語学はいろいろ手を出したけど、現在までのところ
ことごとく挫折した感じがする。
母国語を含めて、言葉は汎用性のある道具だ。
いろんなことに使える。買い物にも、読書にも、手紙にも
恋をすることにも使える。もちろん仕事にも。
でも、何にでも使えるがゆえに「何のために勉強したいのか?」
という学習目的を設定しないと中途で挫折しやすい。
まあ、私は挫折組だからあまりエラそうなことは書きたくない。
読書しながら、一方ではささやかだけど文章書き始めて
気づいたことがある。文章書くときに読んだ文章の断片を
思い出しながら書いていることだ。印象に残ったフレーズを
作文するときに使うことが多い。
ということは逆にいうと、多少なりとも自分が書きたいような
文章を書こうと思ったら、それなりの量と質の範囲の読書をし
ていたほうがいいということになる。広い範囲の読書は自分
なりの視点をもたらしてくれる。専門分野の外の人だから
持てる視点というのはあると思う。
しばらくの間、初歩的ではあるけど多言語話せる楽しさに
酔っていた時期もあるのだけど、文章を書くようになって
そういう楽しさに物足りなさを感じるようになった。
800語ぐらい知っていたら童話が読める、童話が読めるくらい
習熟したら言いたいことは何でも言える、そういう世界に住ん
でいたと思う。
日本語の作文を通して、ただ話せるという世界に満足できなく
なってしまった。もちろん、そこまで達した言語はほとんどない
のだけど。そして、それまできっと話していただろう、ブロークン
な英語などに恥ずかしさを覚えるようになった。
まあ、私の日本語の文章もブロークンな英語に毛の生えたよう
な日本語かもしれないけれど、それはそれとして少しずつ改善
していくしかないと思う。
挫折して放置状態の語学なのだけど、ある意味、やっとこの歳
になって言葉の面白さに少しづつ気づき始めたということなの
かもしれない。完成することはないのだろうけど、せっかく始めた
語学、勉強しなおしてみるのもいいかとも思っている。
今になってみるといろんな言葉に触れたことで日本語について
いろいろ考える材料は増えたかもしれないと思っている。
P.S 語学は下手の横好きでいろいろ手だけは出してみた。
CD買ってみただけというのも多い。恥ずかしながら挙げてみる
と、英語、中国語(北京語、上海語、広東語、台湾語)、
ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語
ポルトガル語、オランダ語、ラテン語、ルーマニア語、朝鮮語、
モンゴル語、トルコ語、アラビア語、マレーシア語、フィリピン語。
もちろんこんなに覚えられるわけはないのだけど、言葉には
系統があるから近い言語はどんな感じなのかなという知的
好奇心の赴くまま気がつけばCD買っていたという感じだと
思う。
はじめての方へ
私が入院したのは1992年と93年のそれぞれ春です。入院期間は短く、現在も小さな症状があるくらいです。非定型精神病に典型ってあるのかどうかわかりませんが、今は精神病者と健常者の狭間にいるような感覚です。外来は最初から途絶えることなく続いてますし、服薬のほうは一生つづくでしょう。病気の理解の助けになるかどうか知りませんが、ある種の人間の理解の助けにはなるかもしれません。
P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。
p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。
p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
こう見えるというものにすぎません。仮設的な思考の計算
用紙、あるいは個人用のネタ帳といったところです。
P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)
P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)
P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)
P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)
2013年5月31日金曜日
2013年5月25日土曜日
ニート的な環境下での成長について
今は働き始めている。といっても週に二日間、6時間に過ぎない
けども。ただし今まで経験した職場の中ではもっとも職場らしい
職場なのかもしれない。といっても、今やらせてもらっているの
は雑用的な仕事に過ぎないけども。
そういった中でも分かったことがある。ニート的な環境下では
成長のための栄養素がかなり欠けていること。
とはいえ、だから何をやってもだめだとは言わない。
なぜなら、本人の中では社会にでるのには壁があるのは知っている
からだ。もっとも、越えてしまえば大した壁でもないかもしれないのだ
けど。
ニート的な立場のもとで本を読んだり、考えたり、文章書いたりした
ことは全くの無駄だったか、それなりに意義あったかどうか今の私
にはまだ分からない。単なる頭でっかちであって、妙なプライドだけ
はもっていてという状態かもしれないからだ。いや、隠されたプライドは
しこたま持っていることを今は自覚している。
労働環境以外の場ではいかなる成長の可能性も見込めないとは
いえないと思う。成長しようという思いがあれば、様々な状況は成長
のための環境になりうると思う。与えられた環境の中で工夫すること、
知恵を絞ることには十分意味があると思う。
孤立した環境下で努力のためのモチベーションを維持するのは難しい。
孤立は自分でやるという独立心を強める効果もあるけども、袋小路に
入りやすい。他者からの風が吹いていたら解決策もみつかるということ
は多い。とっかかりのない壁のような障壁も答えが分かればなんという
ことがないというのはPCの設定でもよく経験することだ。孤立しながら
模索するのは回り道になりやすい。
停滞している時間はあとから考えると実にもったいない。越えてしまえば
なんでもない壁であるだけに、時間の経過が悔やまれる。
それも一つの貴重な経験である、ということは言えると思う。
時間は残酷だけど、時間の貴重さだけは今は身に染みている。
少なくともそのつもりはある。
有り余るたっぷりとした考える時間が持てたこと、本を読める時間がもて
たこと、その有難味はまだわからない。一年間くらい休日なしで働いていた
時期もあるから、考えることのできる時間はかけがえがないという実感は
まだ覚えている。考えることができるから知識の有用性も分かる。知識は
考える材料になる、たとえ役に立たないとされる知識の類ではあっても。
時間がありさえすれば、考えることができるとは限らない。むしろ空虚な
時間を埋めるべくつまらないコンテンツ消費に使いがちだ。たしかにその
時も考えているといえないことはないけど、コンテンツの栄養価ってある
はずだ。梱包材で埋めるような時間のつぶし方はしたくない。
けども。ただし今まで経験した職場の中ではもっとも職場らしい
職場なのかもしれない。といっても、今やらせてもらっているの
は雑用的な仕事に過ぎないけども。
そういった中でも分かったことがある。ニート的な環境下では
成長のための栄養素がかなり欠けていること。
とはいえ、だから何をやってもだめだとは言わない。
なぜなら、本人の中では社会にでるのには壁があるのは知っている
からだ。もっとも、越えてしまえば大した壁でもないかもしれないのだ
けど。
ニート的な立場のもとで本を読んだり、考えたり、文章書いたりした
ことは全くの無駄だったか、それなりに意義あったかどうか今の私
にはまだ分からない。単なる頭でっかちであって、妙なプライドだけ
はもっていてという状態かもしれないからだ。いや、隠されたプライドは
しこたま持っていることを今は自覚している。
労働環境以外の場ではいかなる成長の可能性も見込めないとは
いえないと思う。成長しようという思いがあれば、様々な状況は成長
のための環境になりうると思う。与えられた環境の中で工夫すること、
知恵を絞ることには十分意味があると思う。
孤立した環境下で努力のためのモチベーションを維持するのは難しい。
孤立は自分でやるという独立心を強める効果もあるけども、袋小路に
入りやすい。他者からの風が吹いていたら解決策もみつかるということ
は多い。とっかかりのない壁のような障壁も答えが分かればなんという
ことがないというのはPCの設定でもよく経験することだ。孤立しながら
模索するのは回り道になりやすい。
停滞している時間はあとから考えると実にもったいない。越えてしまえば
なんでもない壁であるだけに、時間の経過が悔やまれる。
それも一つの貴重な経験である、ということは言えると思う。
時間は残酷だけど、時間の貴重さだけは今は身に染みている。
少なくともそのつもりはある。
有り余るたっぷりとした考える時間が持てたこと、本を読める時間がもて
たこと、その有難味はまだわからない。一年間くらい休日なしで働いていた
時期もあるから、考えることのできる時間はかけがえがないという実感は
まだ覚えている。考えることができるから知識の有用性も分かる。知識は
考える材料になる、たとえ役に立たないとされる知識の類ではあっても。
時間がありさえすれば、考えることができるとは限らない。むしろ空虚な
時間を埋めるべくつまらないコンテンツ消費に使いがちだ。たしかにその
時も考えているといえないことはないけど、コンテンツの栄養価ってある
はずだ。梱包材で埋めるような時間のつぶし方はしたくない。
2013年5月24日金曜日
夢の中の学園祭
夕べの夢の話です。
夢の中の今日は学内解放の日でした。
PCを使ったゲームの展示が多いようです。
学校のウラのほうでは
クスの樹の老木に着生して釣り下がった
風蘭の解説をやっています。
周囲には記者さんたち。
「、、、、樹木の上には風蘭の他、
ヒトツバ、、、ヒトツバ、、、
ああ名前が出てけへん。なんだったっけ?」
とT先生の声。
「サクラジマの溶岩上によく生えてるアレですね。
何だったかなあ、、、」
とワタシ。
・・・
解説が終わり、人がいなくなったあと
先生は嘆くような声で言った。
「ボッタクリ
ボッタクリ
メディアにボッタクられた。」
いつものごとく、私は質問した。
「学生さんたち、どうやったら
ボッタクらないですむようになるのでしょう?
学生さんたちが放送局などに取材に行って
ひと悶着起こしてくれたら
お互い様ということになるじゃないですか」
「それはね、普段から自己表現が好きになって
インターネットメディアなどでメディアの使い方を
学んでおくことですよ。メディアの怖さも含めてね。」
「メディアで痛い思いすることが何よりの学習なの
でしょうね。」
「小さなヤケドくらいで済めばいいけどね。」
目が覚めるともう朝だった。
P.S
T先生は学生のときの指導教官。
「ボッタクリ ボッタクリ」という嘆きの声は
大学の先生たちがメディアの取材を受けた際の
不満の声を私にグチった時の記憶の断片かもしれない。
取材のヒトは専門分野のことを勉強していないとか
(ひとつひとつの専門分野のことを勉強する時間は
与えられないのでしょうけど)、編集によってインタビュー
は全く変えられて、自分がいいたかったこととは別物になって
しまう等々の不満です。
私の質問は、学生さんたちが逆に取材にいく立場に
なったときに気をつけることは何かみたいな
趣旨の質問だったと思う。
植物のハナシとメディアのハナシがごっちゃに
なっているところが夢の夢たるところかなと思いました。
今回の夢は割と現実に近い浅いところで発生した夢みたい
です。ドボンと深いところで見た夢はこっちのほうです。
http://epimbi-madrigal.blogspot.jp/2012/06/blog-post_06.html
夢の中の今日は学内解放の日でした。
PCを使ったゲームの展示が多いようです。
学校のウラのほうでは
クスの樹の老木に着生して釣り下がった
風蘭の解説をやっています。
周囲には記者さんたち。
「、、、、樹木の上には風蘭の他、
ヒトツバ、、、ヒトツバ、、、
ああ名前が出てけへん。なんだったっけ?」
とT先生の声。
「サクラジマの溶岩上によく生えてるアレですね。
何だったかなあ、、、」
とワタシ。
・・・
解説が終わり、人がいなくなったあと
先生は嘆くような声で言った。
「ボッタクリ
ボッタクリ
メディアにボッタクられた。」
いつものごとく、私は質問した。
「学生さんたち、どうやったら
ボッタクらないですむようになるのでしょう?
学生さんたちが放送局などに取材に行って
ひと悶着起こしてくれたら
お互い様ということになるじゃないですか」
「それはね、普段から自己表現が好きになって
インターネットメディアなどでメディアの使い方を
学んでおくことですよ。メディアの怖さも含めてね。」
「メディアで痛い思いすることが何よりの学習なの
でしょうね。」
「小さなヤケドくらいで済めばいいけどね。」
目が覚めるともう朝だった。
P.S
T先生は学生のときの指導教官。
「ボッタクリ ボッタクリ」という嘆きの声は
大学の先生たちがメディアの取材を受けた際の
不満の声を私にグチった時の記憶の断片かもしれない。
取材のヒトは専門分野のことを勉強していないとか
(ひとつひとつの専門分野のことを勉強する時間は
与えられないのでしょうけど)、編集によってインタビュー
は全く変えられて、自分がいいたかったこととは別物になって
しまう等々の不満です。
私の質問は、学生さんたちが逆に取材にいく立場に
なったときに気をつけることは何かみたいな
趣旨の質問だったと思う。
植物のハナシとメディアのハナシがごっちゃに
なっているところが夢の夢たるところかなと思いました。
今回の夢は割と現実に近い浅いところで発生した夢みたい
です。ドボンと深いところで見た夢はこっちのほうです。
http://epimbi-madrigal.blogspot.jp/2012/06/blog-post_06.html
2013年5月22日水曜日
内面を記載すること
記載という大仰な言葉を使う資格は私にはないと思う。
記載というと植物の図鑑の記載とか、新種の記載とか思い出してしまう。
プロから見るとアマチュアの人に記載のほうに手を出してもらうと後々
困るらしい。
ここで書いているのはもうちょっと気楽に計算用紙を書きなぐる感じで
内面と思うところのものを書き下している。
一言一言にそんなに繊細に気を使うことなく、単なるフィーリングで語句を
選択して書き出している。
まあ、マスコミの人からみると一般の人が喋ったり書いたりすることに
影響力というほどのものはなく、代わりに責任を追及されるということも
ないようだ。
それはそうとして、当事者の一人として他の当事者や一般の人の記載
した言葉そのものの言い回し等々参考になることがある。
それらはコピーしてevernoteなどに取り込み繰り返し読んだりする。
記載された言葉を手掛かりにしたり、自分にとっての一種の証拠として
あつかうことがある。そういう言葉が存在すること、それも事実の存在
と同じで証拠になることがある。
「練り上げられた言葉」等々は一種の知恵であって、それらは文章を
書いたり、自立訓練などで発言する際、面接で他の当事者と喋る
ピア的な場面などで使いまわされる。
それらは自分のPCにソフトをインストールして道具として使うのと似ている。
ソフトというよりもどこかからコードを拾ってきてプログラムを走らせるみたい
な感じかもしれない。自然言語で書かれたコードみたいな位置づけだ。
自分がせっせと文章作ってアップするのも、大量に書かれた言葉の
どこかの断片がコードとして使えないだろうかという考えもあるからだ。
そのままでは使えなくてもさらなる練り上げを加えることによって使える
かもしれないし、原石状態の中間加工品的なものも、さまざまな人に
よる別の切り口からのカッティングによって再利用できるのではないか
という予想がある。
思えば図書館に埋もれている本自体も完成品と呼べるかもしれない
けど、萌芽的な意味の貯蔵庫とも呼べるかもしれない。座談会風の
場面の一言などそんな感じがする。ネット上の文章などでも同じ印象
を受ける。
そんな感じのことを思うようになったのはひところ熱帯雨林の生物の
遺伝子を使って新薬を作るということが話題になっていたことだ。
カエルの毒をコードする遺伝子を使って薬を作るなどである。
その文脈でいえば生物種のゲノムは宝の山ということになる。
同じことは精神病者の保有するミームについてもいえないのだろうか
と考えたのだ。精神病者にかぎらず、たとえ名もない一般の人であって
もあれこれ考えたり見聞きしたりした結果というのは意外に意味がある
のではないかと思ったのだった。価値があるかどうかを判断するのは
利用者だ。生物種のゲノムにしてもスクリーニングといって条件にあう
遺伝子を探すための手続きがある。干し草の中から針を探すような
感じの作業だ。ミームでいえば干し草の中から針を探す手続きが
google検索であるような気がする。
当事者と会う機会は多いけど、内面まで踏み込んで当事者を理解できる
場面は少ない。表面的にしか知りえないことが多い。それは案外当事者を
支える立場の人でもそうなのではないかと薄々思っている。当事者自体
内面を表現するだけの言葉の力を持っているとは限らないし、日常の場面
では表面的な話題に終始して、内面を語る場面は少ない。深い話題はそれ
なりに心理的負荷を与えかねないし、語ることで気分が上下してよくない
影響を与えることもある。
多くの当事者と関われば関わるほど、当事者の理解が断片的、一側面的に
なりやすい。トータルな意味での当事者理解という風になならないことが多い。
一人の当事者がじっくりわかれば、ほかの当事者についての理解も深まると
は限らないかもしれないけど、共通点、相違点みたいな感じの理解の土台に
はなるかもしれない。分子生物学にモデル生物というのがあって、モデル生物
にされると分子の道具で切り刻まれて徹底理解ということになる。当事者として
は徹底理解というのは辛いものであって、そういう立場にはなりたくないものだ。
後々そういう心理的に痛い思いをするかもしれないのに、解剖台に載せるみたい
な行為をあえてやってみた動機は何だろう?そこまでして理解されたいのだろうか?
あるいは知られたいのだろうか?生きた証みたいなのを残したいという欲望なの
だろうか?それはとても見苦しい証だったり、粗大ごみにすぎない無駄な苦労かも
しれないのに。
ある時代、ある地域の当事者の顔が見てみたいというニーズがあるのではないか
と思ったことが一つ。一介の当事者という小さな窓を通して、地域全体とか時代背景
とかもっと大域的なことも見えることもあるのではないかと思ったことが一つ。
単独の私の文章だけでは無意味かもしれないけど、類例などを蓄積していくことに
よって何かが見えてくることもあるのではないかと思ったことが一つ。
様々な付随的な情報をはぎ取って、裸の文章として並べなおしてみたときに、
私の文章はどういう座標上に位置するのだろうか?と思ったときに必要となるのは
そのための資料だと思う。本当はいままでさんざん書いたことなど意識せずに、
自然な感じで文章を書いたほうが人工的な要素が少なくなるのはないか思う。
テレビカメラにピースしたり、飛び跳ねたりする子供は「映りたい子供」であって
地域の風景を撮りたいカメラマンの被写体にはならない。
でも子供の口の中にあるものを映したいのなら、子供は口を意識的に大きくあけない
といけない。こころの底にあるものでも同じだと思う。意識化しないと心の底にあるもの
というよりも、正確に書くと心の底にあると思っているものは言語化されることはない。
だから、内面と思うところのものに、サーチライトをあてると思うところの操作をして
輪郭のはっきりしないものにカタチを与えないといけない。もとよりそれらは仮の
カタチであって、言語化させることが適当なことなのかは定かではないけど、
沈黙では伝わらないので仕方なく仮のカタチで次善の策とするということになる。
記載というと植物の図鑑の記載とか、新種の記載とか思い出してしまう。
プロから見るとアマチュアの人に記載のほうに手を出してもらうと後々
困るらしい。
ここで書いているのはもうちょっと気楽に計算用紙を書きなぐる感じで
内面と思うところのものを書き下している。
一言一言にそんなに繊細に気を使うことなく、単なるフィーリングで語句を
選択して書き出している。
まあ、マスコミの人からみると一般の人が喋ったり書いたりすることに
影響力というほどのものはなく、代わりに責任を追及されるということも
ないようだ。
それはそうとして、当事者の一人として他の当事者や一般の人の記載
した言葉そのものの言い回し等々参考になることがある。
それらはコピーしてevernoteなどに取り込み繰り返し読んだりする。
記載された言葉を手掛かりにしたり、自分にとっての一種の証拠として
あつかうことがある。そういう言葉が存在すること、それも事実の存在
と同じで証拠になることがある。
「練り上げられた言葉」等々は一種の知恵であって、それらは文章を
書いたり、自立訓練などで発言する際、面接で他の当事者と喋る
ピア的な場面などで使いまわされる。
それらは自分のPCにソフトをインストールして道具として使うのと似ている。
ソフトというよりもどこかからコードを拾ってきてプログラムを走らせるみたい
な感じかもしれない。自然言語で書かれたコードみたいな位置づけだ。
自分がせっせと文章作ってアップするのも、大量に書かれた言葉の
どこかの断片がコードとして使えないだろうかという考えもあるからだ。
そのままでは使えなくてもさらなる練り上げを加えることによって使える
かもしれないし、原石状態の中間加工品的なものも、さまざまな人に
よる別の切り口からのカッティングによって再利用できるのではないか
という予想がある。
思えば図書館に埋もれている本自体も完成品と呼べるかもしれない
けど、萌芽的な意味の貯蔵庫とも呼べるかもしれない。座談会風の
場面の一言などそんな感じがする。ネット上の文章などでも同じ印象
を受ける。
そんな感じのことを思うようになったのはひところ熱帯雨林の生物の
遺伝子を使って新薬を作るということが話題になっていたことだ。
カエルの毒をコードする遺伝子を使って薬を作るなどである。
その文脈でいえば生物種のゲノムは宝の山ということになる。
同じことは精神病者の保有するミームについてもいえないのだろうか
と考えたのだ。精神病者にかぎらず、たとえ名もない一般の人であって
もあれこれ考えたり見聞きしたりした結果というのは意外に意味がある
のではないかと思ったのだった。価値があるかどうかを判断するのは
利用者だ。生物種のゲノムにしてもスクリーニングといって条件にあう
遺伝子を探すための手続きがある。干し草の中から針を探すような
感じの作業だ。ミームでいえば干し草の中から針を探す手続きが
google検索であるような気がする。
当事者と会う機会は多いけど、内面まで踏み込んで当事者を理解できる
場面は少ない。表面的にしか知りえないことが多い。それは案外当事者を
支える立場の人でもそうなのではないかと薄々思っている。当事者自体
内面を表現するだけの言葉の力を持っているとは限らないし、日常の場面
では表面的な話題に終始して、内面を語る場面は少ない。深い話題はそれ
なりに心理的負荷を与えかねないし、語ることで気分が上下してよくない
影響を与えることもある。
多くの当事者と関われば関わるほど、当事者の理解が断片的、一側面的に
なりやすい。トータルな意味での当事者理解という風になならないことが多い。
一人の当事者がじっくりわかれば、ほかの当事者についての理解も深まると
は限らないかもしれないけど、共通点、相違点みたいな感じの理解の土台に
はなるかもしれない。分子生物学にモデル生物というのがあって、モデル生物
にされると分子の道具で切り刻まれて徹底理解ということになる。当事者として
は徹底理解というのは辛いものであって、そういう立場にはなりたくないものだ。
後々そういう心理的に痛い思いをするかもしれないのに、解剖台に載せるみたい
な行為をあえてやってみた動機は何だろう?そこまでして理解されたいのだろうか?
あるいは知られたいのだろうか?生きた証みたいなのを残したいという欲望なの
だろうか?それはとても見苦しい証だったり、粗大ごみにすぎない無駄な苦労かも
しれないのに。
ある時代、ある地域の当事者の顔が見てみたいというニーズがあるのではないか
と思ったことが一つ。一介の当事者という小さな窓を通して、地域全体とか時代背景
とかもっと大域的なことも見えることもあるのではないかと思ったことが一つ。
単独の私の文章だけでは無意味かもしれないけど、類例などを蓄積していくことに
よって何かが見えてくることもあるのではないかと思ったことが一つ。
様々な付随的な情報をはぎ取って、裸の文章として並べなおしてみたときに、
私の文章はどういう座標上に位置するのだろうか?と思ったときに必要となるのは
そのための資料だと思う。本当はいままでさんざん書いたことなど意識せずに、
自然な感じで文章を書いたほうが人工的な要素が少なくなるのはないか思う。
テレビカメラにピースしたり、飛び跳ねたりする子供は「映りたい子供」であって
地域の風景を撮りたいカメラマンの被写体にはならない。
でも子供の口の中にあるものを映したいのなら、子供は口を意識的に大きくあけない
といけない。こころの底にあるものでも同じだと思う。意識化しないと心の底にあるもの
というよりも、正確に書くと心の底にあると思っているものは言語化されることはない。
だから、内面と思うところのものに、サーチライトをあてると思うところの操作をして
輪郭のはっきりしないものにカタチを与えないといけない。もとよりそれらは仮の
カタチであって、言語化させることが適当なことなのかは定かではないけど、
沈黙では伝わらないので仕方なく仮のカタチで次善の策とするということになる。
2013年5月17日金曜日
座長感覚
いつの頃からか少人数集まる茶話会みたいな場では
それとなく多くの人に光があたるように発言が少ない人に
振ってみたりするようになっていた。一種の座長感覚で、
司会でない単なるその場のメンバーの一人である私が
そんなことやるのはどうかと思うこともあるのだけど、
最近は茶話会その他ではそんな感じが多い。
どうしてそうなったのだろう?
話は長くなるかもしれないけれど、しばしの時間おつきあい
ください。
小学校の頃など学級会ではよく手を挙げて意見を言うほう
だった。天真爛漫だったのかもしれない。
級が上がるごとに教室の風景は不良たちが支配する場と
なり、私もだんだんと内に籠るような雰囲気になっていった
のかもしれない。学校は休まずいっていたけど、いじめや
からかいの言葉を「へらへら」と柳に風と受け流し、本心を
心の奥に飲み込んでしまうような性向が育っていったような
気がする。
大学、大学院6年かけて、内向的になっていた自分を改造
でもするかのように、少しずつ変えていった。冒険めいた
一人旅を企画して自分で自分の限界を越えてみるような
作業をしたり、かくし芸など覚えて、他人を笑わせてみる
楽しみを覚えたりしながら。
でも、内向的だった時代もあるので、華やかな人の影に
隠れる寂しさみたいなものも理解できるような気がする。
そういう意味では内向的だった時期も大事だったのかも
しれない。
大学のときに決定的だったのはロジャーズのカウンセリング
の本に出会ったことだ。サークルの後輩相手に失恋相談の
ようなカウンセリングまがいのことをしたこともある。
「カウンセリングナイフ」というイメージ上の道具を作って
なにやかにややっていたような気がする。
天罰必中。興味本位で心理学に手を出した私は大学院
修了時から会社の研修時に精神病の急性状態を経験
してしまう。90年代のはじめ「ボーダーライン」「境界例」
について書かれた啓蒙書が流行っていた。指導教官と
うまくいかなかった私は大学院の研究もほどほどに、
「ボーダーライン」関連の本をボリボリ読みふけっていた。
もちろんボーダーラインとはなんぞやということなど分かって
いなかった。
精神病になってプロパーの心理職でも体験できない深い
世界を体験できたのだと思い込もうとした。でもそれは
無理だった。心が折れていたから。
陰性状態が落ち着くのとほぼ動機して心理学への興味
が復活した。90年代、ユング心理学が流行っていたので
図書館にあるその系統の本を読み漁っていた。発病する
までユングのユの字も知らなかったことは病気の体験に
本の影響はなく、純粋に自分の体験のように思えて好ましい
感じがした。
90年代の後半は大学のメディア論の自主ゼミに潜り込んだり
ユング派の先生に夢分析受けたりして過ごした。
ところでこの文章の表題は「座長感覚」だったので話題を
そっちのほうに移そう。
自分を取り戻していくとともに大小の社交的な場に出て行く
場面が多くなってきた。ひとときの間は自分が表現できる
ことを喜び、そんな自分に酔ってさえいたのかもしれない。
でも、しばらくしたところで会話の場のバランスを崩す存在
になりつつあることが自覚されるようになってきた。ちょっと
一人で目立ちすぎるのだった。
その頃から「座長感覚」が心に忍び込んできた。場を主宰
している人の中にはもっと嫌な奴に育ってきたようにも思える
かもしれない。まあ、それはよく分からないけど、私なりには
場のバランスを崩さないように、少し背景に引きながら、
場全体を観察し、出すべきときにはしっかりと目立つみたい
な感じになってきた。目立ちたいという欲望は欲望でしっかり
とあるのだった。
相変わらず内向的で華やかな場面では緊張したり、人を
束ねるような力はかけらほどもないという側面もあるので
今まで書いたことに全然リアリティを感じないという読み手
もいるかもしれない。その一方で私という人間が少し見えて
きたという人もいるかもしれない。
外からみた客観的な自分というのは分からないけど、
内側からみた自分の「座長感覚」について今日は書いてみた。
P.S 学校教育時代、将来のリーダー養成も兼ねて、そういう場
を踏ませてもらうという経験はなかった。教室の中心というより
は端っこの存在だったので、人を束ねるということは今でも一番
苦手な仕事だ。心理的な強さからいってもそういう姿は私から
一番遠い姿に違いない。
それとなく多くの人に光があたるように発言が少ない人に
振ってみたりするようになっていた。一種の座長感覚で、
司会でない単なるその場のメンバーの一人である私が
そんなことやるのはどうかと思うこともあるのだけど、
最近は茶話会その他ではそんな感じが多い。
どうしてそうなったのだろう?
話は長くなるかもしれないけれど、しばしの時間おつきあい
ください。
小学校の頃など学級会ではよく手を挙げて意見を言うほう
だった。天真爛漫だったのかもしれない。
級が上がるごとに教室の風景は不良たちが支配する場と
なり、私もだんだんと内に籠るような雰囲気になっていった
のかもしれない。学校は休まずいっていたけど、いじめや
からかいの言葉を「へらへら」と柳に風と受け流し、本心を
心の奥に飲み込んでしまうような性向が育っていったような
気がする。
大学、大学院6年かけて、内向的になっていた自分を改造
でもするかのように、少しずつ変えていった。冒険めいた
一人旅を企画して自分で自分の限界を越えてみるような
作業をしたり、かくし芸など覚えて、他人を笑わせてみる
楽しみを覚えたりしながら。
でも、内向的だった時代もあるので、華やかな人の影に
隠れる寂しさみたいなものも理解できるような気がする。
そういう意味では内向的だった時期も大事だったのかも
しれない。
大学のときに決定的だったのはロジャーズのカウンセリング
の本に出会ったことだ。サークルの後輩相手に失恋相談の
ようなカウンセリングまがいのことをしたこともある。
「カウンセリングナイフ」というイメージ上の道具を作って
なにやかにややっていたような気がする。
天罰必中。興味本位で心理学に手を出した私は大学院
修了時から会社の研修時に精神病の急性状態を経験
してしまう。90年代のはじめ「ボーダーライン」「境界例」
について書かれた啓蒙書が流行っていた。指導教官と
うまくいかなかった私は大学院の研究もほどほどに、
「ボーダーライン」関連の本をボリボリ読みふけっていた。
もちろんボーダーラインとはなんぞやということなど分かって
いなかった。
精神病になってプロパーの心理職でも体験できない深い
世界を体験できたのだと思い込もうとした。でもそれは
無理だった。心が折れていたから。
陰性状態が落ち着くのとほぼ動機して心理学への興味
が復活した。90年代、ユング心理学が流行っていたので
図書館にあるその系統の本を読み漁っていた。発病する
までユングのユの字も知らなかったことは病気の体験に
本の影響はなく、純粋に自分の体験のように思えて好ましい
感じがした。
90年代の後半は大学のメディア論の自主ゼミに潜り込んだり
ユング派の先生に夢分析受けたりして過ごした。
ところでこの文章の表題は「座長感覚」だったので話題を
そっちのほうに移そう。
自分を取り戻していくとともに大小の社交的な場に出て行く
場面が多くなってきた。ひとときの間は自分が表現できる
ことを喜び、そんな自分に酔ってさえいたのかもしれない。
でも、しばらくしたところで会話の場のバランスを崩す存在
になりつつあることが自覚されるようになってきた。ちょっと
一人で目立ちすぎるのだった。
その頃から「座長感覚」が心に忍び込んできた。場を主宰
している人の中にはもっと嫌な奴に育ってきたようにも思える
かもしれない。まあ、それはよく分からないけど、私なりには
場のバランスを崩さないように、少し背景に引きながら、
場全体を観察し、出すべきときにはしっかりと目立つみたい
な感じになってきた。目立ちたいという欲望は欲望でしっかり
とあるのだった。
相変わらず内向的で華やかな場面では緊張したり、人を
束ねるような力はかけらほどもないという側面もあるので
今まで書いたことに全然リアリティを感じないという読み手
もいるかもしれない。その一方で私という人間が少し見えて
きたという人もいるかもしれない。
外からみた客観的な自分というのは分からないけど、
内側からみた自分の「座長感覚」について今日は書いてみた。
P.S 学校教育時代、将来のリーダー養成も兼ねて、そういう場
を踏ませてもらうという経験はなかった。教室の中心というより
は端っこの存在だったので、人を束ねるということは今でも一番
苦手な仕事だ。心理的な強さからいってもそういう姿は私から
一番遠い姿に違いない。
2013年5月12日日曜日
読むに堪えない文章の救いって
読むに堪えない文章だけどなんとか許せてしまう
状況ってあるのだろうか?
聞くに堪えない話をさんざん聞かされるという場面
はたまにある。他人の愚痴とか。
なんだか、他人の愚痴を聞いているうちにこっちの
ココロがゴミ袋みたいな感じになってくるけど、日ごろの
付き合いもあるものだからなんとか我慢する。
「ここ」も一種のゴミ捨て場なのかもしれないけど、
他人のゴミ箱の中は個人情報の宝庫らしい。私には
そんな趣味はないけれど。
話は飛ぶけど、「ここ」は国防上の最前線かもしれない。
何をトンマなことをいきなりと思うかもしれないけど、しばらく
付き合ってほしい。
中華人民共和国と最近あまり関係よろしくないけど、
私が当局の人間だとすると、中華人民共和国の悩みって
何だろうと考えると思う。
そうすると悩みは辺縁部に出てくることは明らかだから、
辺縁部から発信された情報は情報価値が高いという結論
になる。そこが弱みなので、言葉は悪いけどそこにつけこめば
いい。
元気のいい中心部の情報よりも、周辺部のほうが面白い。
そこに本音が出てるかもしれない。
「ここ」が国防上の最前線であるというリクツが分かっただろうか?
単なる妄想かもしれないけど、周辺部が元気ということは大事な
ような気がする。
情報戦の形態が「悩みを解決してくれる」とか「相談に乗ってくれる」
というカタチになれば世界は丸く収まるのではないだろうか。
競合が共生になり、それなりの幸せを多くの人が享受できる。
相手の都合も考えてくれる日本文化はその点いいと思うのだけど?
P.S 相手の都合も考えてくれるという文化もなんとなくだけど、
中国からのいただきものだと思う。そういう意味で借りがある。
西洋語の翻訳などで部分的には恩返しできてるけど、中国文明
への感謝の念というのは忘れてはいけないと思う。東アジアにおける
国家間の相克はヨーロッパと比べると例外的な時期に留まると思う。
日本と朝鮮では状況はかなり違うということは知ってはいるけれど。
そういう意味では平和が一番なのだけど、、、
状況ってあるのだろうか?
聞くに堪えない話をさんざん聞かされるという場面
はたまにある。他人の愚痴とか。
なんだか、他人の愚痴を聞いているうちにこっちの
ココロがゴミ袋みたいな感じになってくるけど、日ごろの
付き合いもあるものだからなんとか我慢する。
「ここ」も一種のゴミ捨て場なのかもしれないけど、
他人のゴミ箱の中は個人情報の宝庫らしい。私には
そんな趣味はないけれど。
話は飛ぶけど、「ここ」は国防上の最前線かもしれない。
何をトンマなことをいきなりと思うかもしれないけど、しばらく
付き合ってほしい。
中華人民共和国と最近あまり関係よろしくないけど、
私が当局の人間だとすると、中華人民共和国の悩みって
何だろうと考えると思う。
そうすると悩みは辺縁部に出てくることは明らかだから、
辺縁部から発信された情報は情報価値が高いという結論
になる。そこが弱みなので、言葉は悪いけどそこにつけこめば
いい。
元気のいい中心部の情報よりも、周辺部のほうが面白い。
そこに本音が出てるかもしれない。
「ここ」が国防上の最前線であるというリクツが分かっただろうか?
単なる妄想かもしれないけど、周辺部が元気ということは大事な
ような気がする。
情報戦の形態が「悩みを解決してくれる」とか「相談に乗ってくれる」
というカタチになれば世界は丸く収まるのではないだろうか。
競合が共生になり、それなりの幸せを多くの人が享受できる。
相手の都合も考えてくれる日本文化はその点いいと思うのだけど?
P.S 相手の都合も考えてくれるという文化もなんとなくだけど、
中国からのいただきものだと思う。そういう意味で借りがある。
西洋語の翻訳などで部分的には恩返しできてるけど、中国文明
への感謝の念というのは忘れてはいけないと思う。東アジアにおける
国家間の相克はヨーロッパと比べると例外的な時期に留まると思う。
日本と朝鮮では状況はかなり違うということは知ってはいるけれど。
そういう意味では平和が一番なのだけど、、、
ラフな文章のいいわけ
前の文章、読み手にとって典型的な読むに堪えない文章だった
かもしれず、そういう文章送り出してすみません。
ただ本人なりのいいわけなのですが、ラフな文章にはラフな文章
の命があるのではないかとも思って、ちょっと実験してみたという
具合なのです。
文章の世界ではどうかわからないのですが、絵の世界には
荒いタッチの絵というジャンルがありまして、なら文章でやると
どんな具合の雰囲気の文章に仕上がるのだろうなんて思って
みたのです。
百面相というか人間いろんな表情をもっていまして、
いろんな表情をもった多様な文章の顔みたいなものが
あるのかもしれないなあなどと思ってみたのです。
文章を読むというよりも、ヒトを読むという風情のブログにして
みたいのですが、アカの他人なんて読んでみても仕方ないですね。
アカの他人なのに気になるという風にもっていきたいという野望は
あるのですが、そのためには立ち去ろうとする読み手を引き留める
だけの魅力みたいなものをワタシがもっていなければならないの
ですが、ヒトの魅力ってどこから出てくるのでしょう。
そういえばアカの他人と出会う場ってありますよね。通勤のバスの
中とかね。アカの他人なんだけど、朝の同じ時間のバスには同じ
顔ぶれが乗っていまして、知らないなりになじんでくるものです。
限りなく接点が薄いなりの縁みたいなものがあるわけです。
もちろん声なんかかけないのだけど、極薄の共同体の空気みたい
なものがあるのかも。
隔たっているがゆえの良さみたいなものも最近感じます。
想像する楽しみもあるんです。
かもしれず、そういう文章送り出してすみません。
ただ本人なりのいいわけなのですが、ラフな文章にはラフな文章
の命があるのではないかとも思って、ちょっと実験してみたという
具合なのです。
文章の世界ではどうかわからないのですが、絵の世界には
荒いタッチの絵というジャンルがありまして、なら文章でやると
どんな具合の雰囲気の文章に仕上がるのだろうなんて思って
みたのです。
百面相というか人間いろんな表情をもっていまして、
いろんな表情をもった多様な文章の顔みたいなものが
あるのかもしれないなあなどと思ってみたのです。
文章を読むというよりも、ヒトを読むという風情のブログにして
みたいのですが、アカの他人なんて読んでみても仕方ないですね。
アカの他人なのに気になるという風にもっていきたいという野望は
あるのですが、そのためには立ち去ろうとする読み手を引き留める
だけの魅力みたいなものをワタシがもっていなければならないの
ですが、ヒトの魅力ってどこから出てくるのでしょう。
そういえばアカの他人と出会う場ってありますよね。通勤のバスの
中とかね。アカの他人なんだけど、朝の同じ時間のバスには同じ
顔ぶれが乗っていまして、知らないなりになじんでくるものです。
限りなく接点が薄いなりの縁みたいなものがあるわけです。
もちろん声なんかかけないのだけど、極薄の共同体の空気みたい
なものがあるのかも。
隔たっているがゆえの良さみたいなものも最近感じます。
想像する楽しみもあるんです。
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