結構だから記録として残したい、そういう風なことをいつも思っている。

栄誉とかとも別世界だろうし、サトリの世界やら聖なる世界とも別世界だろう。
あくまでも、いま、ここにある私と私から見た周囲の記録だ。そんなものに
価値があるかどうかわからないけど、当事者のブログ眺めてみて、私にとって
それは何か意味を十分もっていたし、こんなブログでも何かのカケラではある
かもしれない。いろんなところ、いろんな隙間に散らばるカケラを丁寧に集めて
いったら面白いことも探りだせるかもしれない。

当事者にとっても、当事者と関わるさまざまな専門職、その他の人にとってみて
も当事者って何を意味するのかどんどん不明瞭になりつつある。

どこからが当事者なのか線引きもはっきりしないし、その内容も多様。そして、
それらのことを伝える記述も多様ときている。

私の場合、急性精神病状態で入院し、精神病の診断を受け、現在も投
薬治療中という意味では当事者ということになるけれど、日ごろ目だった
症状は感じることはない。ただし、自分の内側からでは自分のことは見えない。
外から見たら今でも異質かもしれない。関心の持ち方その他、世間の人の
ネット上での産物と何か違うような気がする。なんとなくではあるが浮いている
ような気がする。そういう風な孤独感はなんとなく感じるところではあるが、
自分の愉しみというのは持っているので群れたいとも思っていない。

記録を残す意味は生きた証が残したいのか?私の名を半永久的に記録上に
残したいという種の欲望だろうか?そういう私的なものか?ひたすら私的なこと
を書いている中にあって、私および私の表現したもの、そのものというよりも、
それを通して映し出される何かに興味をもっている。

今日読んだ本は安藤百福という人の書いた郷土料理の本だ。その本の中には
郷土料理は気候、採れる産物、その他どんどん細分化されていって、最終的に
は家庭ごとの料理というところまでいきついてしまうそうである。同じ農民といって
も庄屋と小作ではきっと食べるものが違うように、それぞれ細かいところまで分か
れていってしまうそうだ。方言の研究でも似たようなことを読んだ。最終的には個人
の言語まで細分化されてしまうのである。

単に私がということではなく、上に書いたような意味での個人に関心がある。
さまざまな条件の違いの組み合わせとしての個人。条件の違いは環境にもどづくものも
遺伝と絡んでいるものもあるだろう。地域社会が空洞化していくのと反比例するかのよう
に情報環境は複雑化している。もしかしたら、情報環境の複雑化は地域社会にフィード
バックされて二次的ではあるが、地域社会を再び豊かにすることもあるかもしれない。
今までもその時代ごとの情報化の波はあったはずで、それにより地域の文化は組み
替えられ、重層化していったはずだから。

今の世の中、熱帯雨林の生態系を調べるかのように、全体は見渡しきれない。
スポットを選択して、スポットの中を観察するような感じでしか観察しきれない。
そういう風なわけで、私は私自身と私の周囲の世界を観察してみただけだ。

世の中に何らかの意味で価値を付け加えたかはさておくとして、そんな営みを続ける
中で私自身として得るものはあったかどうか?無名であることに卑屈さを感じることは
ないのではないかと思った。マスメディアでは有名人が賞賛され、無名人はその他
大勢であり、舞台上の脇役に過ぎないような感じで長い間扱われてきた。平凡な人々と
して。でも、その内容には案外豊かな中身が詰まっているのではないか、何かそんな
気がするのだ。

キッチンがあっても、料理をしなければ、キッチンは猫に小判だ。ブログは歴史の浅い
キッチンみたいなものだと思う。キッチンを使って、各家庭の料理の文化ができあがり
つつある。その始まりみたいな時代にいるのだと思う。キッチンの使い方はわからない
けど、その代わり、試行錯誤して得るものは多い。何よりこの時代の文化が骨格を作る
確率は結構高そうに見えるからだ。そこにたまらない魅力を感じている。

2014年3月6日木曜日

優越意識の根拠

私はいろんな人から言葉として、あるいは態度として見下された
印象が心の底に澱のように溜まっている。一種のルサンチマン。
もちろん好意的に見てくれる人もいる一方で、私が言ったり、
書いたり、質問したりしたことを脅威と受け取る人もいて、そういう
人からはそんな反応が帰ってくる。

日本人にはなんとはない序列意識が刷り込まれているところが
あって、強い立場の人にへつらい、弱い立場の人を見下したり
してうっぷんをはらすようなところがある。

弱い立場の人に鬱憤を晴らすことで、自分の優越感を味わって
るのだろうと思っているのだろうけど、その優越感の根拠って何
なのだろう?っていうのが昔からの疑問だった。

私には個人として優越しているという意識を当人は持っていない
ような気がどこかするのだ。

いわば、どこの集団に所属しているかみたいなところを優越感の
根拠にしているのではないか?そんなことを感じることがある。

鹿児島にはいったん外に出た人、東京、大阪、京都など、中央
に出た人、それから出自が中央にある人もいるけど、そんな人
の中にはどこか鹿児島の人と心の中に一線ひいていて、いわ
ゆる「東京風」を吹かせている人がいる。東京という地域の人の
集団の中に自分を置いていて、在地の人に対して、高みに上る
人がいる。

その人の見えている風景もわかる。やっぱり目につくのだから
仕方がない部分もある。外国人に対して、ステレオタイプ的な
見方をどうしても、本能的にしてしまうのと同じメカニズムだと
思う。

そして、鹿児島では会えないようなたぐいの人、体験できない
ようなたぐいのことそんなものが中央にはあることも知っている。

だから,私はその反作用として、読みの深さを鍛えようと常々
思っている。情報だけは遠くにも届く、その情報から得られる
読みを鍛え、いいたいことを正確に表現できる力を鍛えよう、
そんな気持ちがどこからか湧いてくる。

もしかしたら、私を見下してくれた人々に感謝しないといけない
のかもしれない。

自分のバック、自分のネットワークも自分の一部であり、実力、
その考えはどうも海外では使えないそうである。そして、時間
も隔てるとただ表出されたモノだけが評価の対象になる。
評価されたものが評価されるという循環もあったりして、そう
単純でもないのかもしれないが。

2014年3月5日水曜日

どんな文章に私は魅力を感じるのだろう?

今日も文章のリライト作業。基本的に、より読みやすい文章に代えていく
という作業が中心であった。でも、そんな作業を通して、どこを換えると
より魅力的な文章になるのだろう?そもそも魅力的な文章というのはど
のような文章なのだろう?一般的にというとよくわからないのであるが、
私自身としてはどんな文章に魅力を感じているのだろう?そんなことが
頭の中に生まれた。

文章を読むのは仕事を入れないでも毎日のことである。多分、ここ10
年以上、文章を2時間くらいなら読まない日はないだろう。テレビ漬けに
なる人のごとく、活字中毒になっている。でも、楽しむ読書である。

魅力の所在はどこにあるか?などと分析的に読む習慣はなかった。
また生活上そんな必要もなかった。

分析という言葉を見ると解剖という言葉が浮かんでくる。部分に切り分ける
ことで人は対象を理解する。類語に分類という言葉がある。こちらは対象を
グループごとにより分けて理解する。そして、分けたものにネーミングして
記載する。漠然とではあるがヒトの理解とはこういうものだと思っている。
逆に要素を組み立てたり、構成することで理解するという方向もある。
ただし、生きているという現象にはその方法は適当でない。分解したら、
死んでしまい組み立てても生き返らない。

どんな文章に私は魅力を感じるのだろう?という問いはもう一歩で
どんな人間に私は魅力を感じるのだろう?という問題になりそうである。
どうも、作品は作り手から出たものとみなしてしまう傾向がある。
作品が全てという作り手もいそうである。というか魅力の全てを作品に
つぎ込むと作り手自身はぼろ雑巾ということになるケースも多そう。

文章には容姿も声の魅力も反映されない。抜け落ちてしまうというところ
で自分を伝えきれないと嘆く人がいる一方で、抜け落ちてしまうというと
ころにむしろ魅力を感じる人がいる。筆美人というやつである。私はそれ
を否定しない。それぞれの人は自分に都合のいい媒体の上で生き生き
とすればそれでいいのだと思う。魅力的な俳優でも私生活はめちゃくちゃ
で家族は泣かされている人もいるだろうし、人間は複雑だから面白い。
天は二物も三物も与えているという人もいるにはいる。まあ、世の中いろ
んな人がいるからきっと楽しいのだと思う。今の私がそれほど辛い状況の
中にいると思っていないからそう思うのか何か達観してるのかわからない。

今日もあまり具体例がなく、単に抽象的にものを考えているだけである。
言葉を使いさえすれば、抽象的にあれこれ考えることができる。実際に
経験の中で痛い思いをしなくても、わかることもある。でも、私はあれこれ
と役に立たないことを考えすぎて、本当に今考えなければいけないことを
十分には考えていないのかもしれない。キリギリスは報いを受ける。
もう、桜の時期はほんのそこまでだ。夢想家のキリギリスにもわが世の春
というものは果たしてくることはあるのであろうか?

P.S 私生活上の文章はかきっぱなしにしたい気分がぬけない。文章作成上
の習慣なので、日ごろからキチンとした文章を書く癖をつけないと本当はい
けないのかもしれない。設計家の人の中にはふとんを敷くときも畳の隅に
ぴったり合わせる人もいるそうである。言葉は日ごろの積み重ね。そのこと
はなんとなく知っている。でも、一方で荒削りのよさみたいなのも信じていて
洗練と野趣のトレードオフに悩んでいる。もっとも野趣と呼ばれているのは
都会の人がアレンジした田舎風の何かであって、田舎臭さとは違うような気
もする。あるいは都会の人に切り取られた田舎というべきか。

2014年3月3日月曜日

ブーメランのように

偉そうなことを書いた後はたいてい自己嫌悪のときが多い。
ブーメランのように書いた言葉はそのまま自分に帰ってきて
そして突き刺さる。
昨日(2014.03.02)に書いた
その人なりの人間観がすべての基礎となる。」という一文を
検証したい。http://epimbi-madrigal.blogspot.jp/2014/03/blog-post_2.html

昨日はすべての人がその人なりの人間観をもっていいはずだ、
いや持つべきだと思ったのだけど、今日は
「何を偉そうなことを」という気持ちが強い。

大体私はアタマで考えたり、コトバをこねくりまわして考えたり
というたちなのだ。実践が足らん、一言でいうとそういうことになる。

今日の職場での仕事は編集作業。
誰かが複文で書いたものを単文に分けたりといった

作業が多かった。仕事も文書操作、趣味も文書操作というのがいいの
か悪いのか知らない。どうせならバルザックのようにとことん書いて、
書いて、書いてというのもいいかもしれないけど、悲しいかな波がある。

バルザックは書いていないときは人間観察するために巷に繰り出して
いたのかもしれない。私は人間観察のときといえばチンチン電車で
通勤している時だ。真向かいに座るというのがいい。キレイな人だけ
でなく、オバさんも、オバアさんも、オジさんも、オジイさんも誰でも見る。
さすがに着ているものの値段まで知っているわけではない。でも、
そう書いてみることで、店で何がどのくらいの価格で売られているのか
気にしてみようかと一瞬だけ思う。すぐ忘れてしまうことだろうけど。

私が勘が利くのは本の価格ぐらいだ。ちなみに古本は手を出さない。
ずいぶん前に新古書店通いをしてしまって、もう部屋は倉庫みたいに
なっていて、母からことあるたびに苦情が飛んでくる。話がずいぶんずれた。

人間観は読書だけでは養えないような気がする。いろいろ知識はつく
かもしれない。一般的な雑学も増えるだろう。もちろん、その中にはその
本をもし読まなかったら一生、考えたり、想像したりすることさえできない
ものもたくさんあるということは知っている。そっちのほうに軸足を置くと
どんどん鼻は高々となる。そして、何か「わかったような気」がして、
偉そうなことを言ったり書いたりしてみたくなる。所詮それは受け売りで
あって、そして、単に知識を振り回しているに過ぎないということなの
ではあるのだけど、、、

「受け売りにすぎない」という言葉さえも受け売りに過ぎないという
この種の悲しさ、ひたすら死んだ知識を溜め込んできた私の悲しさだ。

ただ、ほんの少しではあるけれど、喜びもある。それは私がなにげなく
言ったことがほかの人に役に立ったときだ。

一般に人は専門外のことについてはほとんど知識をもっていないという
ケースも多い。詳しい分野、ほとんど詳しくない分野、いろいろよりあつ
まってひとの知識は成り立っている。イギリスがどこにあるか、ドイツが
どこにあるか知らない人は知らない。ベルリンの位置ば東にあるのか
西にあるのか知らない人も結構いるかもしれない。

大体、一生懸命仕事に向かえば向かうほど専門外についてはおろそか
になる場合も多い。でも、私思うにはっきりとはいえないけれど、遠くの
知識同士もつながっていて、ひとつらなりとして全体があるように思う。
これもたぶん受け売りであって、自分でしっかりと確かめられたわけ
ではないけれど。

散々抽象論が続き、嫌気差している人も多かろうと思う。その割には
話は論理的に運ばない。独学というものの悲しさでもあろうかと思う。
新聞を読んで床屋談義したり、テレビを見て、テレビ談義するというの
とレベルはそう変わらないかもしれない。そして広くみれば、そういう
世界はまんざら否定されるものでもないと思う。きっとアンパンも
とんかつもカレーライスもそういう世界から生まれてきたのだ。

溜め込んだ知識を私なりに生かして自分の生活を豊かにすることが
できる。それだけははっきりと胸張って言えるような気がする。
そういう土壌があってこそ、プロの知識人も自分の仕事に精
出すことができる。何かそういう生態系が少しずつできつつあって、
自分もその歯車の一部、そんな感じであったら何とすばらしいこと
だろう。話がまたずれた。

春ですね


昔、作った画像です。こんなシンプルなものですが、いろんな感じが現れてしまうのですね。右の男の人なんとなく、変です。

2014年3月2日日曜日

自分を熟知すること

私は自分を熟知しているというよりも、自分を熟知
するための仮の地図を作るために情報発信している。

そんな骨折りをして何の役に立つのだろうという人も
いるかもしれない。

それに対しては私はこう答えるだろう。私と同じように
自分の地図づくりをしている人がネット上もしくは過去
にいるのならぜひ見てみたいものだと。それは向こうから
しても同じような事情なのではないだろうか?

そんな人がいたとしたら聞いてみたいことはいろいろある。
リスクはないのかとか嫌な思いはしたことがないのかとか。

嫌な思いかどうかわからないけど、私の情報発信したもの
を丹念に読んでいけば、本人以上に私のことが詳しくなる。
本人がとうに忘れている内容も多い。そして、そんなことを
する暇な人もまれにいる。面食らう。今まで経験したなか
では一番のリスクといえばリスクなのかもしれない。

本当はもっと取り返しのつかないリスクは本人は知らない
だけでしているのかもしれない。怖い。でも、そういうリスク
を越えて誰かほかの人の役にたつかもしれないからとの
思いで細々と続けている。

具体的にはどんなことに役立つと本人の中では思っている
のだろうか?

ひとつは何らかの意味での史料になると思っていること。
自分で意識して史料として情報発信することで、逆に自分
なりの歴史意識を育てることができるのではないかと思う
ことである。

それは別にアカデミックな歴史意識でなくてもいい。専門知
をさして持たない市井の人はどんな歴史意識をもっている
のだろうか?という問いがあってもいい。

ほかにも差し迫った事情がある。周囲の患者仲間を観察
していて、患者像みたいなのがすごく結びにくいことだ。
患者一般といっても非常に多様性に飛んでいるけど、自分
の周囲にいる患者仲間は症状が目立たない人が多い。
でも、それは表面をみる限りにおいてだと思う。

表面がわからないのだから、内面にいたってはもっとわから
ない。知り合って長らくあっても聞けないことも多い。

断片的にちょっとずつ、聞けないことの内容も少しずつわか
ってくる。でも、周囲の人でも大部分の人については知らない
ままである。だからといって踏み込もうという気持ちはほとんど
起こらない。踏み込まれた痛さを知るものとして。

思えば私の心に踏み込むための糸口を無数に与えている
といえる。それが一番危険なことのひとつかもしれない。

それは考えようによってはほかの患者にとっての秘密の
所在を教える糸口かもしれず、そういう意味での危険を
ほかの患者にも与えているのかもしれない。

それでも地図を与えようと思う理由は何だろう?
一種のヒトゲノムみたいな感じかもしれない。ミームの
全体像に少しでも近づけること。それが全体の何パーセント
になるのかはしらない。

線虫ゲノムの理解がマウスゲノムの理解にもヒトゲノムの
理解にも役立つような相同性はあるかもしれない。

私は軽度の精神障碍者なのかもしれないが、より重度の
障碍をもっている人の理解の糸口にもなるかもしれない。
症状は違っていても、その基礎となる心的傾向みたいな
のは共有しているかもしれないから。

外国の患者を理解するときの橋頭堡にもなるかもしれない。
病跡学などで気になる外国人の患者は何人かいる。
でも、外国人であれば、文化も違い、宗教も違う。
まして、患者である。多くは「理解したつもり」で終わって
しまうのではないだろうか。そういうとき自国の患者の資料
は役に立つような気がする。

精神科医の中には病気を治したいとか、病気の理解を
したいという欲望のほかに、精神の病を通して人間の
理解を深めたいという欲望をもつ人もいる。精神の病
というのはひとつの人間の状況である。

人間を理解することは人間にとって何にもまして大事な
ことと思われる。どんな職業に就こうが大事だし、職業
に就かなくたって大事なことに違いない。

その人なりの人間観がすべての基礎となる。かといって
人間中心主義というわけではないけど、人間のことが理解
できなければ、人間以外のこともきっと理解できないだろう。
もちろん、ここには逆説もあるのだけど。

以上のことが、自分の地図づくりの動機みたいなことだと
思う。

P.S 自分のことを熟知したい理由のひとつは
他人のことを表面だけで判断したり、裁いたりしたく
ないからです。わかったつもりになるのも怖いわけでは
ありますが、、、

「わかった感じ」に包まれる

「すべてのことがわかった感じ」に包まれている。
本当はそんなことあるわけないのにである。

一足先に鹿児島にやってきた春の妖気のせいだと仮にしておく。
でも、本音は本音として記録はつけておこう。

こういうことはたまにある。春が一番多いと思う。

「悟った」と単純に喜べない悲しさ。
それはどこかの丘くらいの高さの偽ピークに昇っただけである。

偽ピーク。その言葉を覚えたのは80年代後半、大学三年のとき
の大雪山縦走のときだったかもしれない。

そう書くとなにやらかっこいい感じもするけど、夏休み連れて行って
もらっただけだ。えらくもなんともない。

ともかくもそのとき、偽ピークという用語を覚えた。
その「感じ」は今、役に立っている。

「見晴らしはいいかどうか?今までわからなかったあらゆること
が、そしてあらゆることの関係性が一望の下に眺望できるように
なったのか?」

そんなことあるわけない。だから、単なる気分の問題に違いない。

でも、「わかった感じ」は読書するとき足取りを軽くしてくれる。
鬱蒼と茂る樹林帯を見通しも立たずに歩く感じではなく、
だんだん樹木の背丈も低くなり、光が差し始め、もう少し歩くと
森林限界がやってくる、そんな予兆を感じるような錯覚。

あくまで錯覚でしかない。でも、わかったような「感じ」がしないと
読書には救いがない。

それは「自分なりの理解」に違いない。それで、ある意味十分だと
いえる。と、なんだか抽象的なことばかり書いて自己満足に浸って
いるという読者からのお叱りをうけそうなのでこのへんで。

今日は単なる気分の話。

ロボット関連の啓蒙書読んでいるうちに妙な気分になってきた
わけだ。技術者は「ロボットを通して人間がわかる」という。
「ロボットにも仏性がある」とさえ言いそうな先生もいらっしゃる。
そういう風な言葉を読んでいるうちに、自分までそういう世界が
わかったような気持ちに包まれただけの話だ。

高柳健次郎にとってのテレビジョン。なんだかそれが乗り物に
見えてくる。見えない山を登るための乗り物。ルート選択、
技術的手段、そのへんの言葉がごっちゃになりだす。

現物がない時代の見えないテレビジョン。あるいは見えない
AIBOやASIMO。それらが機械進化の尾根上のあるピーク
に見えてくる。そんなことにうつつを抜かす私は、単に旅行記
や登山記や探検記を読みふける読者にすぎない。

それはそれでわきまえているのだけど。そして、私には私に
課せられた現実の仕事上の見えない山を登らないといけない。
そこではっと現実に引き戻される。現実は旅行記読むほどに
快適に進めない。それこそがきっと現実の醍醐味なのであろ
うけど。

幻想から現実に戻り、部屋の掃除でもしよう。

P.S 大言壮語する私の真の大きさが大体本文読むとわかって
くると思う。私は実に「幸せ」な奴なのだ。

2014年2月28日金曜日

注意深く書かないと、、、

昨日の文章は後から読むと失言めいた表現がいっぱい
ある。

口をすべらせてとんでもないことを言ってしまう政治家
が新聞種になったりするけれど、あれは一体何なのだろう
っていつも思ってしまう。

一方言葉を慎重に選びすぎると建前の言葉になる、
本人がこころの底では思ってもいない言葉や信じてもいない
言葉がマスメディアの世界には載ることが多いような印象がある。

言葉の選択ミスということもある。いいまちがってしまった発話。
これが取り返しのつかぬミスにつながり、人間関係をぶちこわし
にしてしまうこともある。

思えば、家の文化として、ブログの表現について、親から教えられた
こともなければ、先輩からこういうことを習ったこともない。

すべては手探りで、ときどき痛い思いをしながら学んできた。
でも、過去の失敗に十分学べたかといえば、そうでもないような気が
する。

世間が狭いか広いかの問題もある。世間が十分広ければ、他人の
失敗を傍観して、ああはなるまいといった心構えができるかもしれない。
でも、そんなに世間が広いわけでもない。

せっかくだから、昨日の失言をいろいろ検証してみよう。


>一種のわけあり商品。『将棋は歩から』という名著
>もあるそうだけど、一見、無力な駒も有機的に組み合わせると思わぬ
>戦力になるらしい。

他人はともかくとして、自分のことに手を当てるとわけあり商品のような
気がやっぱりする。「無力な駒」という表現をみていやな気分になる人
は多いかもしれない。だいいち駒という表現がよくない。

「ひとり一人は主人公なのかねじなのか」という文章を前書いた。
なんだかそこで書いたことと矛盾しているような気もする。

自分の障がい観みたいなのが「無力な駒」という表現の中に滲み出して
きているような気がする。そう気づいたときどうすればいいのだろう?
表現を修正したり、文章自体を消してしまったりすることは簡単である。
情報そのものはどこかに残り続けるのであろうが、、、でも、書いたこと
は書いたことで、事実としてとっておき、その意味について考えたい。
自分の歴史を振り返る際にも大切なポイントのように思われる。

>ひとりひとりは言葉は悪い表現だけど、「あてにならない」存在だとしても、
>それらが多数組み合わさることで不具合のイベントは分散されて、システム
>はうまく回る、なんかそんな気がした。

周囲の患者仲間を観察してみると、それぞれ精一杯生きているような気が
する。「あてにならない」存在と断じてしまうのは無体なように思われる。
ここにも自分の障がい観みたいなのが出てきているような気がする。

そういう風な障がい観が形成されてしまった背景みたいなのもきっとある
のだろうけど、もう少しゆっくり考えてみよう。そして、もうちょっと違った見方
はできないものか、そういう見方はどういうところから育ってくるのか思案し
てみよう。まわりの人をよく観察し、学ばせてくれるものを大事にしよう。

2014年2月27日木曜日

またアタマが固まった

今日も仕事で文章のリライトみたいなことしてたら、
アタマが固まってしまった。

それでも、粘っているとオーバーヒート気味のパソコン
みたいな感じで能力が落ちてくる。

普段調子いいときはたまに自分の感じではいい感じの
文章を書けるときもあるのだけど、歯車ひとつ狂うとこの
調子だ。

だからこそ障がい者雇用で働いているといえるのだけど、
普段はこういう能力障がいは表面からは隠れているので
「この人、自分では精神障がいとかいっているけど、どこ
が一体悪いのだろう?」と他人目には見えるし、自分の中
でも、「何か困ったこと」が見当たらないので、障がい者だ
といってしまうのがなんだか申し訳ないような気持ちもして
しまう。

そういう風な状況のことを「どっちつかずの辛さ」という言葉
で表現する人もいるけれど、私は基本、生活の中で何か
楽しみを見つけられている状態であれば、その人はなんらか
の意味で幸せなのだろうと思う。できれば、その光の側面に
軸足をおきたい。自分が何か仮に能力があったとして、
「能力が生かされない辛さ」みたいなものがあったとしても、
それは贅沢な悩みといえる。

それに今の状況だからやりやすいこともいっぱいあろうかと
思う。時間的には余裕がある。忙しすぎて何もする余裕がない
というほどではない。だからその状況を自分なりに生かすべき
である。

「能力を駆使するならぬ、能力障がいを駆使する」そういう風な
フレーズを今日は思いついた。私のようなケースも探すとけっこう
あると思われる。一種のわけあり商品。『将棋は歩から』という名著
もあるそうだけど、一見、無力な駒も有機的に組み合わせると思わぬ
戦力になるらしい。状況、状況に応じて、駒を有機的に組み合わせる
センスの有無が将棋の上級者と初級者の違いなのかもしれないと
思った。これは兵法、その他いろんなところで出てくる現象なのかも
しれない。といっても私に思いつくのはそういう一般論どまりである。
これが思弁の悲しいところ。

なんとなくだけど、障がい者雇用という世界をシステムとして捉えると
福祉を超えた世界に行き着くような気がした。

不具合を抱えたPCを並列的に有機的なネットワークを組むことで
別々のタイミングで起こる個別のPCの不具合がほかのPCに助けられ
ながら、全体としては堅牢なシステムを維持できる、なんかそんな
イメージがひらめいた。

クラウドコンピュータってよくわからないけど、そんな感じに組まれている
のかもと思った。

ひとりひとりは言葉は悪い表現だけど、「あてにならない」存在だとしても、
それらが多数組み合わさることで不具合のイベントは分散されて、システム
はうまく回る、なんかそんな気がした。

精神障がいというのはひとつの周縁的な状況だと思う。そして、ほかにも
さまざまな周縁的状況は存在する。地理的な周縁、それから高齢者の問題。
結構、人間社会は勿体無いことをしているような気がする。人体であれば、
足の小指には小指の働きがある。野球投手みたいな状況を考えると、
足の小指の働きがあって踏ん張ってボールを投げられるらしい。そこを考えると、
人間社会は脳と心臓の間で血液が循環して、隅々まではあまりまわっていない
ような状況に似ている。

障がい者に光が当たるのは社会環境、地球環境ともに傷ついた状態にあるから
だと思う。それらをどう癒していくのか、そのすべはまだわからない。「もう手遅れ
かもしれない」という黙示録がかったささやき声さえ聞こえそうだ。それでも、
ベターな選択というのは状況、状況なりにありそうだ。その先に光はあるのかどう
か知らないが、あると信じていられるから前向きな努力をしてみようという気も
起こってくる。問題を問題と感じ、「何とかしよう」という取り組みが起こってくること
に未来への希望を感じる。

2014年2月26日水曜日

相手に押し付けあう環境、自分からやってくれる環境

精神病を抱えた人間が世間に出てとまどうのは
相手に押し付けあう環境だ。といっても、これじゃ
精神病者を美化しすぎだというかもしれない。
精神病者であっても露骨に押し付けあうことはない
けど、しりごみしあうことはある。

具体的な場は書きたくないのだけど、前、
ワークショップみたいなのがあって、出てみて
班活動みたいな感じになって、班ごとにリーダー
を決める、みたいなことがあった。

そこでは、みんな押し付けあっていた。いやなもの
だと思った。世間ってこんなものかと正直思った。
私は手を挙げた。めんどうではあるかもしれない
けど、何か学べる、貴重な経験ではあろう。そんな
感じがした。

でも、だめだった。人を束ねるなど、基本的に苦手
だった。どういう風に指示を出すと人はうまく動いて
くれるのかからっきしわからない。

大体そういう風に育てられた記憶もなかった。
小学校以来、クラスの端っこにいるような存在で、
学級委員長その他まとめ役みたいなことをした
経験はなかった。今、思えば、経験を積ませること
で将来のリーダーを養っているのだなと、今は
わかる。リーダーになれる器でもなかっただろうし、
自分でもなろうと思わなかった。

そんな私だったから、ちゃんと世間の人はそこを
抜け目なく嗅ぎ取って、ぜんぜん動いてくれなかった。
押し付けていたおばさんが裏で動かしはじめた。
裏のリーダー役、そんな感じだった。でも、別に
その人を憎んでいない。そういう役も必要なときは
あるものだ。

普段は症状は表面上は現れないけど、そういう
社会的場面で、うまくいかなくなると頭がカクカク
しはじめて、油の利かなくなった機械のように
動きが悪くなってしまった。

自社ぼめしても説得力はないかもしれないけど、
今の職場では、特に掃除の時間などがそうなの
だけど、みんな率先して自分からめんどくさそうな
仕事をやってくれる。面倒なことをお互いに
押し付けあうというのと逆のゲームが起きている。

なんだろう?これって思ってしまう。

世間の人の相手に押し付けあう行動パターンも
多分環境の中で学ばされた行動パターンだろう。
その人がもともとそういう素質をもっているという
こともあるかもしれないけれど、環境の中でそう
いう素質が育ってくる、引き出されてくるというこ
ともあるのではないだろうか。

ある程度攻撃的な人も穏やかさがグローバル
スタンダードである場に順応するには爪をある
程度ひっこめないと一人浮いてしまうだろう。

逆に本来穏やかな人も、荒っぽさが目立つ場
ではそれに合わせないと生き抜いていけない
ことだろう。

半々ぐらいの場だったらどうなるのだろう?
自分の行動が判例を作り出していき、その場
の風土の一部となっていくだろう。

そして、それらが積み重なって、穏やかな環境
にも荒々しい環境にもなっていくことだろう。

世の中うまい具合に隔離されていて、ある程度
場が区切られて隔離されることで、さまざまな
性質をもった環境の多様性が維持されている。

そして、完全な閉鎖系ではなく、外部とやりとり
が開放されたり、閉鎖的になったり変動しながら
場の歴史が積み重ねられている、なんだかそん
なことを考えてみた。

もちろん、具体的には実際にある、さまざまな場
を観察してみないとよくわからない。アタマの中だけ
で考えてみても仕方のないことだけど、それでも
その人、それぞれ限られた形ではあるけれど、
現場というものをもっている。フィールドワーカー
でもないから、その限られた場の中で観察して
みたりしないといけない。

2014年2月25日火曜日

千枚通しで背中をグリグリ

たまにあるパターンの入眠時幻覚。
夕べもあった。
ストーリーは忘れてしまったけど、
背中を先の丸まった千枚通しみたいなので
グリグリやられるというものである。

私にとって定番化した入眠時幻覚である。
痛さで起き上がってしまった。
触覚系の幻覚なのだった。

大学のとき、どこぞの下宿で
寝ていたら「足を引っ張られた」という
噂話が伝え伝わって私の元に届いた。
都市伝説というやつだ。

でも、今の私はそのくらいのことでは
なんともないくらい。寝入り鼻はいろんな
ことがたまにおきる。

若い頃よりは頻度は若干収まっては
いるが。

周囲には「幻聴さん」に悩まされている
人もいるので私の入眠時幻覚くらい
なんでもない話かもしれない。

精神科医もまともに入眠時幻覚のこと
はとりあってくれない。

病気の後にこういうことが起きるように
なったのだけど、最初はこういった
「霊現象」にやはり慣れるどころでは
なかった。今はもう記憶もおぼろだった
けど、異次元からの来訪者みたいな
感じに思ったり、「他言するといけない
体験」なのかもと思ったりした。

髪を引っ張られたり、時には首筋から
霊体みたいなのが体の中に入ってきたり
とか散々だった。

こういう精神現象に晒されて世界観おかしく
ならないのか?という疑問も自分であった。
私は一応、「生理的」に解釈する道を選んだ
けど、そういう現象の頻発する人は「霊的」
に解釈する人もいて、その人は拝み屋さん
のところに相談に行っていたみたいだ。

「キミのは生理的な入眠時幻覚だけど、
ワタシのは霊的現象だ」なんかそんなこと
を言われたこともある。

かといって、私がごりごりの機械論者、
医学的唯物論者でもないことはこのブログ、
Facebook等々を覗くとわかる。自分でも
整理できないまま、わからないものはわから
ないまま、矛盾してるものは矛盾してるまま
未整理な状態で心の中を保っている。
神秘と合理がせめぎあってるとでも書けば
カッコいいのだろうけど、ようするに態度を
決められない煮え切らない立場みたいだ。
キリスト教徒からみれば、まさに迷える羊。

バランスは一応保たれているけど、地盤が
ゆるいので何かコトがあれば、世界観は
またひっくり返るかもしれない。

一方「地震学者」のように地盤そのもの
には興味がある。だから、あしげく図書館
に通う。天文学の科学書など浮世離れし
た本をめくることもある。一輪の花が対象
なら銀河だって対象、銀河の腕はその部分
というわけだ。

それでもこの世界の成り立ちなんかわから
ない。断片的な事実の詳細な記録が図書館
にはあるだけだ。事実どうしのつながりや
その意味やはたまた全体としてどうあるのか
わからない。一生かかってもわからないだろう。

ただ、一輪の花に、テーブルや時計や椅子に
その全体の喩としてのありようを託すしかない
ように思う。きっとすべての対象は自分の比喩
であり人間の比喩なのだろう。あるいは古代人的な
発想法は認知のあり方として現在も裏で利いて
いて、すべてを擬人的に人間を尺度として
理解しているのかもしれない。

P.S 昔、どこかで会った子はクリアーな現実
そのものといった感じの夢をみるため、
そういう世界が異次元としてあるのだと思って
いた、何か多重人格も抱えているようだった。
その異次元はその子の歴史の一部となっている
ようにも見た。だから、あえて何か説得みたい
なことをすることはしなかった。そういう技術も
また私はもっていないから。

P.S 地球と卵をどこかで重ね合わせている
自分がいる。幼稚な原始人的センスかもしれ
ないが、その暗合を大事にしている。

2014年2月24日月曜日

ひとりひとりの物語

今日、職場の同僚から、ちょっとした相談を受けた。
まあ、それほど深刻な内容でもないから、書くことに
しよう。同人誌を作りたいという相談だった。

その相談を受ける、しばらく前、私の当事者仲間の
Oくんが、月一回集まっている、当事者集団の文学
の読書会(せいぜい多くて7人もあつまれはいいと
ところかもしれない)で同人誌作ろうという話になり、
その子が編集をして、記事を集め、私も記事と
表紙の絵を担当した。ちなみに表紙の絵はこの絵。




相談をした人を仮にXさんとでもしておこう。
Xさんは出来上がった同人誌をみて、何か
思うことがあったらしい。

Oくんを中心とした私のつどっている文学
関係の当事者集団がいるように、Xさんは
Xさんで身の回りのアートが好きな当事者を
集め、月一回くらい、ミーティングをしていた
らしい。「何かやりたいのだけど、どうすれば
いいのかわからない」、事情はOくん、私、
そしてXさんも似たり寄ったりらしい。

私にいつの日とはいえないけれど、Xさんを
中心に集まっている仲間のもとに足を運んで
同人誌のこと、その他いろんなことを話して
集団に刺激を与えてほしいと私に言った。

私はXさんとは職場の同僚なのでしょっちゅう
あっているのだけど、背景にそんな物語を
抱えているとは知らなかった。

そして、自分が普段、思っていることなど、
今日私と話し合ったことでもいいけど、そん
なことをメモでも文章でもいいから、何か
まとめて、周囲の人に自分というものを
知ってもらう努力をするといいよとアドバイス
した。人はとかく表面だけみてヒトを判断する
から、と。

なかなか普段あっている人も表面しか知らない
と言える。そして、それぞれの人の背景に
背負っている物語を知る機会はそれほど多く
ないものだ。ふだん、あれこれ話していても
とっかかりがないと私の知らない物語への
扉は開かれない。実の母でさえ、そういった
事情である。

そして、それぞれ複雑な物語を背景に背負って
いる人々が集って、職場なり、趣味の場なりを
構成している。ヒトの世界ってなかなか複雑な
ものである。

そんなことは私から言われるまでもなく、
みなさん了解のことである。

でも、ひとりひとりが物語を背負っているという
事実には重い意味があるのではないだろうか。
あまりにも豊かすぎて、そのひとつひとつに
かかずりあう時間など持てないことはネット上
でも普段の生活をちょっと反省するだけでも
わかる。だから縁あるものを選択している。
豊かすぎるものを抱えきれない自分に与えられた
有限の時間。その一切れを私のために割いて
くれた人に感謝。そのお返しとして、私もどこかに
いる誰かのために一切れの時間を割こうとまた
思う。

やっぱり生殺しのような感じがする

主観的にはリアルタイムでどこかの脳の領域があまり働いていない
ような感じで、でも、別の領域では平常運転という感じの様子を観察
しながら文字を打っている。全体的には回復モードだ。

どこから書けばいいのかあまり組み立てられないのだけど、
またしても生殺し現象がおきた。

私、普段、症状が外面的にも主観的にも出てこない日が多い。
そんな日が続くと、くどいように書くけど、自分は病気でもないのに
病気のふりをして世間を騙っているのではないかという気持ちが
もたげてくる。

でも、作業中に一つ歯車が狂うと、イレギュラーなことが起こったり
すると往々にしてそうなるのだけど、頭がカクカクして働かない感じ
がしてくる。考えるということができなくなるのだ。

今もどこかで働いていない。でも文章きちんと打てているではないか?
矛盾してる、というかもしれない。不思議な感覚だ。別腹という感じ
なのか。

で、今日の仕事は考えるような仕事で、でもなんだかうまくいかなくて、
カクカクしてきた。周囲の人はてきぱき仕事してる、無意識のうちに
自分で自分を追い詰めはじめる。

たとえでいうと2回くらいクラッシュさせてしまったパソコンが、それでも
普段は何事もなく表面上は動くけど、ささいなイベントが引き金で重く
なってみるまにほとんど動かなくなるという話とどこかで似ている。

精神錯乱、ほとんど脳のクラッシュといえる。それ以来あまり言いたく
ないような体の不具合も出てきている。過去の話は過去の話。
表面上は痕跡を残さず回復したかに見える。

節目、節目でそんなことにでくわす。とくに正念場、修羅場のときに
かぎってそうなってしまう。だから、究極のところたよりにならないと
いえる。

そんな感じなので「生殺し」だと自分では自分のことを思っている。
何か能力があったとしても、それは社会では生かされないのでは
ないかと半分くらいは思っている。

昔、働いていた職場では能力障害のためかばかにされたような
感じがする。「アタマはいいけど、知恵がない」とか「バカとはさみは
使いよう」とか。頭がかくかくしたときはほとんど人のいうことに
いいなりにされていたような感じがする。実にコントロールしやすい
やつだったといえる。

今の職場ではその種のことがないのが救いだ。今日も、何か
症状がでたら言ってほしいと言われた。調子の悪いときの苦しさ
が表面に出やすい人はわかるけど、あなたのように表に出さない
人はわかりにくい、だから言ってほしい、みたいなことを言われた。

心理的な苦しさはなかった。でも頭は回らなかった。そこでなぜ
と自分に問うた。「生殺し」でそのために「能力がたとえあっても
社会で生かされない」それは十分苦しいことではないか?考え
ようによっては。

病気になってからというものの、気持ちのバランスを取るのを
逆に無意識に訓練しているような環境ができてしまった。
竹馬を日常的に乗っているうちに、竹馬に乗りながら生活が
できてしまうような。書いている文章を読むとそうも言えないかも
しれないけれど。

バランスを取りにくい心理的環境が逆にバランスのとり方の
訓練環境にもなってしまうような逆説。その一方で容易に
脳はカクカクしてしまう。

自分の中で「受け入れるしかない」というのが一種の教義に
なってしまったのかもしれない。リウマチの発病を告知された
ときも、ほとんど心理的には無痛で受け入れた。まあ、かなり
初期の時点で発見されたからというのもあるかもしれない。
今も体のあちこち、全体にわたってなんとはない痛みがあるが
それも住めば都である。がんを宣告されても静かに受けれる
かもしれない、そんな気がなんとなくする。

P.S ただこうして記録を取ることは妙な楽しさがある。
もともと植物学で修士をとって、ある企業の中央研究所配属
だったので、自分の観察記録をつくるのも好きなのかもしれ
ない。ただ、学生のときは決して優等生ではなかったので、
記録の取り方はなってないかもしれない。そして、健康のため
には記録などとらずに、病気の存在を忘れるくらいがいいの
かもしれないし、せっかく記録をとっても、それは何の役に
もたたないガラクタにすぎないかもしれない。

P.S2 訓練できる圏内にいるというのは私の幸福かもしれない。
その一方で苦しみを見えなくさせる。それは苦しみを深くさせ
てしまうかもしれないが、同時に心を浄化する働きともなる。
静かに燃える苦しみの炎で汚れの成分を焼き切ってしまう。
そんなことを自分で書いているうちは十分汚れているのかも
しれないが、まあ、そういう幸せもあるということにしよう。


2014年2月22日土曜日

一ラグーナ社員の目に映った坂本ゼミ像

あんまり仕事の世界のことをここには持ち込みたくないの
ですが、今日は私の勤めているラグーナ出版に法政大学
の政策創造研究科というところにある坂本光司先生のゼ
ミの方々が見学にこられ、ゼミの方々、坂本先生、川畑社長、
森越会長、そして私を含む何人かの社員が座談会をしました。

それで、記憶が薄れないうちに、私の目に映りました、坂本ゼミ
の方々の印象を記録として書いておきたいと思います。

ここは公的な場所でないので、素直に率直に書きたいことを
書きたいと思います。

まず、坂本ゼミの方々の年齢構成が意外でした。いろんな年代
の人の混成であって、まず、そのことに不思議な印象を受けました。

私は今日の日を迎えるにあたって、図書館行って坂本先生の
お書きになられた著書を読める限り読んで準備しました。
それらの本を通してゼミについてのなんらかのイメージをつくりあげて
いました。

それは植物学分類学者のイメージでした。いろんな企業に見学に行かれて、
その結果は『日本で一番大切にしたい会社』などにまとめられています。

これらの本で書かれている会社の紹介と植物図鑑との違いは、無味乾燥
なデータとしての記載ではないことです。本当は植物図鑑の無味乾燥に
一見見える記載の裏にも植物への愛みたいなものが裏打ちされている
のかもしれませんが、そういう冷たい記述ではなく、かといっていいかげん
ではなく、正確さと同時に血の通った文章で書かれていることが印象的でした。

当日、実際に目の前にあらわれた人々はそれらの文字をそのまま人間の形
にした熱い血の通った集団のように見えました。

そして、その人々が一種の鏡のようなものとなって、普段意識しない私たち
ラグーナ出版という会社の姿みたいな像が一種の照り返しとして、私の目に
は映りました。それは満足いくものでした。こそばゆいほどでした。

日本人がなかなか日本人を知ることはできず、外からの訪問者の目を通して
自分たちのことを知ることになります。同じように、集団とはなかなか内側から
は自分たちのことが見えないものです。

それはもしかしたら、坂本ゼミにしてもそういうものなのではないか?と思い、
私の目に映ったその姿を今日の記録として残すことにしました。

役者みたいなキャラの立った人が多かったように思いました。まあ、それは
そうです。経営者の卵たちであり、そしてその中でも理想の共同体を創ろう
という熱い思いに溢れた人たちなのだから、きっとそうあるのです。そして
そのような人の元に魅力的な人々もまた寄せ集まってくるのだろうと思いました。

なんだか三国志の世界です。かつての国にあたるものが現在では様々な
共同体としての企業なのかもしれません。その中では物語も民主化されて
英雄豪傑や軍師みたいな人ばかりでなく、今では多くの人が三国志の中の
登場人物に相当する人になれるのではないかと思いました。

最後に坂本先生と立ち話ししたやりとりを思い出せるだけ書いておきます。
私は坂本先生の御著書の中でいろんな場面で坂本先生が涙を流される
記述があるのが印象的でした。そのことを言いました。坂本先生の本には
たくさんの数表がのっています。そして宮本常一みたいに全国を回られて
6500社ほどの会社を見学しているそうです。だから、深いところでいろんな
ことがわかられるのではないかと思ったのです。データの裏にあるものの
イメージが像を結ばれるのはもちろんきっとそうなのでしょうけど、単に頭
で分析的に分かられるだけではなく、心で捉えられるのでときに涙を流さ
れるのではないか?話を聞いたり、手紙を読んだりするだけで、裏にある
ものが実感としてわかるから涙を流されるのではいかと私は想像したの
です。坂本先生のお答えは、坂本先生ご自身がいろいろ実際に経験され
ているからわかるのだという風に答えられました。そして、私ども障がい者
についても、もしかしたら、自分が障がいを受けていたかもしれない。
まったく、同じ地平にいるのだといわれていました。謙虚にへりくだるとか
高みから降りてくるというのとちょっと違うニュアンスを私は読みました。

P.S (2014.02.23) 上の文章に少々重大な訂正があります。坂本先生と
の受け答えなのですが、正確には再現されておりません。たぶん、私
の言葉で書いております。「地平」という単語は先生は使っていません。
でも、大筋においてはこんな感じだったと思います。病気の後、記憶力
に自信がなくて、前の職場でも、自分の記憶力(特にエピソード記憶)の
弱さにはほとほと泣かされました。今は、編集の仕事ですが、今後その
要素がどう仕事に影響するのか若干不安であります。社長からは
「気にしなさんな」ともいわれているのですが。

私が「地平」という言葉を選んでしまったのはしばらく前から神谷美恵子
の著作を読んでいまして、なんだかちょっと重ね合わせてしまったのです。
らい病の人への対応などの部分などです。

2014年2月18日火曜日

類似思考 照応

類似思考、照応(コレスポンデンス)、それは原始的な発想法に
違いない。少なくとも論理実証主義の世界からは遠いといえる。

かの天外 伺朗氏も「仮説の上に仮説を重ねると何でも言えてしまう」
何かの本で書いていたように思う。

日頃、類似思考ばっかりで、世の中を見ていると、面白いことは
面白いのかもしれないけど、そのうちに、世界観的にほかの人と
かみ合わない部分もできてしまう。

たとえば、本は人間の比喩、世界の比喩、あるいは昔の仮想世界
みたいな発想法。陳腐といえば、陳腐でしかないけれど、その発想
をふつうに使い、座標系は世界であり、座標系上の点は人間でも
あり、線は旅でも物語でもある、みたいなことばかり日常的にやって
いるとうまく言えないけれど、世界そのものがなんだか違った風に
見えてきてしまう。

そんな見方では何でもある種の人間に、そして、ある種の仮想世界
にみえてしまう。汎メディア論、汎記号論というのもあるのなら、
汎仮想世界論というのもあっていいはずだ。これらは核心に生命と
う概念があるはずであり、ようするにアニミズムの進化型ということ
になるのだと思う。原子論としてのモナド論、そんなところを嚆矢とす
るのかもしれない。東洋的な表現でいえば生「気」論みたいな感じ
かな。

類似思考的にみれば、世界はそう見えるというわけで、世界はそう
できているなどというつもりはない。あくまでも物の見方、メガネの
世界である。世界は文化というメガネを通してでしかみえない。

自分のかけているメガネをいいものだと思い込み、みんなにかけて
もらうなどとは思わない。公開しているのだから、どこかでそんな気
もちもあるのかもしれないけど、こんなメガネをかけた世界もあると
何かの参考にしてもらえればいいと思っている。その人それぞれの
メガネをかけた世界の鏡として。

P.S いつものちら読みであるが、スゥェーデンボルグの著作を鹿大
でかじってみたことがある。『天界と地獄』だったかもしれないが、
天界全体はようするに人間の体のことだとか書いてあった。
想像の世界で書いたのではなく、現代風な解釈によるとするなら
そういうイメージ体験をしたのかもしれない。
照応(コレスポンデンス)という概念はスゥェーデンボルグ関連の
本から知った。ボードレール経由ではない。
ボードレールはまだ読んだことがない。
スゥェーデンボルグは「天界」旅行の果てに帰納的に天界は人間
だと「発見」したのか、それとも微分か積分かよくわからないが、
「天のものは地にある」みたいなテーマを先に知っていて、そんな
ことばかり考えていたから「後付け」でそう発見したのかは知らない。

2014年2月16日日曜日

言葉を与えられること

今日の話は二つの別ジャンルの話にまたがる

一つは非定型精神病がらみのこと。
といっても、現在の診断名は統合失調症なのだけど、
病名変更は何度もなされ、その中では非定型精神病となってた
時期が長いので一応そういう風にしてみる。

非定型精神病に関する情報は比較的少ない。
で、そのおかげで自分の病気について知る機会も少ない。
それだから、逆に自分の周辺の地図でもつくるような感じ
でブログその他の記録をつけている。でも、記録の仕方
など習ったことはないので、自己流である。逆に混乱をま
ねくかもしれない。

それでも、ネット上をうろつくと非定型精神病に関する
記述やら書き込みがあらわれる。もやもやと自覚しながら
はっきり認識していなかったことが文字化されて現れる。
やっぱりそうだったんだ、と自己発見をすることもある。

さあ、そのことは本人にとっていいことなのだろうか?
それともよくないことなのだろうか?

自己認識として、言葉で与えられるということはありがたい
ことである。でも、とらわれないほうがいいことにとらわれ
固定されたり、「神秘的なものとの親和性」なんて感じのが
書かれているとますますそっちのほうに邁進してしまう
ことになる。それらは結局どういうことにつながるのか。

記録することの価値を減じてしまうことになるのかも
しれない。人工的(アーティファクト)な側面が強まるから
である。ユング本の読者が曼荼羅の夢を見ましたと
喜んでいるような感じである。「それは本の影響でしょ?」と。

でも、現在は情報込みの自然である。隔離されたj秘境に
したくとも情報は入っていく。原初の自然や伝統的な文化
が失われると文明圏の人は嘆くけど、「秘境」に住む
住民には住民なりの言い分もある。たぶん情報に汚染
されつつ、その中での自然もあるし、それを受け入れなくて
はならないという部分もあるのだろう。

ここで、話はもう一つのジャンル奄美2世ということにうつります。
この言葉、私には非常になじみのない言葉である。
japaneseやら倭人と外からつけられたような感覚である。
でも、それに相当する概念を知らなかったし、また名づけ
られることによって意識しだした部分もあり、便利な言葉
ではある。

私の兄弟姉妹の中ではおそらく唯一奄美やら徳之島関連の
本をめくっている。ここの中でも、自分やら自分の家族に
ついての性質みたいなものに言葉を与えられるような感じ
のすることがある。

「きゅんがめら」今日は(直訳する今日を拝みましょう)
「うらたるがー」あなたはだれですか?
それくらいしか徳之島の方言は知らない。母は県外に
いる叔母とときどきコードスイッチングしながら、シマグチ
まじりのカライモ標準語で電話でしゃべる。
コードスイッチングとは言語学の用語で、二言語をまぜ
こぜにしながら話すことで、カライモ標準語というのは
鹿児島風標準語である。

私は99%くらいヤマトの人に私は同化されていると
思うのだけど、同化しきれない何かの性質もあるのだろう
かと奄美関係の本をめくってみるとなんとなくありそうな
感じもする。まだはっきりとは把握していないのだけど。

その話にも裏の側面がある。こっちもアーティファクトな
要素がありそうなのである。二次的に奄美を学んでしまう
という側面だ。奄美のことを観察、記述しているのは
鹿児島本土の人や中央の人が多い。だからこそ、
記述できているという側面もあるのかもしれないけれど、
それは異文化の目を通した奄美ということであり、
幻想やロマンも若干入っている。外国人の日本や東洋
に対するロマンチズムを類推するといいかもしれない。

だから、外国人の目を通した日本像というのが啓発的
であると同時に危険であるのと同じような性質があると
思う。それを二次的に学び、内面化すると何かが歪んで
しまうというものだ。

現在鹿児島弁の世界でその歪みのプロセスは起こっている
といえるかもしれないし、それは目をつぶらなければなら
ないという側面もあるかもしれない。

精神病関連に話を戻すと、「なにをするかわからない」
精神病者像のアンチとして「純粋で心のきれいすぎる」
精神病者像というもの少しずつできあがりつつあるの
かもしれない。それは精神病者自身を癒してくれるもの
でもある。だけど、それを二次的に内面化させてしまう
のはどうなのだろうという思いもある。なかなか複雑で
あるともいえるし、なるようになるのが自然であるとも
いえる。

ミラーハウスのように情報が乱反射を起こし、その
環境の中で自己形成を行っている。何も変える力は
もたぬかもしれないが、私なりに観察したことを記録
していきたい。

P.S 言葉を与えられていいことと思うことは失われたり
風化させてはいけない価値が顕在化することだと思う。
やはり二次的なものになっていくのかもしれないけど、
無意識のうちにそれらの要素には強化がかかっている
と思う。

P.S 一つ重大な誤解を与えるといけないので補足する
けど、もちろん、私の母はカライモ標準語を完璧に
話せる。ただ、電話上で感極まる場面になると
コードがシマグチにスイッチするように見える。
地の文に対する会話文みたいな感じ。
では、なぜすべてシマグチで叔母と話さないのか?
私はまだその理由を聞いたことがない。もしかしたら
本土での生活が長いのでシマグチも錆びついて
いるのかもしれない。なぜ、理由を聞かないのか?
それはたぶん、それを聞くと母に寂しい思いをさせて
しまうと私が思っているのだろうとなんとなく思う。

2014年2月15日土曜日

この世に光がなかったら

また、妙な話だけどしばらくおつきあいのほどを。
いろんな矛盾も出てきたりしますが、ご容赦のほどを。

この世に光がなかったらどうなのだろう?というちょっと
した想像です。

ま、太陽というものも多分なく、恒星がなければ、
惑星もありえないのですが、一種のおとぎ話として読んで
ください。

多分、光というものがなければ、
世の中の構造物は見ることはできません。

もしかしたら、コウモリのように音で空間定位するかも
しれませんね。光がないというよりも、視覚がないといった
ほうが話としては成り立ちやすいかもしれませんね。

話の目的として、なんでそんな話をやりだすのかというと
やはり情報の世界について考えたいからであります。

情報の世界は具現化することで目に見えるとすることが
できるけど、その裏側には見えない側の世界があるとも
いえる。意味の世界は見えないわけだし。具現化以前の
もやもやした世界もやっぱり見えない。

スピリチュアルな席をもうけようというのではなく、むしろ
プランニングの世界に近いです。本人的には。

カオス状態のもやもやをどう計画してカタチあるもの
にまとめあげるか、みたいな話。

そのために、この世の電気を消して暗黒にしてみる、
というよりはもっとてっとり早く、目をつむってみる。

ほとんど周囲のものもみえませんね。ものを取り出すの
も、出口に行くのも一苦労。

でも、それが情報の世界のような気がするのです。
言葉を織りあわせたり、曲想をまとめあげながら、
一つのカタチある世界を紡いでいく。

そういう世界で、その見えない世界で、多分みなさん
気づかないだけで遭難中で、でも、食糧とかは目に
見える世界で食べれるわけで命を失ったりするわけ
でもないのだけど、でも決してベストの選択に至ること
はなく、見えないジャングルの中をさまようわけです。

とまあ、ずいぶんと妙な雰囲気になってしまったので、
今日の話はこのへんで。別に私を心配する必要は
ありません。このくらいは安全圏です。

アタマの中のごたごたをごたごたしたまま並べてみた
だけです。

2014年2月12日水曜日

ヒトとヒトとのほどよい距離について

ネット時代になって神経つかうのは距離の問題である。
私は逆に神経使いすぎかもしれない。

昔と違って、面白いと思う人が現れてからもすぐには
アクセスしなくなった。

ほとんど糸が切れかけている人もいっぱいいる。
向こうから糸をつないでくる人もいれば、
あえて切れたままにしている人もいる。

「はからわない」という言葉が好きなので、
自然に任せている。

そんなことをしていると、どんどん孤独、孤立した
人間になってしまう。

孤立はあんまりよくない。孤立すると、残された
少ないつながりに多くの重心がいってしまう。
そういう重いつながりは一番負担がかかってしまう。

自分のこと、あるいは家族のことで忙しい他人には
そんな重い関係は支えられない。上手に分散し、
そして、自分でも何らかの意味で負担を負う側に
回るべきである。

負担というよりも、ほかの人に対して何らかの役割
があるということは生きがいの一つでもある。

ネットの関係は薄口、というのもある意味本当、
ある意味、嘘である。文字になって記された一行に
救われることは案外多い。耳から入ってきた言葉に
は音と表情の織り成す豊かな味わいがある。
でも悲しいことに年を取れば取るほど、記憶には
残らない。その一方、その重みや意味は若いとき
よりは段違いにわかる(つもりではある)。
若いころよりも世の中の複雑さとか裏とか
見えてきて、よけいわからなくなるという人もいる。
話がのびてしまって、脱線しつつあるが、
耳から入った言葉は消えてしまう一方、文字は
残る。何度も見直せる。だから厄介だともいえる。

「君子の交わりは淡きこと水の如し」

もとはといえば、この言葉にあこがれ、そうなって
しまったともいえる。だが、悲しいことに私は
徹頭徹尾、小人の側である。自分の器量に従った
小さな器をやりくりするしかないのだ。

どう考えても、所詮、イナカモノの私にはこういう
雅びな言葉は合わないといえる。
庶民の私は庶民の私らしく、もっと己の本能に
正直に、素直なコミュニケーションを図れば
いいのかもしれない。

2014年2月1日土曜日

精神内界の潜水漁法

自分がやっていることを大体書いてみると、精神内界の深み
に潜って、もやもやとしているものを形にして取り出すという
ことに尽きる。

それが、精神内界の海で獲れた浅海魚に相当するものなのか
深海魚に相当するものなのかは自分で判断すべきことではない。
そして、そのときどきの意識水準が利いていて、いつも深海魚
ばかりとはかぎらない(そんな生活はやってられないし)。

店頭に並んだものが深海魚ばかりだとお化け屋敷みたいな
雰囲気になって誰も近づかない。もう半分くらいお化け屋敷み
たいな雰囲気になってるかもしれないし、そう見せかけている
だけだ、それを売り物にしようとしているだけだ、とお客さんは
見るかもしれない。

それは、判断願うしかない。自分でいくら口を重ねてみても
説得力などないし、自己欺瞞というものさえ、あるので自分
で言葉にしてみたものの真実性というものも疑うべきである。

やめておけばいいのに、自分で潜ってしまうのである。
そして、稀にではあるけれど、浮上できなくなってしまうと
感じるときがある。潜ったままの水深で、浮き上がれなく
なるのだ。こういうときは恐怖を感じる。

でも、幸いなことに一晩か二晩、数日くらいか忘れたけど、
その時は日常世界に戻ってくることができた。

発病を避けるべき当事者がなんでそんなあぶなっかしい
ことをやるのかというと、そうやって取り出したカタチの中
にもこの世の真実はかけらくらいは埋め込まれているので
はないかと信じるからだ。

そんなことを信じつつ、自己流の独学を発病後、20年くらい
続けてきた。といっても、克己心はそれほど強くなく、自堕落
なものだから、語学などは挫折した。専門である植物学も
そんなに勉強してないと正直に書いておく。

その自己流の独学は、今、客観的に自分をつきはなして
みると、どうも、私の心のあり方をパラノイア的な方向に
近づけてしまったような気もする。

妄想体系というほど確固たる体系立った思想みたいなもの
はないけど、全体はおぼろげながらつながっているような
気がする。そして、それはサイエンスというよりは錬金術の
ようなものに近い。アナロジカルに世間では無関係にみら
れているようなものがつながりあってあるまとまりを成している。

そのアナロジカルにつながりあった精神内界の核心部、
もしくは見えない世界の中のある領域、それは実在すると
いえるほどに、案外具現化可能なものに未来はなっている
かもしれない、そういうものを、言語を使って、あるいは
画像のような手段でカタチにしようと思っている。

それはきっと危険だし、詮無い願いなのかもしれない。

話は飛ぶけど、ALTOというPCがある。Macの先駆に
あたるPCといえるかもしれない。私にはそれが、
モノで具現化された仮想世界のように見える。

ついでに言えば、原動機付き馬車というカタチで
記述された、自動車もモノを媒体とした仮想世界だった
のかもしれないと思っている。

そんな複雑なものに限らず、やかんであれ、箸であれ、
それに関する世界というものは発見という入口をもつ
仮想世界のように見える、それが、仏教でいうところの
三千世界という記述と響きあっているのではないかと
昔から思っている。裏を返せば、当時は当時なりの
情報化社会で技術的発明が相次ぎ、同時に時代の
流れ、栄枯盛衰も激しく、そんな中でさまざまなモノ
を媒体とした仮想世界みたいなものを見たのでは
ないかと妄想する。同じようなことはギリシャでも
あったのかもしれない。

サトリの世界を須弥山とたとえる。要するに山を
モデルにしたものであり、数学のモデルを使えば
ひっくり返した二次曲線みたいなものかもしれない。

上達といい、ヒエラルキー上の出世競争といい、
スポーツの記録といい、ある種の象徴であり、
ウエへの憧れのような感じがする。

そして、ウエの世界の境地、あるいは境位は
コトバや画像などの手段で具現化できる。
そして、見るものは具現化された、モノを観察
して、どのくらいの高さに相当するモノなのか
を批評したりする。まだまだ、わかっちゃいないな
と。

象徴の世界には宮殿のたとえが多い。原語は
知らないけれど、宝瓶宮、なんでかしらないけ
れど、宮殿だ。そして、夜摩天宮、他化自在天宮、
これらは華厳経の中にでてくる用語らしいけど、
やっぱり宮殿。宮沢賢治の作品の中で、
『ひかりの素足』の中にも宮殿の描写がでてくる。

今の人がゲームで遊ぶように、言葉は悪いけど、
当時の人も想像の世界で遊んでたのではないか
と思う。ゲームの世界で地下何層までいった?
みたいな感じで、天空の何層目の宮殿を訪れて
いるのか、そこの景色はどうだとか、そういうこと
を真剣に遊んでいたのではないかと勝手に想像
する。

まあ、いろいろ内にあるものを外に出してみた。
浅さを感じる人もいるかもしれないけれど、まあ
そんな感じだ。

2014年1月31日金曜日

対象に集中すること、対象が移動すること

瞑想とかやることなんてほとんどないのだけど、
瞑想の世界では花だったり、ろうそくの火だったり、
そういう対象に心を集中させることやり方があるそうだ。

別に科学者とか研究者でなくとも、目の前に主題が
あるときがある、非常に卑近な言い方をすれば、
愛する対象みたいな。

やり方はさまざまであれ、結局、瞑想者とあんまり
変わらないかもなと思ったりもする。

そういう書き方は抽象的であり、家族をもってたり
すると違うよってなるかもしれない。確かに自分の
親、子供、恋人などはコレクションの切手などとは
違う。対象化してしまうのはあまりにも冷血といえる。
研究対象ではないのだから。

人を研究対象とする場合では、対象との間に距離が
必要ならしい、一目ぼれでは困るのだ。作家や画家を
研究する人も、社会学や心理学の先生も、よき先生
でも暖かい心とつめたい頭、そしてカメラのような
ゆがみのない目をもっている(と信じたい)。

ところで、私だ。
私は何回も書いているとおり、幼稚園以前から汽車
が好きであり、表現する媒体さえあれば汽車を描いて
いた。地面があっても(当時は舗装されてない私道も
あった)広告の裏でも、マッチの軸があっても。
好きなもののイメージでアタマの中を満たすのが常
だった。

どうも、そういう子は発達障害の人には多いらしい。
豆博士と呼ばれる子。ちなみに運動音痴だったり、
片付けが下手だったり、忘れ物が多かったり、
発達障害の要素は主観的には多いと思うけど、
そう診断されたことはない。そして、そういう気質
のために卒論修論での教官との相性はなかなか
厳しいものがあった。話を戻す。

集中する一方で飽きるタイプなので、対象は
移り変わった。汽車から、亀や蛇へ、そして
天文へ、切手へ、蘭へといろいろ変わった。

今は雑学みたいに分散している。クイズ回答者
的な感じではないけど、いろんなものもそれぞれ
面白さがあるような気がする。いっぽう、拡散する
好奇心を限定するというより、まとめたいような気
がする。

そして、興味のあり方が、集める、分析する、知る
ということから構成する、表現するという方向に
変わった。美術系のほうに進むという選択枝は
考えたこともなかったけど、絵は一貫して好きだった。
大学のとき、蘭を研究することになったけど、
どうも後から考えるに、サイエンスをやりたいという
よりも、美しさを愛でたいという気持ちのほうが本当
は大きかったのではないのかなあと思うこともある。

構成するということで、仮想世界で積み木細工みたい
なやり方で場面を構成したりしている。構成すること
で、ものを内側から理解したいと本人的には思っている
のだけど、うまくそれをカタチにできず、模索中だ。

シゴトのほうは出版社の編集部に移った。
「雑誌という空間」という表現が成り立つように、冊子体
という媒体をとった仮想世界という風な捉え方に
自分の中ではなっている。シゴトの世界のより内部に
入っていくとき、そういう背景が役に立つのか、それとも
捨て去らないといけないのかはあまりまだ見えない。
差しさわりあるかもしれないので、シゴトの話はこのへんにしよう。

昔の写真です。


P.S 視点が集中している、あるいは移動するという現象は目を開けている
限りにおいて、いつでも発生している。非常に卑近な現象、あまり卑近過ぎて
逆にそれが何なのかわかりにくくなっている現象といえる。
視点が集中するのも、移動するのも自然な営みといえる。その一方で視点
を集中させるとものがよりよく見えてくる。
一日のあるいは一時間の中の視点の動き、経路、旅、それは人の一生の
縮図みたいなものか。

家族の思いをつなぐ 平成25年度 心の健康ネットワーク研修会(鹿児島)

出来事があったことを書くと、書いたためにその印象を
色づけてしまうという責任もあるけれど、何も書かないと
あったことさえ、薄い記憶になってしまう、ということなので
記録というよりも、この会を通して考えたことをいろいろ
書いてみる。

初めてこの研修会は参加したのだけれど、今年が最後に
なるというお知らせがあった。

いろいろ思うことはあるのだけど、こうやって、ネット上に
発信することは手軽で(ときに手軽するて無責任ということ
もあるのだけど)、一方でリアルで何か会をすることは何か
とコストがかかるのだと思った。

そして、人集めも大変だ。今の世の中、電車の中ですら
携帯であれこれ時間を埋めているくらいだから、人々には
会に足を運ぶということがなかなか難しくなっている。
私なども、月一回であれ、定期的な会に足を運ぶのは
億劫なほうだ。

さてと、前置きはこのくらいで本題に入ろう。
質疑応答のときに、いろいろ出た話。具体的なことは
個人情報なので省くが、鹿児島はやはり古い社会なのだな
と思った。全面的にということはないけれど、そういう側面を
もつということだ。精神病が発症したときの、本人の病識の
もちから、親族などの周囲の対応、等々。

そして、鹿児島市内、本土のいろんな地域、そして離島。
それぞれの精神病をとりまく環境が違う、人々の意識の
あり方も違う。そして、世代によるとらえ方の違い。
面白いといっては何だけど、今の時代は戦前生まれの
人から平成生まれの人まで、いろんな世代の人、育ちの
人が集っている。私は1966年生まれだけど、上下、数年
くらいで、PC,ネットなどとの付き合い方も多分違うだろう。
そういった違いもあれば、家族、学校、今かかわっている
施設など、そういった環境での違いも出てくる。かといって
環境決定論にはくみしない。状況、環境の受け取り方は
人それぞれ、でも、それにもその前での環境で受け取った
ものなども利いてくるのでなかなかひとことではいえない。

社会が複雑化したのか、いろいろな種類の精神疾患が
増えている。これは医学が発達したために、病気として
認知されているということでも一方ではあるかもしれない。

そういうこともあって、行政関係の人、大学の先生、
福祉施設の方々、大変忙しく、なかなか時間も捻出でき
ない。その分、それぞれの当事者が組織化したり、個々人の
力をつけていかなければならないらしい。

先にも書いたように、個々人、時間を捻出することは
難しくなっているのだけど、それでも、情報交換をしたり
という時間は必要なのかもしれない。今はネットがある
ので、利用手段の一つにはなるのかもしれない。

そして、ネットのこと。ネット依存の問題もあるので、
各人、自分でルールをつくったり、仲間とルールについて
話し合いながら、賢い利用法を考えださないといけない。
仮想世界でお世話になっている先生の話だと、
道具の進化に人間の進化が追い付いていないという
表現になるそうだ。交流の時代のように見えて、
憎悪や悪意の交換の時代になってしまっているのは
悲しい現実だ。

研修会では悪意からは悪意しか生まれない。
手を結びあい、信頼を積み上げていかなければならない
という話が印象的だった。社会をつくっているのカミサマ
ではなく、いろんな制約をもったヒトである。その時々の
対応のまずさ、などもあるかもしれない。それはお互い
さま。その辺はくみとって寛容さを養うということは必要
なのかもしれない。機械的なやりとりが多くなった現在
ちょっとした行き違いが大きな問題を生むということは
多いのかもしれない。負のバタフライ効果だ。
第一次世界大戦もきっかけは一発の銃弾であった。
そこまで大きくはないにしろ、なんだか似たような
負の雪崩現象はあちこちにおこっているのかもしれない。

やっぱり必要なのは寛容さ。破局的ではないくらいの
間違いから学びつつ、機械を使う人間として、進化
していくしかない。

さて、将来仮想世界がもっと一般化したとき、
さらにどのように状況は変わっていくのだろう。
多分光と影の双方あると思うけど、両方の面を利用者
として記録していこうと思う。

2014年1月25日土曜日

言葉のサンプリング

まず、表題の「言葉のサンプリング」、私が言い出したことでは
ないけど”言葉のサンプリング”で検索したらいろいろ出てきた
というわけで、コピペして表題に貼り付けたわけではない。
でも、こう書くことの意味をあまり感じない。

言葉をサンプリングして使えるフレーズ集とか
つくってない。どっちかというと文章単位でevernoteの中に
放り込んでいる。

いろいろ言葉を集めていると、逆にオリジナリティって何だろう
と意識する。何を共有物とし、何を著作物とすべきかみたいな
話だ。

オリジナリティを尊重しない土壌からは創造性のあるモノは
出てきそうもない。経済的合理性を考えるかぎり、二番手商法
が効率的だといえる。

とはいえ、現代の日本の文化の歴史を考えてみると、明治維新
なり終戦後なりの状況を考えてみても、西欧文化からの模倣から
始めるしかなかったと思う。だから、その歴史を今だに引きずり、
オリジナリティを軽視する風土が出来上がっているのだと思う。
まあ、思うというよりも、どこかで読んだ受け売りだ。

で、これも特に常識としか言えない話だけど、新規の創作といって
も既存の要素の組み合わせである。その上で新規性があれば、
著作物とみなされる。

ネット時代の創作はパソコンの組み立てみたいな感じがする。
パソコンを作ることはある程度の技術があればできるけど、
CPUは作れないみたいな感じ。

もっとさかのぼればラジオの製作だって電機店に行って、
トランジスタだの、抵抗だの、コンデンサだの買い集めて、
回路図に従ってハンダこてを利用しながら、作っていった
みたいな感じだった。

回路図も雑誌に載っていたりするわけだけど、もっと進んだ
人は回路図も自作することができた。

トランジスタを最初に作った人はアメリカでも日本でも艱難辛苦
の果てに作ったと読んだ。

容易推考、すなわち材料さえ与えられれば誰でもつくることが
できる範囲のものなのか、そうでもないのか?

そして、その材料の組み合わせはいかにも思いつきそうな
範囲のものなのか、そうでもないのか?

オリジナリティの有無はそのあたりにある。と、月並みなことしか
書けないのが残念な話ではある。

ひねりとか取り合わせとか隠し味とかいろいろ自分風にもっていく
方法もありそうだけど、まあ、このへんにしておこう。

P.S 本の名前を失念し、検索で調べようと思ったけど、探し出せ
なかった本なのだけど、日本での半導体草創期について書かれて
あった新書にはトランジスタを模倣するためにも、純度99.999....
正確な桁数も忘れたけど、とてつもない高純度のシリコンを作れない
とトランジスタを作ることはできず、その技術が戦後まもなくの日本
にはなくて、大変苦労したとあった。模倣するといっても、それをする
だけの十分な技術的背景がなければいけないのだった。

その話を文章やら、画像の世界に援用するとどうなることだろう。
たぶん、表面をコピーすることはできても、その裏づけとなる意味なり
思想なりまでを理解することは難しいということはいえそうだと思う。
実際、短いコピーの裏側にどれだけの苦労があるのやら知ることは
少ない。あるいはひとつの概念を生み出すまでの苦労とか。
もちろん、苦労なく、偶然で世に出たものもあるかもしれないけれど、
それは学生にさせた実験の間違いから大発明が生まれた話とそっく
りで、それにはそれの背景というものもあるのである。

2014年1月23日木曜日

周囲の地図をつくること

いろいろ書き込んだり、描いたりすることを続けていると
ともかくも、その人がどこにいるのか薄っすらとながらで
もみえてくる。見せようとする気持ちとは裏腹な景色さえ
も雄弁に語りだす。

嘘は突き通せない、嘘に嘘を重ねていくことによって、
だんだん全体としてのリアリティを失ってくる。
大人の世界で生き抜いていくための嘘というのはもち
ろんアリだとは思っているけれど、できるかぎり嘘という
添加物は少ないに越したことはない。

社会的な場所、精神的な場所、いろいろあるだろうけど、
物理的な空間の他にも見えない空間とでもいうものが
あるような気がする。

そして、それは見えないだけに、迷路みたいな構造なの
ではないかなと思うのだ。

確かに多くの人は毎日決まった家に帰り、その人なりの
繰り返しの毎日を送っている。でも、一方、視界の後ろに
も空間は広がっていて、その空間の中では迷路の中を
地図もなくさまよっているような気がするのだ。

ある人にとってはより有利な場所を求めて、
ある人にとってはより清浄な場所を求めて。

それはその人の生き方であって、どんな選択もありうると
思うし、どんな世界であれ、競争みたいなものもつきまとって
しまうということも案外あるかもしれない。

ともかくも書き込んでいるうちに、だんだんと見えてくるもの
がある。いろんな選択を重ねた結果たどり着いたところ。
その中には選択をしないという選択も入っている。
それでも頭の中ではさまざまな選択を行っている。
その結果、陰鬱な世界にも、妄想的な世界にも導かれていく
という場合もあるかもしれない。とはいえ、選択することによって
すべてがコントロールできるというのなら、話はもっと簡単だった
はずだ。

書かれたり、描かれたりしたものは現在、どういったモノに
捉われているかというのも語りだす。

精神的な価値と本人は信じ込んでいるものも
単なる欲望の対象、キラキラした光物のひとつ
なのかもしれない。

どこに向かっているのだろう?
何を求めているのだろう?

職場はいろいろ目標を定めてくれるけど、
人生上の目標はなかなか定まらない。
地図を売っている店があるというわけでもなく、
自力で、自分の周囲をマッピングしていくしかないのだ。

2014年1月22日水曜日

本の形にして周囲にバラまいてみようかな

単なるオモイツキなのだけど、本の体裁にして、
周囲にばらまいてみようかなとなんとなく思っている。

塵も積もれば山となるとはよく言ったもので、
twitter facbook blogger その他あれこれ合わせると
画像および、雑文の類は山のようにうなっている。
ゴミみたいなのも多いけど、ゴミをえり分けていくと
資源ゴミみたいなのも中にはあるのかもしれない。

本の体裁にして、周囲に反応をうかがうことで、
足らざるものを発見するかもしれないし。

P.S と思ったのだけど、5分間熟考して気持ちが萎えた。
読者の立場で厳しい目でみると、やっぱり素材なんだよね。
作品というよりも。

2014年1月21日火曜日

抑うつ、華やかな世界にいる人たちへの嫉妬なのか

抑うつ。活躍している人、華やかな世界にいる人たちへの嫉妬なのか?
最近、そういうたぐいの自分の中に渦巻く暗い情念にへきへきしてる。
といっても、人間くさい情念ではある。
そして、それは比較の問題ではある。

それは自分自身が輝けば、華やかな世界にいれば解決する
問題なのか?

私は今渦巻いている暗い情念をしみじみと味わいたい。
そして、人間、そういう気持ちになるんだとその苦い味わいをしみじみと
味わいたい。

なぜならば、きっとそういう思いは多くの人、多かれ少なかれ味わうからだ。
そのどろどろした暗い、醜いものをどういう風にして浄化しよう。

私の兄にせよ、母にせよ、単純素朴にテレビに出る人を応援している。
一ファンとして、お茶の間の席から拍手を送っている。
そこに何の複雑な気持ちもない。

私は妙に中途半端なのかもしれない。
だから醜い。

でも、一歩引いてみるとこの国に暮らせる幸せというものもあるものだ。
いろいろ不満はある人もいるかもしれないけど、
ともかく、図書館に行って、無料であれこれ調べ物をできる環境にいる。
いろいろ不満はあるかもしれないけれど、
今だって十分幸せかもしれないのだ。
そして、その幸せを支えている人の上にその幸せは成り立っている。
だから、自分なりに何かできることはないかと模索している。

そのあたりが自分で自分を納得させようとしている平凡人のこころの
内側なのだろうか?

何もしないから何も収穫できない、当然の結果なのか?
ここでごにょごにょ何か管をまいたところで何かをしたことにはならない。
そういうことなのだろうか?

でも、何かを代弁したことにはなるような気がする。
声にならない声を起こしたことにはなるような気がする。

やっぱり私は醜い。

でも、もうちょっと頑張って考えてみよう。
今は多くの人が舞台に立てる世の中である。
「ここ」も舞台と考えることができれば、確かにそうなのである。

たぶん、舞台に出ている人の立場からするならば、
隅にひっこんでいる人のほうが問題なのである。
何を権利放棄しているんだい、みたいな話。
自分でよく探すなら、いろいろ道は開かれている。
他人に嫉妬するくらいなら、それを健康な嫉妬に変えて、
その人なりにできることを精一杯やればいい。

その人なりの器量でできること、誰も見てくれないかもしれない
けれども、その人なりの今を伝えたことには十分なるのだ。

私も弱い人間だけど、本当に弱い人の気持ちはわからない
のかもしれない。健康な嫉妬をもてるということも恵みといえば
恵みだ。たぶん、足をひっぱるか、悪い噂話してうさはらしする
くらいのことしか思いつかない人もいる。それでは世の中は
いいほうにはちっとも動かない。

華やかな世界にいる人はもはや本当の意味では
自分自身の人生ではないかもしれない。
だとするならば、私の人生の中で、
そして、あなたの人生の中で、
やれることは、そしてやるべきことは
本当のところいったい何なのだろう?

2014年1月19日日曜日

精神生活

日々、こころの底で起こっていること、あるいはこころの底で
起こっていると本人が思っていること、それは言語化したり、
形象化したりする価値があるものなのだろうか。

それはあくまで私的であって、主観的であって、一般化する
ことなどできず、価値がない。常識的に考えるかぎりそうで
ある。

でも、一方、毎日顔を合わせる家族であっても、心の底など
なかなか知る機会などないものである。他人だって、見るも
のは社会的に作られた仮面であって、仮面の内側にあるも
のなど知るよしもない。

ここに並べてみたものも所詮、仮面であることに変わりがな
い。本当のこころの底にあるものなど、きっともっといやらし
かったり、汚かったりするものである。私も動物としての人間
である以上、そういう欲望にまみれたり、憎悪とか嫉妬とか
暗い情念を抱えている。露悪的にそれをさらけ出すことは
あまり趣味ではないけど、ただの人間として、そういうものも
抱えていることは明記したい。

こころの底にあるものは決して美しいものばかりではない。
美しく見せようとするこころばかりである。

でも、誠実に版を押すような感じで、何かを伝えようと努力
していったら何かが伝わると思う。

昔の人のもっていた日本人のこころの美しさ、そういうもの
に強くあこがれる。豊かになって失いかけているそういうも
のを取り戻したいと強く願う。

透明な心になろうと思うほどに、濁っている自分のこころを
自覚せずにはいられない。そして、自分を苛める。刃物み
たいな言葉を自分の胸に突き刺す。でも手加減している。

本音をいうと誇りたい自分がある。何かを認めてもらいたい
自分がいる。でも、それは所詮、広い世間を知らないという
ことの裏返しである。井の中の蛙。上には上がいる、そう
いう世界を知らないか、単に周りを見ないでうぬぼれている
だけである。

モノの豊かさからココロの豊かさへ。消費の飽和した日本
ではそういう方面に人々の欲望は向かっているということ
なのかもしれない。そして、ココロの豊かさを見せびらかし
たい、そういう醜さが蔓延しつつある証拠としてこのブログ
は機能しているのかもしれない。

庭は見せるための庭なのだ。
どんどんココロは屈折し、素直でなくなっていく。

P・S 「純粋」なヒトほど苦しみに苛まれる、そういう風に
見せたい、思わせたいのだろうと自己分析する。
自己言及の呪縛。もっと単純素朴な人間でいたい。

P・S2 どこまでいっても計算から逃れられない。
人間の業は海のように深い。
はからうこころから脱却できたときに、ほんとうの
こころはあらわれでるのかもしれない。
そのへんが今の私の限界である。

P・S3 そして借り物の言葉で化粧することをやめたときに。

2014年1月18日土曜日

こうもりのような気分

最近、抑うつらしきものも遠ざかり、気分は凪いでいる。
そうなると、今度は詐病じゃないかという気がもたげて
くる。あるいは誤診じゃないかと。

本当は急性一過性精神病か何かで、一時的な
精神錯乱であり、病名というラベルにこだわるあまり、
二次的に抑うつなどの症状が出てきたのではないか
などといった疑いが本人の中にもたげてくる。

でも、おそらく症状は表から目立たないだけで、いろんな
社会的場面に遭遇するとひょっこり出てくる、そのため
ここ一番みたいなところに弱く、要するに生殺し、本人的
にはそんな感じがする。といっても、説得力もつかどうか
は判然としないのだけど。

facebookとかの観察では、周囲の健常者のページとは
あきらかに色合いが違うような感じがする。そういう風に
作ろうと思っているわけではないのだけど、自然とそうな
ってくる。これはネット生活の昔からであり、そのため、
いつも集団の中で浮き上がってきた。

なんだか種族が違うのである。ぬきんでたという意味は
そこにない。

むしろ、村はずれに孤立して住む、変り者といった風情
だと思う。

幻聴、妄想、その他、これはあきらかに精神病の症状
といえるものを持っていない。その苦労がないだけ、
恵まれているとさえいえるかもしれない。

でも、本人的には欠陥住宅に住んでいる感じがぬけない。
高望みということはなく、どうにもならない、苦しみと喜び
みたいなものを感じることがある。

苦しみはわかるけど、喜びって何とひとによっては思う
かもしれない。でも、年々曖昧になっていくとはいえ、
病気になってあと、部分的に何かが亢進した感じがして
いた。その勢いで読書も進んだ、専門的興味から一般的
興味のほうに、興味の範囲が拡大したのは多分事実だと
思う。でも、加齢とともにその感覚も穏やかなものになりつつ
あるような気がする。知識の蓄積はあるけど、同時に
長期記憶、短期記憶ともに低下しているような感じがぬぐえない。
特にエピソード記憶が自信がない。

仕事の面に暗い影を差すのは恐怖だけど、基本的にそれら
のことを受け入れようと思う。あるいは受け入れるしかないとも
思う。

結局、才能のカケラ的なものでさえ、あったのかなかったのか
今ではわからないのだけど、淡々と日々のことを記録して
いこうと思う。

記録できる最低限の言葉はもっているのだから、せいぜい
社会のためにそれを生かそう。

P.S 本文中の欠陥住宅というのは比喩です。私の悪い癖で
比喩とことわりもなく、比喩でものを考え、比喩を言葉として
使用します。周囲にも比喩が比喩として通じるくらいに思って
いるのですが、たいたい通じることはないことが多いです。
面接の場面ではそういう場合はあとに戻り、たとえとして使った
ことを説明して、相手に理解してもらうことで解決されますが、
文章上では意味不明のまま残り、コミュニケーション上の障害
になることがあります。

2014年1月17日金曜日

心の中に対象をみつけ、それを記載する

ずいぶん前からだけど、時々プラントハンターの探検記の
たぐいの本を読んでいる。たとえば、プラントハンターでは
ないけど、ウォレスの『マレー諸島』など。

プラントハンターは植物の標本を採るためや、生きたまま
本国に植物を持ち帰るために、世界中に探検旅行に出かける。
幕末の日本にもやってきた。ペリー艦隊の中にも随行している。

そんなたぐいの本を読みながら、私は何をやっているかと
いうと、自分の心の中をまさぐり、何か対象を探し、書いたり
描いたりしている。植物に関心のある人はもとより、そうでない
人にもまったく興味のわかない話だ。

大体、文芸の世界などでも、アタマの中で作ったり、言葉を
こねくりまわして作った産物などお呼びでないのだ。むしろ、
現場でつくった、生の実体験の裏付けのあるリアリティのある
表現が好まれる。

でも、私は仮想世界というものを知ってしまったから、ココロの
中に眠る世界を見てみたいと思う。そして、そこは夢を見ても
瞑想しても、その入り口にしかたどりつけない世界だと思う。
なぜなら、それらのものの元となる材料は昼間の実体験だか
らだ。

こころの底にある風景は創作でしかつくれないような気がする。
そして、自分のこころの底にある風景への手がかりとして、
自分ならではの思いつきを探し出す。ふつうの人にそんなこと
などできるはずがないと思うなかれ。

ふつうの人とはいっても、その人の好みによって、あるいは
めぐりあわせによって、見てきたもの、そして考えることは
ちょっとずつ違うはずだ。そういったものをより合わせることに
よって、自分ならではの組み合わせはきっと見つかるのだと
思う。

誰の心のそこにもある、その人ならではの組み合わせ、
そういったものが具現化され、文章になったり、画像になったり
したものを見てみたいのだ。自分のこころのそこにはこんな
世界が隠れていたのかと。

そういう欲望を掻き立てられるのもある種、現実が貧しいから
かもしれない。貧しい現実だからこそ、美しい理想に恋い焦がれる。

前から疑問がある。美しいものを日頃、目にしたり、耳にしたりする
からこそ、美しい何かが生み出せるのか?
それとも、目の前にそういうものがないからこそ、自分の手によって
生み出そうとするのかと。
目の前にあるのなら、わざわざ苦労して自分で生み出すこともない
のだ。目の前にないからこそそれに恋い焦がれ、生み出そうとする、
私はそういう立場にたつ。

事実は両方とも真実というか、後者は前者のアンチテーゼみたいな
感じになると思う。逆説なのでそこに至る道は狭い。

2014年1月16日木曜日

リウマチがブレーキ代わりになっているような

リウマチがなんとなく進んでいる。
といってもはっきりとした感じではないけど、
もはや右肩と左小指だけという感じではなくて、
全身に痛みは散在している。

で、単なる説かもしれないけれど、リウマチと統合失調症
は併発しにくいという話を読んだことがある。

リウマチにかかれば病気が軽快するということかどうかは
わからない。病気にかかわる遺伝子がダブっていてその
影響とある文書もある。まったくネットは情報の森であって
何を信じていいのやらさっぱりわからない。

最近になって感じだしたのだけど、リウマチはブレーキに
なっているような気がする。あるいはアクセルがかかりにくい
というか。

本を読んでいても、文章書くその他でも、作業に入っていて、
世界に入っていて、テンションが上がっていくのにリウマチが
干渉しはじめる。どこかでリミットがかかってしまうのだ。
体全体がブレーキをかけ始めるという感じだと思う。

といっても、年をとってきて、テンションがあがらないとか
前書いておきながら、そうでもなかったという例もあるし、
一時的なものかもしれない。


そして、すぐ疲れるようにもなったような気がする。