モロッコからの閲覧者の方がいた。留学生なのだろうか? それとももう帰国しておられるのだろうか?
モロッコについて書けそうなことを書いてみる。あくまでも自分のこころの在庫を使いながら。地名の綴りなどで自信のなさそうなところは検索でおぎないながら。
スポーツなどで、時事的に有名になっているけれども、そこらへんはくわしくないのでパス。都市とかだったら、映画で有名なカサブランカとか、迷宮状の街で有名なフェズとか。でも、フェズほど有名でなくとも、似たようなつくりの街はけっこうあるらしい。
ひところ、ポルトガル語おしゃべり会という鹿児島県国際交流協会主催の会に出入りしていて、若いころだったので、年寄になったら、ヨーロッパ大名旅行でもしてみたい、と半分、冗談みたいに考えて語学を下手のよこずき的に手を出していた。
なので、モロッコはポルトガルの少し南なので少し関心があった。モロッコというよりもアフリカそのものに。大学生のころ、アジアを夏休み周遊していたころ、旅行の世界も最終的にはアフリカなんだ、みたいな空気が蔓延していたような気がする。自分の近くの旅行者の世界だけだったのかもしれないけれども。
アフリカには行けずじまいだったけれども、セネガル人の留学生の奥さんに短期間、フランス語を教えてもらった時期がある。フランス語のほかにも、豆知識的に奥さんの母語である、ウォルフ語をかじらせてもらったりもした。もうすっかり忘れてしまったけれども、いい思い出だ。多感な若い時期に教わったことは何でも血肉になるような気がする。そういうことがもはやできない、今頃の年頃になるとなおさらのことあのころの時期の体験が財産だということが身にしみる。モロッコでしたね。
スペインのアルヘシラスというところからセウタというところまでフェリーがあることを知っていた。そのころから。でも、今はなんでも検索できるんですね。便利といえば便利だけれども、残念と言えば残念。冒険の環境が狭まりつつあるから。アルヘシラスからセウタまでのフェリーに乗って、アフリカへ上陸、そのあと、モロッコを見て回りたいなどと、そのころは空想していた。でも、そういう動画も探せばすぐ出てくるのですね。なんて便利なのだろう。
モロッコ人? 残念ながらまったくイメージが浮かばない。これも検索? ちょっとそれは我慢してもうちょっと自力で考えよう。北アフリカの人にあったことのはたった一人、エジプトのアレキサンドリアから来られた、研究者の方で、ほんのちょっとしかやりとりしなかった。北アフリカといっても広いのでモロッコ人と全然違うのはごく当然のこと。
韓国人だって、授業とかの距離で会ったことがあるのは社会人になってからだし、80年代の後半のはじめのころ、大学でいえば2年生までのころ、大学にも留学生サークルとかあったけれども、怖くて近寄れなかった。何を話せばいいのかわからないし、浮かばないし。仲間内の人ではなく、仲間の外の人とでさえ、共通の話題を見つけられなかった、どう話しかけたらいいのかとかも。
それでも、まだ外国人と話したほうだと思う。日本人ってたとえば韓国語しかしゃべれない韓国人と同じくらい、鎖国度が高いような気がする。それでも、テレビではシャワーのように海外情報を浴びている。昔、70年代ころ、おはよう7:20(セブン、トゥー、オー)とかいう朝の番組があって、それを小学校低学年でわりあい熱心に見ていた。一年のころに中東戦争があって、日本の社会にも影響があり、小学校一年生のときに、イスラエルという国名を授業で教わった。イスガエルと覚えた。家に帰って、スエズ運河というのを父に話すと、パナマ運河というのもあると教えてくれた。ほどなく、日本の県の形をしたジグソパズルをかってもらい、飽くことなく、組み立てて、それに飽きると、世界の国の形をしたパズルを買ってもらって繰り返した。学校では地図あてという、地名をあてるゲームを席の後ろの子供とやって、後ろの子も付き合ってくれて、地名を覚えた。そんなこんなだった。
力尽きたのでおしまい。