田端義夫と昔の家

夕べ、テレビで年配者向けの昭和歌謡の番組があり、いつものごとく母が見ていて、兄も義理で付き合い、私もちょこんとコタツに座っていた。

番組では田端義夫の苦労話が流れていた。戦後の食糧難で、栄養不足で、片目を不自由してしまった話などだった。そして、歌が始まり、母が「父が田端義夫が好きだった。兄もきて、みんなでテレビで田端義夫見ていた。昔の家を思い出す」というようなことを言っていた。

私が母に「田端義夫の苦労、わかるような気がするの？」と尋ねると「わかる、わかる」と言っていた。形は変えながらも似たような苦労を母も戦後復興期しているような気がした。

田端義夫の時代から時も移り、今は私のような者までが、創作的なことをするような時代になってしまっている。お手本みたいなものも頭の隅にあるような場合ももしかしたらあるのかもしれないけど、物覚えついた頃からテレビはあり、頭の中のイメージはきっとことかかない。そういうわけで割とすんなり新規性のありそうなアイデアが出てくるときもある。

何に役立つというわけでもないのだけど、そういうふうな素地がもしかしたらあるのなら生かさないといけないと思う。何かしらそれまでになかったようなものを新たに生み出すのだ。

戦後の日本の文化も横のものを縦にするということが多く、戦後日本を彩るテクニカルな世界の産物も基本設計的なものは少なく、デッドコピー的なものの束のようなものらしい。西洋の文化だって模倣の時期はあったのだからこういうのは致し方ない。

でも、もしかしたら私あたりの世代くらいからは、お手本に頼らなくても新規性のあるものを生み出したり、それはオリジナルに近いものではなく、もしかしたらコピーに近いものであるかもしれない、という目で直近の昔の文化の産物を見直すこともできるのかもしれない。

創造性と言われても、抽象的で何のことやらよくわからない。とらえどころがなさそうな感じがする。でも、本を眺めていて、オリジナリティの高そうな本、本当の意味での個性的な著者の味がするとかいうことならもっと話は具体的であり、私のような者にもとりつけそうな感じがする。

創造的な感じに直感的に思える本をずっと見ていて、感覚的に事例を眺めることを通してパターン認識的に創造性とはこんな感じのものだと、わかることはありえると思う。

そういうふうにして、割と娯楽的なもの、人の命とかにかかわらないようなものから順次自分たち自前で文化を創り出して、人の命にかかわるものを考える準備とするというのはやってみても意味あることなのではないかと思う。

あまりまとまらなかった。

アメリカ的生活様式について

よくある話だと思うけれども、12歳くらい上の姉から聞いた話として、『名犬ラッシー』で描かれているアメリカの生活に憧れたというものがある。次電話したときに、姉からもう一度、生の言葉を聞こうと思うけれども、冷蔵庫から大きな牛乳を出したり、七面鳥が食事に出てきたり、オーブンなどの機械があったり、というようなものである。それに引き換え、我が家の生活には、そして鹿児島には何もないと思っていたらしい。来る日も来る日も地図の上で東京を眺めていた。都会との縁があったのか、大阪に嫁いで行った。でも、大阪の人にはなれなかった、と思う。二番目の姉も似たようなところがあって、埼玉に嫁いで行った。やはり関東の人にはなり切れなかったようで、上野方面にはときどきしか行かないというような話である。

私はその姉の話の中に出てくるアメリカ像みたいなものに憧れた。アメリカに憧れている人のアメリカ像、西洋文化に憧れている人の西洋文化像みたいなものだ。想像であるけれども、人間にはよくもわるくも慣れがある。アメリカの恵まれている階層の暮らしとはいっても、それが毎日になればその生活は当たり前になってしまうはずだ。だからそれがない状況下での憧れの像にはどこか純粋なところがあって、その純粋でエキゾチックな像に惹かれるという人はいるはずだ。

私はアジアは周遊したことは一度だけあるけれども、ヨーロッパに行ったことはないし、アメリカにも行ったこともない。地理は好きだったから、国内だけに関心があるという感じではない。語学はいろいろ手を出した。西洋語である程度、初級レベルを脱したのは英語とドイツ語だ。英語は桜島ユースホステルで海外からのお客さんとブロークンイングリッシュで雑談したし、しばらくの間ではあるけれど、グァム大学の先生が鹿児島に滞在された折に旧友とともにお相手した。その中でアメリカ知識人層の世界をほんの少し垣間見ることができたり、そういう階層の人がお土産を買う際にどのくらいの金額をどのような感じで使うのか横から見る機会があり、日本人との金銭感覚の違いを素朴に驚いた。

その経緯の中で、記念にその先生の召している服をもらったのだけど、使われている繊維の質とともにその色の具合を母が観察した。日本人にも日本人としての恵まれた一面もあり、美的感覚というか、歴史に根差した色の使い方などある程度誇りに思ってもいいような部分もあるのではないかとその時思った。経済的に恵まれていることと、美的センスというのが直に結びつかない不思議さを思った。

さて、もう一度、アメリカ的生活様式の話に戻ろうと思う。レヴィットタウンみたいな感じで一そろいの戦後の生活の型ができた。そういうのが日本にも流れてきた。おかげでそれなりの生活の豊かさは標準となり、金持ちは金持ちなりに、貧乏人は貧乏人なりに、それでも共有する文化も多々あるような形で文化を築いてきた。そうでなければ、私がグァム大学の先生を相手する、というような話はそもそもありえなかったはずである。どこかで深刻な行き違いが生じたはずだ。

公共図書館で浴びるように本を日々読んでいる。本のシャワーだ。アメリカでは成功したお金持ちは図書館を設立することがある、というような話を聞いたことがある。一人ひとりにお金を還元しても、受け取れるのは大した額にはならないのかもしれないが、図書館という形でならもっと賢い還元の仕方になりうる、美術館、博物館、目で触れられるものはそういったものかもしれない。高額なモネの絵をほんの僅かな金額で、しかもしょっちゅう見にいったところで、大した額にはならないくらいの金額で鑑賞できたりするのを不思議に思う。そういう環境を当たり前とは思わないほうが賢いのかもしれない。

そう思って社会環境を眺めてみると、インターネットをはじめ、社会への還元的なものに溢れているとみなすこともできる。その豊かな社会に生まれて、初めて可能になる表現というのもきっとあるはずだ。そのことを深く味わい、自分にでもできる還元の形を考えてみようと思う。