「言葉の射程距離」というフレーズをその人の言葉が効力をもつ限界
という意味で使ってみよう。
と、さんざん自分の身の丈を超えた大きな言葉を振り回してきた私が
使うのも何かとは思うのだけど、少々反省も込めて。
人間離れした事柄を扱う人はいっぱいいる。天文学者、地質学者、
古代を扱う考古学者なども、常人のものさしを超えている。
でも、彼らの使う言葉がリアリティを失うことはあまりない。
何でなのだろう?すぐ浮かぶことが担保とするモノがあるからだと
いうこと。天体観察のデータに、鉱物標本、そして、土器のかけら。
これらは確かにリアリティの担保として使える。そして、どこかで
聞いた話なのだけど、そのリアリティの感覚を確かめるために
資料を舐めたりする人もいたらしい。(今はいるかどうかはわか
らない)
リアル、ではなくてリアリティ。ありありとイメージできること。
やっぱり、私は体験経験の世界に生きる人間ではなく、
イメージの世界に生きる人間なのかもしれない。
想像の世界で遊ぶこと。想像の世界で手にいれたガラクタに
過ぎないにしても、それが手にとって遊ぶに足るおもちゃで
あるには何が必要なのだろう?
可能性の世界の彼方。なかなかたどり着けない遠いところ。
自由に遊ぶように考えるとはいっても、時には身の危険を
感じる程のものだ。それは本人が思っている程、実は危険な
領域というわけではないのかもしれないが、でも主観的には
十分恐怖感を感じる世界ではある。
今日の言葉は醒めている、酔った言葉を発していない。
でも、時々、言葉の世界にはまり込む、イメージの世界に
はまり込む。それも、私の内なる自然なのだと思う。
自然は自然のままに。伝わるかどうかは分からないけれども、
そんな言葉がどこか隅っこにあってもいい。
自分の言葉はどうがんばってみても、自分の言葉でしか
ありえない。それまで、そういう風な言葉の使い方をして
積み上げた自分なりの言葉の使い方。浅かろうと深かろうと
そういう風にしか生きてこれなかったのだから仕方がない。
言葉をこねくり、イメージをもてあそぶことしか知らなかった私。
身体の中の言葉たちは確かに自分の好みによって集められた。
そして、それらをまた自分の好みで組み合わせ、外に撒き散らす。
それらはさしたる感銘を与えるものでも、人を動かす力をもつもの
でもないかもしれないけれど、ただ私自身がどういう人間であるか
ぐらいは本人が意識する以上に語ってくれる。
赤の他人の私のことを知らない誰かに届いたとしても、それが
どれ程のものか。
そういう人がいる。そしてそういう人を生み出した背景というもの
も存在する、ただそれだけのこと。
はじめての方へ
私が入院したのは1992年と93年のそれぞれ春です。入院期間は短く、現在も小さな症状があるくらいです。非定型精神病に典型ってあるのかどうかわかりませんが、今は精神病者と健常者の狭間にいるような感覚です。外来は最初から途絶えることなく続いてますし、服薬のほうは一生つづくでしょう。病気の理解の助けになるかどうか知りませんが、ある種の人間の理解の助けにはなるかもしれません。
P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。
p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。
p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
こう見えるというものにすぎません。仮設的な思考の計算
用紙、あるいは個人用のネタ帳といったところです。
P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)
P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)
P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)
P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)
2013年12月3日火曜日
抑うつがまた始まった
ここしばらく、調子があまり良くなかったのだけど、
夕べからいよいよいい感じではなくなった。
といっても、調子のよいわるいも何を尺度にするかで
違う。急性精神病状態は約二回体験したのだけど、
その頃の尺度ではなく、ここ最近の中での尺度。
(約と書いたのは二回目の入院のときは一度回復
のちに一時状態が悪くなって保護室に戻ったことが
あるから)
前、大学の博物館で働いていた頃に悩まされた
症状に似ている。自分の言葉で書くと「抑うつ」という
感じになるのだけど、本当のところ違う書き方で
書いたほうがいいのかもしれない。問題は「抑うつ」
と書いた言葉の中身なのだから。
でも、うまくそれを表現することができない。なにせ
内部の症状だから。うまく、表現する言葉をもたな
いのだ。
「アタマがオカシクなりそう」とでも、言いたくなる程
辛いように思えるときもあるけど、基本、この症状
でそういう風にならないような気がするので、おお
げさな物言いかもしれない。でも、そういう風に
口走りたくなるような症状でもあるような気がする。
たぶん、日ごろもっとひどい症状を抱えているとか
症状に対する耐性とかで、その人にとっての辛さ
は変わってくるのだろう。
で、仕事に集中すると、そこに気が集中するのか
知らない間に調子は回復した。
前の仕事ではそうなったことはほとんどなかった。
前の仕事ではひとたび調子が悪くなると、アリジ
ゴクに落ちるかのように、あらゆる努力の甲斐も
なく苦しみの世界に入っていくものだった。
前と今と何が違うのか?まず、職場環境が違う。
前の仕事は5時間、一人っきりで作業していた。
孤立した部屋で、一人だけの作業。
内容はデータベースの入力作業。
月曜から金曜まで。今は、周囲に何人かいる
環境の中で仕事している。かといって修羅場み
たいな状況は現れない。
そういえば、前の仕事でも、数少ないけど、
症状が回復したことがあった。症状が出て、
苦しんでいるときに、突発的に荷物運びの
仕事があって、作業していたら治まったこと
があった。一種のショック療法みたいな感じ
がその時にはした。ちなみにショック療法は
受けたことがなく、その辛さはわからない。
だから、ここでもその言葉は本当は使いたく
ないけど、他にうまいたとえが見つからない。
ショック療法はいつも効くとは限らない。かえって
症状をひどくする場合もあるかもしれない。
あと、自分の体であり、ココロなのだけど、自分
で自分のことがよくわかっていない。
実は大したことでもないことで苦しんでいるの
かもしれないし、他の人、似たような症状を
抱えている人にも大問題なのかもしれない。
何せコンディションが不安定で、ここぞという時に
崩れるかもしれないということは、耐え難い人に
とっては耐え難いことなのかもしれない。
夕べからいよいよいい感じではなくなった。
といっても、調子のよいわるいも何を尺度にするかで
違う。急性精神病状態は約二回体験したのだけど、
その頃の尺度ではなく、ここ最近の中での尺度。
(約と書いたのは二回目の入院のときは一度回復
のちに一時状態が悪くなって保護室に戻ったことが
あるから)
前、大学の博物館で働いていた頃に悩まされた
症状に似ている。自分の言葉で書くと「抑うつ」という
感じになるのだけど、本当のところ違う書き方で
書いたほうがいいのかもしれない。問題は「抑うつ」
と書いた言葉の中身なのだから。
でも、うまくそれを表現することができない。なにせ
内部の症状だから。うまく、表現する言葉をもたな
いのだ。
「アタマがオカシクなりそう」とでも、言いたくなる程
辛いように思えるときもあるけど、基本、この症状
でそういう風にならないような気がするので、おお
げさな物言いかもしれない。でも、そういう風に
口走りたくなるような症状でもあるような気がする。
たぶん、日ごろもっとひどい症状を抱えているとか
症状に対する耐性とかで、その人にとっての辛さ
は変わってくるのだろう。
で、仕事に集中すると、そこに気が集中するのか
知らない間に調子は回復した。
前の仕事ではそうなったことはほとんどなかった。
前の仕事ではひとたび調子が悪くなると、アリジ
ゴクに落ちるかのように、あらゆる努力の甲斐も
なく苦しみの世界に入っていくものだった。
前と今と何が違うのか?まず、職場環境が違う。
前の仕事は5時間、一人っきりで作業していた。
孤立した部屋で、一人だけの作業。
内容はデータベースの入力作業。
月曜から金曜まで。今は、周囲に何人かいる
環境の中で仕事している。かといって修羅場み
たいな状況は現れない。
そういえば、前の仕事でも、数少ないけど、
症状が回復したことがあった。症状が出て、
苦しんでいるときに、突発的に荷物運びの
仕事があって、作業していたら治まったこと
があった。一種のショック療法みたいな感じ
がその時にはした。ちなみにショック療法は
受けたことがなく、その辛さはわからない。
だから、ここでもその言葉は本当は使いたく
ないけど、他にうまいたとえが見つからない。
ショック療法はいつも効くとは限らない。かえって
症状をひどくする場合もあるかもしれない。
あと、自分の体であり、ココロなのだけど、自分
で自分のことがよくわかっていない。
実は大したことでもないことで苦しんでいるの
かもしれないし、他の人、似たような症状を
抱えている人にも大問題なのかもしれない。
何せコンディションが不安定で、ここぞという時に
崩れるかもしれないということは、耐え難い人に
とっては耐え難いことなのかもしれない。
2013年11月28日木曜日
見えない世界 といっても神秘的かどうかは分からない
『イマココ――渡り鳥からグーグル・アースまで、空間認知の科学』
『ヴァーチャルという思想―力と惑わし』
この二つの本を平行してしばらく前から読んでいる。なんとなくなんだ
けど、見えない世界を探求するために読んでいる。
イマココのほうは空間認知の話でメンタルマップみたいな話は出て
は来るけど、基本的に目に見える世界のことについて書かれてある。
で、目に見える世界の応用問題として、目で見えない世界のことを
考えている。といっても神秘的だったり、宗教的だったりするのかは
分からない。単純に自分の中のイメージの世界の話だから。
イメージの世界であれば、物理学的イメージというように、科学の世界
でも欠かせない。脳の中の話とするならば、それで収まっている。
それはパソコンが情報の媒体であるのと同じく、まったく機械的な現象
として扱える。怪力乱神を持ち出さずとも済んでしまう。
脳という媒体に限らず、可能性の世界に元々それは存在していると
するならば、イデア論に近くなる。ボルヘスのバベルの図書館。
あるいはルールを構成して土俵をつくると、そこから戦略などがうまれる。
将棋であれ、野球であれ、そういうものだ。そこを深刻に考え始める
と眩暈がまたしてくる。
料理の世界、建築の世界、哲学の世界、文学の世界、、、
三千世界というのは本当にあるのかもしれない。人が住んでいる世界
だけでなく、分野、分野にまた独特の世界が存在していて、それら、
見えない世界はおそらく蜘蛛の巣のような形で結ばれている。
それぞれの世界や、その世界を構成している要素を一種の生き物
として、脳なのか可能性の世界なのかわからないがともかくも、
そこに住まう有機体として捉えることは可能だ。
そして、それらが写像される形で我々の住んでいる三次元空間が
成り立っている。そう考えると三次元空間自体も異界化してしまう。
そういうわけで、仮想世界に入るためにPCという道具は本当に必要
かどうかも不明瞭になり、意識を含め、なんらかの媒体があれば、
仮想世界は表現可能であり、生物圏も人間圏も情報圏も可能性の
世界が具現化され、実現された仮想世界なのではないか?という
考えがもたげてくる。そのあたりは単なる生涯学習の学びの世界
である。
で、やっぱり関心があるのは、自分の意識の中にどんな世界が
眠っているのか具現化したいという欲望だ。
そして、その前提として自分の住まう都市があり、都市の文化的
中心の一つとして、都市にある図書館が存在する。
で、それぞれの都市の図書館にある本の組み合わせは違い、
その違いの中から、図書館世界に潜ることによって、構成可能
なイメージの違いが出てくる。そして、それは自分の意識という
フィルターを通さずには出てはこないのだ。人力検索の世界。
出力されたものはありきたりでつまらないものかもしれない。
そうでないかもしれない。どちらにしてもいまここのわたしが
生み出したなんらかの結果である。
2013年11月26日火曜日
大衆化された知識を使いこなすこと
”大衆化された知識”、あまりいいニュアンスはない。
専門家集団から拡散された、使い方が少々間違っている専門用語たち。
でも、それを言うのなら、すでに漢語の段階でも、翻訳語の段階でも、
元の集団と使い方は微妙にずれているのではないだろうか?おそらく。
元々は専門用語だったものが今は普通の言葉になっている、イメージ
とか、システム、情報に記号、思想に哲学に本質。言葉の出所を探り
始めると咎を誰だって免れない。元々の意味からずれていない真正の
言葉をしゃべっていますなんていう人はいるのだろうか?
むしろ、罪深さを自覚している人々のほうが罪深さを自覚しているだけ
マシなのではないか?
私は家に辞書をいくつも置いていて、疑問が出るたびに引いてます
という作家みたいな人もいるかもしれない。その努力には頭が下がる。
でも、辞書的な意味は出発点に過ぎなくて、意味は多層的で、本当の
意味を知っている人などいない。私もそういう人に過ぎないのかも
しれないけれど、なんらかの意味で多くの人は言葉を振り回している
のかもしれない。自分が書いている(つもりの)言葉がどういう意味を
意味しているのかよくわかっていない。聞きかじりの知識を振り回して
いる、まさにその知識が「大衆化された知識」というわけなのだ。
でも、そういうことは道徳用語が大衆化された際にも繰り返された
ことなのではないか?別にインターネットの時代だからというわけもなく。
愛の本質はわからぬまま、愛という言葉はそれぞれの抱く愛のイメージ
とともに社会に流通している。東洋的な愛、西欧的な愛、日本古来から
あった対応するもの、それぞれ混じり合いながら、今の人は使っている。
家に使っている様々な家財道具、そして、今、パソコン上で使っている
道具類、ありきたりな使い方しているかもしれないし、かなり風変りな
使い方しているかもしれない。そして、アタマの中にかき集められたもの
どもも大同小異なのかもしれない。
それはそれぞれの人の事情というものだ。たとえ、使い方が間違って
いようとも、すこしズレていようとも、それはその人の状況の中での
ある種の自然なことなのかもしれない。それは日本という、知識のある
種のふきだまりでの状況と瓜二つに違いない。
紳士でもない人が紳士服を着ていても、ピザにイカが入っていても、
もはやとやかく言われる筋合いはないのと同じく、個人が使う知識や
言葉がもともとの意味とずれていたとしても、それもある種の自然な
営みに違いない。言葉や知識とは元々そういうものなのかもしれない。
どう転んでも、摩耗した言葉の織り成す生態系でしか、自分の心は
ありえない。元々の生息地から離れ、元々の生息地での振る舞いから
するとかけ離れたような奇怪な生態を帯び始めた外来生物の園なのだ。
自分の心はそういうものでしかありえないことを肯定するしかない。
日本という世界をエキゾチックの園と楽しむような外国人たちまなざし
のような感じで自分の心、自分の文章をとらえなおすしかない。
ある種の文化的るつぼには違いないから、店おりおりのカレーの
味を楽しむような感じで試食してもらうしかない。
専門家集団から拡散された、使い方が少々間違っている専門用語たち。
でも、それを言うのなら、すでに漢語の段階でも、翻訳語の段階でも、
元の集団と使い方は微妙にずれているのではないだろうか?おそらく。
元々は専門用語だったものが今は普通の言葉になっている、イメージ
とか、システム、情報に記号、思想に哲学に本質。言葉の出所を探り
始めると咎を誰だって免れない。元々の意味からずれていない真正の
言葉をしゃべっていますなんていう人はいるのだろうか?
むしろ、罪深さを自覚している人々のほうが罪深さを自覚しているだけ
マシなのではないか?
私は家に辞書をいくつも置いていて、疑問が出るたびに引いてます
という作家みたいな人もいるかもしれない。その努力には頭が下がる。
でも、辞書的な意味は出発点に過ぎなくて、意味は多層的で、本当の
意味を知っている人などいない。私もそういう人に過ぎないのかも
しれないけれど、なんらかの意味で多くの人は言葉を振り回している
のかもしれない。自分が書いている(つもりの)言葉がどういう意味を
意味しているのかよくわかっていない。聞きかじりの知識を振り回して
いる、まさにその知識が「大衆化された知識」というわけなのだ。
でも、そういうことは道徳用語が大衆化された際にも繰り返された
ことなのではないか?別にインターネットの時代だからというわけもなく。
愛の本質はわからぬまま、愛という言葉はそれぞれの抱く愛のイメージ
とともに社会に流通している。東洋的な愛、西欧的な愛、日本古来から
あった対応するもの、それぞれ混じり合いながら、今の人は使っている。
家に使っている様々な家財道具、そして、今、パソコン上で使っている
道具類、ありきたりな使い方しているかもしれないし、かなり風変りな
使い方しているかもしれない。そして、アタマの中にかき集められたもの
どもも大同小異なのかもしれない。
それはそれぞれの人の事情というものだ。たとえ、使い方が間違って
いようとも、すこしズレていようとも、それはその人の状況の中での
ある種の自然なことなのかもしれない。それは日本という、知識のある
種のふきだまりでの状況と瓜二つに違いない。
紳士でもない人が紳士服を着ていても、ピザにイカが入っていても、
もはやとやかく言われる筋合いはないのと同じく、個人が使う知識や
言葉がもともとの意味とずれていたとしても、それもある種の自然な
営みに違いない。言葉や知識とは元々そういうものなのかもしれない。
どう転んでも、摩耗した言葉の織り成す生態系でしか、自分の心は
ありえない。元々の生息地から離れ、元々の生息地での振る舞いから
するとかけ離れたような奇怪な生態を帯び始めた外来生物の園なのだ。
自分の心はそういうものでしかありえないことを肯定するしかない。
日本という世界をエキゾチックの園と楽しむような外国人たちまなざし
のような感じで自分の心、自分の文章をとらえなおすしかない。
ある種の文化的るつぼには違いないから、店おりおりのカレーの
味を楽しむような感じで試食してもらうしかない。
慣用句というもの
慣用句というものを知った、というか知らなかった。あるいは意識しなかった。
意識はしていたけど、慣用句という言葉を忘れていた。
国語か英語かの授業で習ったっきり、心の棚の奥深くに眠り込んでいた
言葉。
慣用句という言葉は忘れていたけれど、慣用句的なものに意識しながら
文章は綴っていた。できうれば、自分独特のいいまわしを作り出そうと
悪戦苦闘しながら。
当然それは文化として共有されたものではなく、自分の内側から
出てきたものに過ぎないので、他者には読み取りにくい。自分さえも
どういうニュアンスで使ったのかは時間を経るごとに解読困難になって
しまう。
ラングとして共有されたものではなく、パロール、個人語のような世界に
こだわるのはなぜだろう。そんなことしても、コミュニケーションがしにくく
なるだけで、全然トクにはならないはずなのに。
自分独特の世界を生み出したところで、継承する人がいなければ、
一代限りのものになる。生体の遺伝子とて、文化遺伝子とて事情は
同じだ。そして、その独特とやらのモノに魅力や、優れた特性がなけ
れば、継承する人もいないだろう。
それでも、そういう独特のものを生み出そうと孤軍奮闘するのは、
「鹿児島で生み出されるものは、所詮、東京の二番煎じ、三番煎じ。」
と東京から来た人に言われたことがいまだに頭に残っているからかも
しれない。
そして、鹿児島から生み出されるモノはホンモノの文化ではなく、
ニセモノの文化に過ぎないと信じている人もいる。この言葉にはいろん
な意味が含まれていると思う。先の、模倣か亜流に過ぎないという
ニュアンスと、もし、何か変わったモノが出てきたところでそれは一種の
訛りみたいなものであり、普遍性はないから、影響を残さないという
意味合いもあろう。
そういう見方に対する一つのプロテストとして、何かゴシゴシ自分で
作り出そうともがいているような気がする。それは一種の郷土愛なのか、
古代から続く「まつろわぬ民」たちの記憶がそうさせているのか。
話がそれた。慣用句だった。
他人の文章の慣用句的な用法を注意してみていくと、文章の影響関係
がわかるときがある。慣用句的な用法といっても、自分で思いつけるか
どうか怪しい。たとえば「夢にさえ思い描くことができなかった」とか
「永遠的なもの」と書かれていたときに、文章の影響関係を見てしまう。
日本では西欧をはじめ、世界中の文学が翻訳されているので、知らず
知らずのうちに、各個人の言葉の中に世界中からの慣用表現がまぎれ
こんでいるのかもしれない。毎日の食卓の食材が世界中からやってくる
のにも似て、そのごった煮としての文章はある種、壮観である。
路傍の雑草が世界中からきた帰化植物から成り立ち、詳しく知ろうと
すれば、世界中の植物相のことを知らないといけないハメになるという
意味で専門家がしりごみしてしまうのとどこかしら平行する風景だ。
私も十分、路傍の植物みたいな、そこらへんにいる人間の一人かも
しれないけれど、考えたものごと、書いたものごとについては、
それ、どこから来たの?とやりだしたら、大変難しいことになって
しまうかもしれない。現代人の頭の中ってそんなものだ。
それをカラオケ文章と卑下していたけれど、ひっくり返してみれば凄い
ことなのでもあるかもしれない。
そして、私は悩む人間だ、何かしら問題を抱えているのかもしれない。
そして、その悩みに回答しようとして、回答できなくても、悩みのあり
かを記述しようとして、かき集められた知識を自分なりの文脈で使おう
とする。実存という言葉が使えるかどうかはわからないけれど、単なる
知的好奇心ではなく、自分の苦しみと何かしら関連する形で自分の
学びは成り立っているように思う。
自分の悩み、贅沢な悩み、娯楽とさえ言えるかもしれない、優雅な悩み、
だって、悩むことは生きがいとさえいえるかもしれないだけの魅惑さえ
もつようなものだから。もしかしたら、飼い慣らされた悩みにもう、なって
いるのかもしれない。教養は受け取り方を変える。逆説というものを知っ
ている。状況を楽しむ余裕を与えてくれる。もちろん、余裕が発生する
くらいの強度の状況なのだろうけど。
まったく個人的な文章だけど、類概念としては似たような状況にいる
人はいるだろう。もしかしたら、同類はウラジオストク市に住んでいるかも
しれないし、アンカレッジ市に住んでいるかもしれない。あるいは鹿児島の
裏側にある、ポルト・アレグレ市に彼/彼女は住んでいるのかもしれない。
あるいはちょっと時間軸がずれたところに同類は住んでいるのかもしれない。
また、話が別方向に飛んでしまった。
P.S 教養という言葉は自分で使うべき言葉じゃないのかもしれないけれど、
受け取り方の違いという意味で再発回数を減らすことに寄与したのでは
ないかと思ったことと、自我肥大という言葉を知っていたことで、気分の
高揚を収めることもできたのではないかと思ったこと。もちろん、そんな
簡単にはいかないだろうということは知っているけれど、でも、私のケース
ではたまたまうまくいったかもしれないこと。これも、単純に軽症だったに
過ぎないということにもなるかもしれないけれど。
意識はしていたけど、慣用句という言葉を忘れていた。
国語か英語かの授業で習ったっきり、心の棚の奥深くに眠り込んでいた
言葉。
慣用句という言葉は忘れていたけれど、慣用句的なものに意識しながら
文章は綴っていた。できうれば、自分独特のいいまわしを作り出そうと
悪戦苦闘しながら。
当然それは文化として共有されたものではなく、自分の内側から
出てきたものに過ぎないので、他者には読み取りにくい。自分さえも
どういうニュアンスで使ったのかは時間を経るごとに解読困難になって
しまう。
ラングとして共有されたものではなく、パロール、個人語のような世界に
こだわるのはなぜだろう。そんなことしても、コミュニケーションがしにくく
なるだけで、全然トクにはならないはずなのに。
自分独特の世界を生み出したところで、継承する人がいなければ、
一代限りのものになる。生体の遺伝子とて、文化遺伝子とて事情は
同じだ。そして、その独特とやらのモノに魅力や、優れた特性がなけ
れば、継承する人もいないだろう。
それでも、そういう独特のものを生み出そうと孤軍奮闘するのは、
「鹿児島で生み出されるものは、所詮、東京の二番煎じ、三番煎じ。」
と東京から来た人に言われたことがいまだに頭に残っているからかも
しれない。
そして、鹿児島から生み出されるモノはホンモノの文化ではなく、
ニセモノの文化に過ぎないと信じている人もいる。この言葉にはいろん
な意味が含まれていると思う。先の、模倣か亜流に過ぎないという
ニュアンスと、もし、何か変わったモノが出てきたところでそれは一種の
訛りみたいなものであり、普遍性はないから、影響を残さないという
意味合いもあろう。
そういう見方に対する一つのプロテストとして、何かゴシゴシ自分で
作り出そうともがいているような気がする。それは一種の郷土愛なのか、
古代から続く「まつろわぬ民」たちの記憶がそうさせているのか。
話がそれた。慣用句だった。
他人の文章の慣用句的な用法を注意してみていくと、文章の影響関係
がわかるときがある。慣用句的な用法といっても、自分で思いつけるか
どうか怪しい。たとえば「夢にさえ思い描くことができなかった」とか
「永遠的なもの」と書かれていたときに、文章の影響関係を見てしまう。
日本では西欧をはじめ、世界中の文学が翻訳されているので、知らず
知らずのうちに、各個人の言葉の中に世界中からの慣用表現がまぎれ
こんでいるのかもしれない。毎日の食卓の食材が世界中からやってくる
のにも似て、そのごった煮としての文章はある種、壮観である。
路傍の雑草が世界中からきた帰化植物から成り立ち、詳しく知ろうと
すれば、世界中の植物相のことを知らないといけないハメになるという
意味で専門家がしりごみしてしまうのとどこかしら平行する風景だ。
私も十分、路傍の植物みたいな、そこらへんにいる人間の一人かも
しれないけれど、考えたものごと、書いたものごとについては、
それ、どこから来たの?とやりだしたら、大変難しいことになって
しまうかもしれない。現代人の頭の中ってそんなものだ。
それをカラオケ文章と卑下していたけれど、ひっくり返してみれば凄い
ことなのでもあるかもしれない。
そして、私は悩む人間だ、何かしら問題を抱えているのかもしれない。
そして、その悩みに回答しようとして、回答できなくても、悩みのあり
かを記述しようとして、かき集められた知識を自分なりの文脈で使おう
とする。実存という言葉が使えるかどうかはわからないけれど、単なる
知的好奇心ではなく、自分の苦しみと何かしら関連する形で自分の
学びは成り立っているように思う。
自分の悩み、贅沢な悩み、娯楽とさえ言えるかもしれない、優雅な悩み、
だって、悩むことは生きがいとさえいえるかもしれないだけの魅惑さえ
もつようなものだから。もしかしたら、飼い慣らされた悩みにもう、なって
いるのかもしれない。教養は受け取り方を変える。逆説というものを知っ
ている。状況を楽しむ余裕を与えてくれる。もちろん、余裕が発生する
くらいの強度の状況なのだろうけど。
まったく個人的な文章だけど、類概念としては似たような状況にいる
人はいるだろう。もしかしたら、同類はウラジオストク市に住んでいるかも
しれないし、アンカレッジ市に住んでいるかもしれない。あるいは鹿児島の
裏側にある、ポルト・アレグレ市に彼/彼女は住んでいるのかもしれない。
あるいはちょっと時間軸がずれたところに同類は住んでいるのかもしれない。
また、話が別方向に飛んでしまった。
P.S 教養という言葉は自分で使うべき言葉じゃないのかもしれないけれど、
受け取り方の違いという意味で再発回数を減らすことに寄与したのでは
ないかと思ったことと、自我肥大という言葉を知っていたことで、気分の
高揚を収めることもできたのではないかと思ったこと。もちろん、そんな
簡単にはいかないだろうということは知っているけれど、でも、私のケース
ではたまたまうまくいったかもしれないこと。これも、単純に軽症だったに
過ぎないということにもなるかもしれないけれど。
2013年11月23日土曜日
画像 意味の多層性
今日、画塾で描いた絵。
意味の多層性みたいなものをモチーフにしてみた。井筒俊彦の本の影響が
強い。
白い線みたいなものは紙を表していて、青色の領域が現実、そして、茶色の
領域が意味の世界を表している。
意味の世界は地層のような構造をしていて、深層にいくほど無意識の領域
となり暗くなる。でも、また別世界からの光指す領域もところどころある。
みにくいのだけど、紙を貫いている構造物は文字であり、具体的には
「象は鼻が長がい。」(送り仮名の使い方を間違ってしまったのはご愛嬌。)
という言語学でたまに出てくる例文を使っている。
で、漢字の部分は四角く、助詞、助動詞など大和ことばの部分は丸をベース
にしている。長いというのは全部が本当は大和ことばなのだけど、長を漢字
と解釈してしまった。単なる訓読なのだけど。
やまとごとばと漢語は違う種族の生き物であって、生態が違うという風に
表現してみた。大体において、堂々巡りなどもしながら、意味は表層に
留まり、かすかに中層をかするみたいな感じにしてみた。
文末は助詞、助動詞を自在に変えられ、微妙なニュアンスを醸し出される
日本語の性質を重く見て、別世界の光の領域まで達することができるのでは
ないかと思って表現してみた。
以上、説明チックで、全然アートという感じじゃないかもしれないけれど、
基本的に自分の内側のもやもやを具現化してみたいというのが根底にあって、
それがアートと呼ばれるかどうかは他人の評価の問題だと思っている。
ちょっと説明しすぎで、黙っていたら、他人はいろいろ自分に引き付けて
解釈してくれるかもしれないけれど、一応、書かないと忘れてしまうので
自分の意図みたいなものもメモしてみた。
あと、画像による表現で最近、思っていること。
時間、空間に、枠を与えられたその時の自分の内面の記録をつけたい
というのがもともとのこのblogの趣旨である。
時間というのは1966年に生まれ、21世紀10年代を今、生きているということで、
空間というのは台湾と徳之島からやってきた両親の元で鹿児島市で生まれ
育ち、今も在住しているという空間的な枠である。
その足元を少し掘り下げ、その足元の意味するところを少し意識化したい
と思うようになった。
鹿児島といえば、鹿児島弁である。鹿児島弁の特徴の一つは言葉が全体的
に短くなること。行こうというのが行っが。ですよねがじゃっど。言葉が詰まる
感じだ。もっと正確な表現の仕方もあると思うけど、自分の言葉でいうとこんな
感じになる。
それと関係あるかどうかわからないけど、伝統的なものは簡素なものが多い
らしい。あるいは簡素化されている。これは火山灰土壌で歴史を通して貧乏
だったこととどこかで関係しているかもしれない。たとえば、示現流。練習は
束にした枝をたたくというやり方らしい。ほかにもカライモ(サツマイモ)を代用
食として食べていた時期が長いとか、簡素化の例はいくつかある。
その簡素化というのを簡素な表現としてCGでは自分の流儀にしている。
もともとの積み木的もしくは記号的な要素のある、CGの性質を生かす方向に
行こうと思った。もちろん私が技術力に貧しいこともある。
簡素だと、普通は引き算の美学となり、タイトな表現になるけれど、それは
合わないので、南国的な大らかさを旨としている。いい意味でのてげてげを
目指している。単なる堕落というよりも、「細かいことを言い出せばきりがない
けど考え方は大筋としては合っている」みたいな感じにしたいと思っている。
これは父親の性質の影響もあるかもしれない。父は台湾生まれで20ぐらいまで
台湾で育ち、技術を持っていたので戦後も何年か台湾に留め置かれた後、
引き揚げた。日本の土を踏んだとき、一種のカルチャーショックを感じたという
「なんてせせこましい人々なんだ」と。引き揚げ後も「大陸的」な感覚を大事に
していた。鷹揚に構え、細かいところにはこだわらないような感じだ。その感覚
は私も大事にしたい、引き継ぎたいと思うようになった。
アラが多い、突っ込みどころが多いことの単なるいいわけであり、そんな表現
は伝わらないと思う人は思うかもしれないけれどこれで通せるところまでは
通したいと思うのが素直な気持ちだ。
大らかな表現というのは朝鮮の民画の影響もある。私の表現が俗悪と思われて
もいいと思う。庶民である自分の生活感から生まれたものだから、背伸びせず、
気負わず、自分から出てくるものが素直に出てくればいいと思っている。
意味の多層性みたいなものをモチーフにしてみた。井筒俊彦の本の影響が
強い。
白い線みたいなものは紙を表していて、青色の領域が現実、そして、茶色の
領域が意味の世界を表している。
意味の世界は地層のような構造をしていて、深層にいくほど無意識の領域
となり暗くなる。でも、また別世界からの光指す領域もところどころある。
みにくいのだけど、紙を貫いている構造物は文字であり、具体的には
「象は鼻が長がい。」(送り仮名の使い方を間違ってしまったのはご愛嬌。)
という言語学でたまに出てくる例文を使っている。
で、漢字の部分は四角く、助詞、助動詞など大和ことばの部分は丸をベース
にしている。長いというのは全部が本当は大和ことばなのだけど、長を漢字
と解釈してしまった。単なる訓読なのだけど。
やまとごとばと漢語は違う種族の生き物であって、生態が違うという風に
表現してみた。大体において、堂々巡りなどもしながら、意味は表層に
留まり、かすかに中層をかするみたいな感じにしてみた。
文末は助詞、助動詞を自在に変えられ、微妙なニュアンスを醸し出される
日本語の性質を重く見て、別世界の光の領域まで達することができるのでは
ないかと思って表現してみた。
以上、説明チックで、全然アートという感じじゃないかもしれないけれど、
基本的に自分の内側のもやもやを具現化してみたいというのが根底にあって、
それがアートと呼ばれるかどうかは他人の評価の問題だと思っている。
ちょっと説明しすぎで、黙っていたら、他人はいろいろ自分に引き付けて
解釈してくれるかもしれないけれど、一応、書かないと忘れてしまうので
自分の意図みたいなものもメモしてみた。
あと、画像による表現で最近、思っていること。
時間、空間に、枠を与えられたその時の自分の内面の記録をつけたい
というのがもともとのこのblogの趣旨である。
時間というのは1966年に生まれ、21世紀10年代を今、生きているということで、
空間というのは台湾と徳之島からやってきた両親の元で鹿児島市で生まれ
育ち、今も在住しているという空間的な枠である。
その足元を少し掘り下げ、その足元の意味するところを少し意識化したい
と思うようになった。
鹿児島といえば、鹿児島弁である。鹿児島弁の特徴の一つは言葉が全体的
に短くなること。行こうというのが行っが。ですよねがじゃっど。言葉が詰まる
感じだ。もっと正確な表現の仕方もあると思うけど、自分の言葉でいうとこんな
感じになる。
それと関係あるかどうかわからないけど、伝統的なものは簡素なものが多い
らしい。あるいは簡素化されている。これは火山灰土壌で歴史を通して貧乏
だったこととどこかで関係しているかもしれない。たとえば、示現流。練習は
束にした枝をたたくというやり方らしい。ほかにもカライモ(サツマイモ)を代用
食として食べていた時期が長いとか、簡素化の例はいくつかある。
その簡素化というのを簡素な表現としてCGでは自分の流儀にしている。
もともとの積み木的もしくは記号的な要素のある、CGの性質を生かす方向に
行こうと思った。もちろん私が技術力に貧しいこともある。
簡素だと、普通は引き算の美学となり、タイトな表現になるけれど、それは
合わないので、南国的な大らかさを旨としている。いい意味でのてげてげを
目指している。単なる堕落というよりも、「細かいことを言い出せばきりがない
けど考え方は大筋としては合っている」みたいな感じにしたいと思っている。
これは父親の性質の影響もあるかもしれない。父は台湾生まれで20ぐらいまで
台湾で育ち、技術を持っていたので戦後も何年か台湾に留め置かれた後、
引き揚げた。日本の土を踏んだとき、一種のカルチャーショックを感じたという
「なんてせせこましい人々なんだ」と。引き揚げ後も「大陸的」な感覚を大事に
していた。鷹揚に構え、細かいところにはこだわらないような感じだ。その感覚
は私も大事にしたい、引き継ぎたいと思うようになった。
アラが多い、突っ込みどころが多いことの単なるいいわけであり、そんな表現
は伝わらないと思う人は思うかもしれないけれどこれで通せるところまでは
通したいと思うのが素直な気持ちだ。
大らかな表現というのは朝鮮の民画の影響もある。私の表現が俗悪と思われて
もいいと思う。庶民である自分の生活感から生まれたものだから、背伸びせず、
気負わず、自分から出てくるものが素直に出てくればいいと思っている。
2013年11月21日木曜日
痛い文章が多い。どこかで嗤っている人もいるかもしれない。
過去の文章読み直すと、痛い文章が多い。
中二病的な匂いがプンプンする。
たぶんそういう人間なのだと思う。
自分の体臭だと思って受け入れるしかない。
そんな私の文章読んで、嗤っている人もどこかに
いるかもしれない。そういう目で読み始めたら
面白い文章の宝庫だ。
語るに落ちるといい方がある。養老先生の
『ヒトの見方』という本の最初のほうに書いてある。
内容の当否を考えず、とりあえず意見として受け入れる。
受け入れた上でその人の立場を考えるよすがとする、
みたいな話だ。
そういう意味で、ある種の「標本」として書き散らした
私の文章はそのまま「ヒトの博物学」だ。
ところで、今日は一人称研究というキーワードがある
ことをfacebook上のある先生の書き込みから知った。
当事者研究というキーワードにはかなり影響を受けている
ものの、私の営みが一人称研究であると言い立てるだけの
力があるかどうかわからない。
ただ、私の周囲には私の書き込みを「研究」とみなしている
人もいる。恵まれた環境にいる人だけでなく、市井の場に
いる人々の営みも大事だし、むしろそういうものから力を
与えられるとも。
これは私に責任というものを思い起こさせる。私が字面だけ
は知りながら、なかなか意味を実感することのできない、言葉
だ。でも、周囲を巻き込みながら、すこしずつその言葉の重さ
を私なりに感じつつあるところだと思う。
恥ずかしいことを書き続けている。でも、それが「恥を知る」
ことにつながればそれもいいかと思う。でも、ここでも言葉は
空回りしてしまう。一般論レベルでしかものを考えることのできない
私が精一杯のこととして、その言葉の意味を捉えようとする。
意味は多層的であり、物事には裏の見方がある。逆説。
状況をひっくり返す裏返した見方があればこそ、宗教みたいな
ものが成り立つのだと思う。裏返された言葉にすがることで、
なんとか苦しい人生をわたっていける、そんな時代も、そんな
人も世の中には多かろう。
「障碍を得て良かった。」という人もいる。精神障碍のみでなく、
障碍一般に適用できる言葉だろう。
でも、その言葉を受容できない人もいる。この言葉自体が一種の
逆説だからだ。宗教の言葉が、社会通念に反する逆説であり、
社会から異端視、迫害されることが多いように、
「障碍を得て良かった」という言葉も批判されうる。
生に相対する言葉は死。有に対する無。1に対する0に相当する。
それにまつわる常識をひっくり返すところから、宗教は始まったと
なんとなく思う。とはいえ、言葉で書くのは簡単だけど、その意味を
理解するのは難儀な話だ。
痛い文章。もちろん自分ひとりで思いつけるわけもなく、その日の
検索ツアーで得た考え方も散りばめられている。検索しながらの
思考の世界を加速世界とも以前書いた。
http://epimbi-madrigal.blogspot.jp/2012/05/blog-post_14.html
主治医から、私は睡眠の調節など、自分の症状をマネジメント
しているという言葉をもらった。マネジメントのための強力な道具
がネット上の記録であり、そして、自分のための記録にするだけ
でなく、共有することによって何がしかの生きた証としようという
野心さえもそこには含みこまれている。
もちろん、自分の生活の深い部分を見せてもいいと思えるだけ
の幸運なケースだからこそ実現していると思う。そして、私の記録
単独ではそんなに意味はなく、何人もの人の記録を比較検討し
ながら、ものを考える手がかりになればいい、と潔さも必要だと
思う。書かれたものを見て、どんな人が何を感じ、何を考えるか
人それぞれ。共通するものや、ヒントになるものを見つけるひと。
あるいは逆に混乱してしまう人。「どこが病気なの?」と思う人。
精神障碍は奥の深い障碍であり、どこに困っているかは本人に
しかわからない場合もあり、本人にもわからない場合もある。
私すら、長い間、自分を観察していて、どこに問題を抱えているの
かちょっとだけ見えてきたという塩梅だ。
それに対しても、「誰でもそんな部分はあるよ」という見方もあり、
事実、問題を抱えていない人はいないように思われる。でも、
精神科に通わざるをえない事情というのは厳然と存在し、その事情
があるために、おそらく長い間には深刻な副作用が発生するのを
薄々知りながら、精神薬を飲み続けているという選択をしてきた
という事情がある。そういう選択自体も時代の流れの中で変化しつつ
あるみたいだけど、いろいろな意味で変化しつつある、精神病周囲の
ことを記録する一つの生きた証言にはなりうるだろう。
P.S 一人称研究。たとえば、こんなもの。
https://kaigi.org/jsai/webprogram/2013/pdf/752.pdf
分野も手法もかけ離れているけど、案外根底にあるのは
似ているのかもしれない。
中二病的な匂いがプンプンする。
たぶんそういう人間なのだと思う。
自分の体臭だと思って受け入れるしかない。
そんな私の文章読んで、嗤っている人もどこかに
いるかもしれない。そういう目で読み始めたら
面白い文章の宝庫だ。
語るに落ちるといい方がある。養老先生の
『ヒトの見方』という本の最初のほうに書いてある。
内容の当否を考えず、とりあえず意見として受け入れる。
受け入れた上でその人の立場を考えるよすがとする、
みたいな話だ。
そういう意味で、ある種の「標本」として書き散らした
私の文章はそのまま「ヒトの博物学」だ。
ところで、今日は一人称研究というキーワードがある
ことをfacebook上のある先生の書き込みから知った。
当事者研究というキーワードにはかなり影響を受けている
ものの、私の営みが一人称研究であると言い立てるだけの
力があるかどうかわからない。
ただ、私の周囲には私の書き込みを「研究」とみなしている
人もいる。恵まれた環境にいる人だけでなく、市井の場に
いる人々の営みも大事だし、むしろそういうものから力を
与えられるとも。
これは私に責任というものを思い起こさせる。私が字面だけ
は知りながら、なかなか意味を実感することのできない、言葉
だ。でも、周囲を巻き込みながら、すこしずつその言葉の重さ
を私なりに感じつつあるところだと思う。
恥ずかしいことを書き続けている。でも、それが「恥を知る」
ことにつながればそれもいいかと思う。でも、ここでも言葉は
空回りしてしまう。一般論レベルでしかものを考えることのできない
私が精一杯のこととして、その言葉の意味を捉えようとする。
意味は多層的であり、物事には裏の見方がある。逆説。
状況をひっくり返す裏返した見方があればこそ、宗教みたいな
ものが成り立つのだと思う。裏返された言葉にすがることで、
なんとか苦しい人生をわたっていける、そんな時代も、そんな
人も世の中には多かろう。
「障碍を得て良かった。」という人もいる。精神障碍のみでなく、
障碍一般に適用できる言葉だろう。
でも、その言葉を受容できない人もいる。この言葉自体が一種の
逆説だからだ。宗教の言葉が、社会通念に反する逆説であり、
社会から異端視、迫害されることが多いように、
「障碍を得て良かった」という言葉も批判されうる。
生に相対する言葉は死。有に対する無。1に対する0に相当する。
それにまつわる常識をひっくり返すところから、宗教は始まったと
なんとなく思う。とはいえ、言葉で書くのは簡単だけど、その意味を
理解するのは難儀な話だ。
痛い文章。もちろん自分ひとりで思いつけるわけもなく、その日の
検索ツアーで得た考え方も散りばめられている。検索しながらの
思考の世界を加速世界とも以前書いた。
http://epimbi-madrigal.blogspot.jp/2012/05/blog-post_14.html
主治医から、私は睡眠の調節など、自分の症状をマネジメント
しているという言葉をもらった。マネジメントのための強力な道具
がネット上の記録であり、そして、自分のための記録にするだけ
でなく、共有することによって何がしかの生きた証としようという
野心さえもそこには含みこまれている。
もちろん、自分の生活の深い部分を見せてもいいと思えるだけ
の幸運なケースだからこそ実現していると思う。そして、私の記録
単独ではそんなに意味はなく、何人もの人の記録を比較検討し
ながら、ものを考える手がかりになればいい、と潔さも必要だと
思う。書かれたものを見て、どんな人が何を感じ、何を考えるか
人それぞれ。共通するものや、ヒントになるものを見つけるひと。
あるいは逆に混乱してしまう人。「どこが病気なの?」と思う人。
精神障碍は奥の深い障碍であり、どこに困っているかは本人に
しかわからない場合もあり、本人にもわからない場合もある。
私すら、長い間、自分を観察していて、どこに問題を抱えているの
かちょっとだけ見えてきたという塩梅だ。
それに対しても、「誰でもそんな部分はあるよ」という見方もあり、
事実、問題を抱えていない人はいないように思われる。でも、
精神科に通わざるをえない事情というのは厳然と存在し、その事情
があるために、おそらく長い間には深刻な副作用が発生するのを
薄々知りながら、精神薬を飲み続けているという選択をしてきた
という事情がある。そういう選択自体も時代の流れの中で変化しつつ
あるみたいだけど、いろいろな意味で変化しつつある、精神病周囲の
ことを記録する一つの生きた証言にはなりうるだろう。
P.S 一人称研究。たとえば、こんなもの。
https://kaigi.org/jsai/webprogram/2013/pdf/752.pdf
分野も手法もかけ離れているけど、案外根底にあるのは
似ているのかもしれない。
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