過去のログ読むと、具体的なことが書いていない。
一般論のみ。一般論が悪いわけではない。
これも単なる一般論だけど、自分の体験経験の中から
抽象してきた一般論ならそれでもいい。
でも、そんなはずがない。自分の体験経験なんて貧しい。
とすると、やっぱりどこか過去の偉い人の書いたことの受け
売りか、受け売りの受け売りか、さらにその受け売りかに
違いない。いわゆる劣化コピーというやつだ。
以上も、すべて一般論であり、受け売りの、、、というやつ。
結局、読書の世界にしか生きてこなかった私はそういう世界
から出れないということなのか?
最近の願いは、読書の世界の外というよりも、読書の世界の
奥にいってみたいという願いが頭の大部分を占めていた。
書かれているものの奥にはまだ書かれていない重要な事柄
が隠れているに違いないと思ったのだ。
最近時々読んでいるのはウォレスの『マレー諸島』という本の
ちくま学芸文庫版。
これはウォレスがマレー諸島を標本あつめに回った旅行記み
たいな本なのだけど、私はこの本をとても変な読み方してます。
ウォレスが探索したのはマレー諸島、リアルな世界なのですが、
私はこれを自分の中の世界、ヴァーチャルというよりも、端的
に見えないイメージの世界ですね、そういう世界を探索する
ときのモチーフに使いました。
自分の心の奥底をまさぐり、それをなんとか文字などの形
で書きとめ、見える形にするといういつもの作業なのですが、
それの、モチーフとして、地理的な探索の話を使いました。
自分の行ったことのない世界は驚異の世界でありまして、
19世紀に生きたウォレスの旅の記録を読むと、なんだか
今、現代流される”秘境”の映像では味わえないような
エキゾチックなものを感じます。
そして、そういうもののイメージを借りながら、自分の心の
奥地へと探検していくのであります。
自分の心の奥地への探検などと書くと仰々しいものですが、
ようするに、イメージしたものを手繰っていくというような作業
のことです。内にあるものを外に出す、ただそれだけの作業
なのです。
ヴァーチャルなもの、それも、誰かがつくったものを見る立場
なのか、つくる立場なのかで意味は変わってきます。
そして、つくったものを見る立場でも、どう見たのか、明らか
にしたい欲望を多くの人は抱えつつあるように思います。
社会的に承認される欲求から、己の奥にあるものをこの目
で見てみたいという欲求へのシフトといいますか。
それも含めての受け売りともいえないこともないと思いますが、、、
表題と全然違う話になってしまいました。
はじめての方へ
私が入院したのは1992年と93年のそれぞれ春です。入院期間は短く、現在も小さな症状があるくらいです。非定型精神病に典型ってあるのかどうかわかりませんが、今は精神病者と健常者の狭間にいるような感覚です。外来は最初から途絶えることなく続いてますし、服薬のほうは一生つづくでしょう。病気の理解の助けになるかどうか知りませんが、ある種の人間の理解の助けにはなるかもしれません。
P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。
p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。
p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
こう見えるというものにすぎません。仮設的な思考の計算
用紙、あるいは個人用のネタ帳といったところです。
P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)
P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)
P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)
P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)
2013年11月21日木曜日
2013年11月13日水曜日
自分なりに淡々と
淡々と生きることは難しいらしい。成功に溺れず、逆境にめげず、
自分なりのバランスを取りつつなるだけ水平飛行。ああ、難しい。
気分の上下に翻弄される自分には所詮無理な話ではある。
でも、自立訓練の相談員さんの話によると、それなりにバランスを
取るのは上手なんだそうだ。自己評価ではあるけれど、まあ、
症状も軽かったというのもあるかもしれないけれど、時々おこる
自我肥大に足元をすくわれず、谷の時もなんとか自分を支えるだけ
の余裕が持てたし、またそういう状況でもあったということが今の
平穏に導いてきたのだろうと思う。まあ、単に運がよかっただけ
なのかもしれないけれど。
世間で出会う、様々なものごと、それは人だったり、出来事だったり、
作品等だったりする、それらは十分、自分への脅威となりうる。
別に人は人、自分は自分と比べたりしなければいいのだろうけど、
やはりそこはただのニンゲンである。私もサル山のサルというところ
から超越できないわけで、ココロの中で自惚れたり、がっくりきたり
するものだ。
でも、それは読んでいる皆様だって、そうなのではないだろうか。
そう簡単にヒトは仙人みたいな存在にはなれない。誰だってその人
なりの未熟さというものを持っている。
先ほどから何か分かったようなこと、悟りすましたようなことを
くどくど述べている。たぶん借り物の知識を試してみただけのこと
だろう。真に受けず、そう読み流していただきたい。
まあ、何か書き物を具体的にしてみると、批判するなり、評価する
なりできるわけだと思う。「カウンターテクスト」という表現を見つけた。
また、手作りの思想を作るためのヒントみたいなものも見つけた。
みなさん、それぞれ、身近なところにやっつけるべき未熟なテクスト
を見つけ、それを批判することを通して、自分の考えみたいなのを
構築していただけたら幸いだ。カンペキなテクストは単に信奉者に
なるしかないわけで、それは越えられない父親みたいなものだ。
そんな感じで、アラの多い、テクストというのも存在価値はあるの
ではないかと思う。切磋琢磨というか、どうか自分の考えを晒す
ことを恐れないで、批判したり、されたりを通して、自分の世界と
いうのをでっちあげて欲しいと願う。
どうあがいても、自分は自分。虚勢を張っても仕方がないことだ。
淡々と記録を続ければ、たまにはまぐれ当たりも期待できる。
バッターボックスに立って、とりあえずバットを振ってみる。
みごと空振り。それもいいではないか、なんてカッコいいことを
言ってみる。田舎のオジサンのナルチシズムに過ぎないかも
しれないけれど。
P・S ちなみに「カウンターテクストを生み出すために」は
英文は読んでいません。読める部分だけを読んでいます。
読めない部分はざっと読み流しています。部分的に読めない
テクストでも、どこか読める部分にヒントになる文章をみつけたら
それでよしとする立場です。どっちかというとざーっと読み流し
ながら、面白いと思うところを拾っていくような読み方です。
ちなみにこの文章、相手の作品を距離をもって批判的に
読み、評価すべきところはキチンと評価もし、その作業を
通して自分の立場をつくり、できれば作品として、結果を
残すという風に読みました。ものすごい粗雑な読みでは
ありますが、具体的に何かものを作ることを通して、
それを乗り越えてくれる誰かを期待するという風に読み
ました。我が屍体を越えて往けみたいな感覚です。
P・S ちなみに「カウンターテクストを生み出すために」は
英文は読んでいません。読める部分だけを読んでいます。
読めない部分はざっと読み流しています。部分的に読めない
テクストでも、どこか読める部分にヒントになる文章をみつけたら
それでよしとする立場です。どっちかというとざーっと読み流し
ながら、面白いと思うところを拾っていくような読み方です。
ちなみにこの文章、相手の作品を距離をもって批判的に
読み、評価すべきところはキチンと評価もし、その作業を
通して自分の立場をつくり、できれば作品として、結果を
残すという風に読みました。ものすごい粗雑な読みでは
ありますが、具体的に何かものを作ることを通して、
それを乗り越えてくれる誰かを期待するという風に読み
ました。我が屍体を越えて往けみたいな感覚です。
2013年11月10日日曜日
仮想世界観における自然主義
バーチャルな空間の特質を「本物そっくり」という側面から
入る立場はあると思う。それを仮想世界観における自然主義
と呼んでおく。
でも、私はこの取り方をとらず、「イメージの中に入る」という
側面に軸足を置いている。
イメージそのものは抽象化されている。リアリズムにこだわらない
(というか技術的にできない)のはどこか位相幾何学(トポロジー)
の発想をヒントにもしている。
イメージの中に入る、それも他人の作ったイメージの中に入る
のではなく、自分のイメージの中に入りたい、探検したいという
欲望を抱えている。
その前提となるのは自分の世界というのを知ることだと思う。
自分の考え方、内側にある記憶などを具体的に洗い出すため
に言語化という手順を踏んでいる。
とりあえずカタログのように並んだら、そこから面白いという
要素を抽出して、画像の世界を作る土台としたいという戦略だ。
自然主義とはずいぶん離れた考え方だと思う。
短歌の世界でたとえると「アタマの中で作った短歌」に相当
すると思う。短歌の世界における自然主義の立場に立つ人
には好まないやり方かもしれない。人間の想像力など、たかが
知れている、それよりは世界の豊かさを取り入れようという
立場かもしれない。
読者の中には私は外の世界に関心をもたず、ひたすら
精神世界(インナーワールド)に沈潜している、そんな印象
を受ける人もいるかもしれない。背を向けていると思う人も
中にはいるかもしれない。
でも、外の世界を構成している一つ一つのものは元々から
あったものではなく、人の想像の世界から生み出されたもの
もあるかもしれない。生物の盲目的な遺伝子レベルでの
試行錯誤の中から生まれ出たものもあるかもしれない。
物理法則のようなものでさえ、ほかの形式の宇宙もあった
かもしれず、たまたまこの宇宙のこの時代に暮らしている
そういうことかもしれない。そんな感じで、すべては可能性
の見えない世界から生まれ出たものが実現したものと
私はとらえている。
だから、とりあえず、どういう形でもいいから、(言語でも
画像でも)、可能性の世界から、目に見える世界に移す
ことを重視したいと思っている。人によってはパンドラの
蓋をあける結果になる人もいるかもしれないけれど、
それは運命のいたずらというべきものである。
P.S ここの話のベースになる話は阿部謹也の
『自分の中に歴史を読む』という本の影響もかなり受けて
いるかもしれない。自分の中から問題を見つけるという
価値観は私の中から出てきたものといえるかどうか
わからない。でも、その考え方を選択したということは
自分にはしっくりくる考え方でもあるということなのだろう。
まあ、時流と絡み合わないかもしれず、損な生き方でも
あるのだろう。一方、時流そのものかもしれず、そういう
のをよしとする生き方も流行しているのかもしれない。
入る立場はあると思う。それを仮想世界観における自然主義
と呼んでおく。
でも、私はこの取り方をとらず、「イメージの中に入る」という
側面に軸足を置いている。
イメージそのものは抽象化されている。リアリズムにこだわらない
(というか技術的にできない)のはどこか位相幾何学(トポロジー)
の発想をヒントにもしている。
イメージの中に入る、それも他人の作ったイメージの中に入る
のではなく、自分のイメージの中に入りたい、探検したいという
欲望を抱えている。
その前提となるのは自分の世界というのを知ることだと思う。
自分の考え方、内側にある記憶などを具体的に洗い出すため
に言語化という手順を踏んでいる。
とりあえずカタログのように並んだら、そこから面白いという
要素を抽出して、画像の世界を作る土台としたいという戦略だ。
自然主義とはずいぶん離れた考え方だと思う。
短歌の世界でたとえると「アタマの中で作った短歌」に相当
すると思う。短歌の世界における自然主義の立場に立つ人
には好まないやり方かもしれない。人間の想像力など、たかが
知れている、それよりは世界の豊かさを取り入れようという
立場かもしれない。
読者の中には私は外の世界に関心をもたず、ひたすら
精神世界(インナーワールド)に沈潜している、そんな印象
を受ける人もいるかもしれない。背を向けていると思う人も
中にはいるかもしれない。
でも、外の世界を構成している一つ一つのものは元々から
あったものではなく、人の想像の世界から生み出されたもの
もあるかもしれない。生物の盲目的な遺伝子レベルでの
試行錯誤の中から生まれ出たものもあるかもしれない。
物理法則のようなものでさえ、ほかの形式の宇宙もあった
かもしれず、たまたまこの宇宙のこの時代に暮らしている
そういうことかもしれない。そんな感じで、すべては可能性
の見えない世界から生まれ出たものが実現したものと
私はとらえている。
だから、とりあえず、どういう形でもいいから、(言語でも
画像でも)、可能性の世界から、目に見える世界に移す
ことを重視したいと思っている。人によってはパンドラの
蓋をあける結果になる人もいるかもしれないけれど、
それは運命のいたずらというべきものである。
P.S ここの話のベースになる話は阿部謹也の
『自分の中に歴史を読む』という本の影響もかなり受けて
いるかもしれない。自分の中から問題を見つけるという
価値観は私の中から出てきたものといえるかどうか
わからない。でも、その考え方を選択したということは
自分にはしっくりくる考え方でもあるということなのだろう。
まあ、時流と絡み合わないかもしれず、損な生き方でも
あるのだろう。一方、時流そのものかもしれず、そういう
のをよしとする生き方も流行しているのかもしれない。
2013年11月8日金曜日
アイデアは使いまわせること
記録をつけている理由というよりも、意味の一つは
ひとたびアイデア出ししたアイデアは使い回しが利くという
ことです。
今日の自立訓練の場でも、かつてアイデア出しした言葉
をかなり使いました。「ここ」がいわば情報倉庫みたいな
あるいはアイデア倉庫みたいな感じになっているのです。
で、ここがネタ帳だったとしたら、パクられるのは怖くない
のか?といった疑問が当然わくと思います。
でも、ここで表現されているのは記号であって、意味では
ありません。ひとそれぞれ読み取る意味は違うのです。
そして、そのアイデアが出てきた状況、経緯を知っている
本人の読みにはなかなか他者というのは叶わないもの
だと思います。
一方、本人には気づかない、外から観察したほうがよく
見えることもあるかと思います。そういうものもアイデアを
秘匿していたら活用されずじまいです。
料理でたとえると郷土料理は現地で食べるに越したこと
はないのです。そこにはその料理を生み出した環境なり
歴史的背景があります。
そして、料理を食べながらきっとそういう背景をも味わって
いるのだと思います。
だから、料理だけ取り出して他の地方に持って行っても
根付かせることは案外難しく、その土地で根付くにしても
移出先の歴史を必要とするわけです。
各地に郷土料理があり、それは各地で採れる食材、
そして、その食材を気候などを含め、各地の環境で生かす
ために練り上げられた知恵、そういったものが混然一体
となりながら、郷土料理は成り立っていると思うのです。
そして、それは各個人レベルに落とすこともできて、
個人もまた、いろんな状況下で毎日を過ごし、その状況
下から練りあがってきた、その人なりの知恵というものを
もっているのではないでしょうか。
P.S 郷土料理についての知識は安藤百福の本に学び
ました。それを、当事者の状況からくる生活の知恵み
たいな話に応用したわけです。まさに「使えるものは
何でも使う」というやり方をとっています。「使えるもの
は何でも使う」というモットーは主治医の言葉に学び
ました。
ひとたびアイデア出ししたアイデアは使い回しが利くという
ことです。
今日の自立訓練の場でも、かつてアイデア出しした言葉
をかなり使いました。「ここ」がいわば情報倉庫みたいな
あるいはアイデア倉庫みたいな感じになっているのです。
で、ここがネタ帳だったとしたら、パクられるのは怖くない
のか?といった疑問が当然わくと思います。
でも、ここで表現されているのは記号であって、意味では
ありません。ひとそれぞれ読み取る意味は違うのです。
そして、そのアイデアが出てきた状況、経緯を知っている
本人の読みにはなかなか他者というのは叶わないもの
だと思います。
一方、本人には気づかない、外から観察したほうがよく
見えることもあるかと思います。そういうものもアイデアを
秘匿していたら活用されずじまいです。
料理でたとえると郷土料理は現地で食べるに越したこと
はないのです。そこにはその料理を生み出した環境なり
歴史的背景があります。
そして、料理を食べながらきっとそういう背景をも味わって
いるのだと思います。
だから、料理だけ取り出して他の地方に持って行っても
根付かせることは案外難しく、その土地で根付くにしても
移出先の歴史を必要とするわけです。
各地に郷土料理があり、それは各地で採れる食材、
そして、その食材を気候などを含め、各地の環境で生かす
ために練り上げられた知恵、そういったものが混然一体
となりながら、郷土料理は成り立っていると思うのです。
そして、それは各個人レベルに落とすこともできて、
個人もまた、いろんな状況下で毎日を過ごし、その状況
下から練りあがってきた、その人なりの知恵というものを
もっているのではないでしょうか。
P.S 郷土料理についての知識は安藤百福の本に学び
ました。それを、当事者の状況からくる生活の知恵み
たいな話に応用したわけです。まさに「使えるものは
何でも使う」というやり方をとっています。「使えるもの
は何でも使う」というモットーは主治医の言葉に学び
ました。
自立訓練のまとめ
自立訓練の文章書きの時間は今日が最後となった。
ブログ自体は終わらないけど、後ろで見てもらえて、
感想言ってもらったりするのは今日が最後だ。
自立訓練はいろいろなプログラムはあるのだけど、
心理とか言葉に関するプログラムを中心に受けた。
やっぱり、記憶に関する障碍があるのか、どんな
ことを言われたのか、曖昧になって思い出せない
のだけど、(だったらきちんとメモをとっていれば
いいのだが)全体としてみれば大事な時期だった
と思う。
昔、放送大学の学習センターに根を詰めて通って
いた時期があり、相談室で客員教授方と面談の
折にいろいろな話をうかがったのだけど、そのひと
つひとつも忘れてしまった。
そして、その昔、桜島ユースホステルで、毎晩の
ように様々な職業、専門、あるいは国籍をもった
人たちと話し込み、そこでもいろいろな話を伺った
のだけど、覚えているのも覚えていないものもある。
そういうわけで、残念ながら病気の後、記憶に自信
がなくて、具体的な一つ一つのことは記憶の中から
取り出しにくい。(でも取り出せるものもあるから、
言い立てるべきものかどうかわからない。)
でも、今までの傾向からいくと、前やったものを土台
にして次の場が積みあがるような感じで、人生送って
きたような気がする。ひとつひとつのことは忘れて
しまったとしても、そこで習ったことが次の場に行くため
の基礎になってきたように思えるのだ。
そして、覚えられなかったとしても、その場、その場では
わりと熱心に聞き入っていたり、突っ込んだ質問をして
いたりしていたので、記憶にアクセスしにくいだけで、
無意識下には残り、なんらかの機会があれば意識の
表面に浮かびあがってくるのかもしれない。
無意識をかき混ぜ、過去の記憶を蘇らせる
媒体としても文章を書くことは私にとって意味があった
のかもしれない。
あと、一日、明日の製本教室と、PC教室で自立訓練は
私は卒業だ。
2年間付き合ってくれたみなさん、ありがとうございました。
ブログ自体は終わらないけど、後ろで見てもらえて、
感想言ってもらったりするのは今日が最後だ。
自立訓練はいろいろなプログラムはあるのだけど、
心理とか言葉に関するプログラムを中心に受けた。
やっぱり、記憶に関する障碍があるのか、どんな
ことを言われたのか、曖昧になって思い出せない
のだけど、(だったらきちんとメモをとっていれば
いいのだが)全体としてみれば大事な時期だった
と思う。
昔、放送大学の学習センターに根を詰めて通って
いた時期があり、相談室で客員教授方と面談の
折にいろいろな話をうかがったのだけど、そのひと
つひとつも忘れてしまった。
そして、その昔、桜島ユースホステルで、毎晩の
ように様々な職業、専門、あるいは国籍をもった
人たちと話し込み、そこでもいろいろな話を伺った
のだけど、覚えているのも覚えていないものもある。
そういうわけで、残念ながら病気の後、記憶に自信
がなくて、具体的な一つ一つのことは記憶の中から
取り出しにくい。(でも取り出せるものもあるから、
言い立てるべきものかどうかわからない。)
でも、今までの傾向からいくと、前やったものを土台
にして次の場が積みあがるような感じで、人生送って
きたような気がする。ひとつひとつのことは忘れて
しまったとしても、そこで習ったことが次の場に行くため
の基礎になってきたように思えるのだ。
そして、覚えられなかったとしても、その場、その場では
わりと熱心に聞き入っていたり、突っ込んだ質問をして
いたりしていたので、記憶にアクセスしにくいだけで、
無意識下には残り、なんらかの機会があれば意識の
表面に浮かびあがってくるのかもしれない。
無意識をかき混ぜ、過去の記憶を蘇らせる
媒体としても文章を書くことは私にとって意味があった
のかもしれない。
あと、一日、明日の製本教室と、PC教室で自立訓練は
私は卒業だ。
2年間付き合ってくれたみなさん、ありがとうございました。
2013年11月7日木曜日
自立訓練もあと今週末まで。
自立訓練の個別支援の枠で、文章を書き、
それを相談員に読んでもらって、感想言ってもらえるのも
今日を入れて残り、二回となってしまった。
でも、不眠傾向が相変わらず続き、夕べも睡眠薬を飲み、
それでも眠れないので頓服の精神薬も飲んだ。想定どうり
今朝はドロドロだ。思考力がない。
それにしても、もう残り少ないので、何か書きたいところ。
できれば、二年間のまとめなり、PSW(精神保健福祉士)
さんへの感謝の気持ちなども伝えたいところだけど、それ
にしても、コンディションはよくなく、あまり気の利いたこと
は書けそうもない。
私はネットの散策中、自立訓練施設のホーム
ページを覗いたのがきっかけで、即断即決できめました。
節目、節目の決断は自分で決めてきたのが自分の中で
は誇りです。それが自立訓練施設との出会いです。
さて、この二年間の主な問題、自分の中での問題は
丁度、似たような体験談を『統合失調症のひろば創刊号』
の小林和彦さんの「告発される側の論理」という文章中に
載っていたので引用します。
「母は死んだ、仕事は辛い、人間関係はうまくいかない、
そういう世界、そういう現実を変えるにはどすればいいのか。
あの頃私は多分毎日悩んでいたと思う。そうしたら或る日
突然、光がパーッと差し込んだように、何もかもうまく行く
解決策が思いついた。現実を変えればいいんだ、と。
正に言葉通りのことだ。言葉が真実を示してくれていた。
その辺までは覚えているのだが、その後約一週間の間、
不眠不休で何を考えていたのかは一割くらいしか覚えて
いない。様は現実に対する考え方を変えたのだろう。
その結果、発狂した。」
最初の病気のとき、なんなく色合いの似たような体験を
しています。まあ、発病の背景そのものは人それぞれ
なのですが、そこに至るストーリーがパターン的に似て
いる部分があるのです。
そして、その後は一度は再発し、その次から、は不眠が
続く時点で危険を悟るようになり、頓服の薬飲んだりして
未然に抑えるようなことが幸運なことに出来ています。
でも、その方法で抑えきることができるかどうかもまた
ケースバイケースだとなんとなく思っています。
そして、いつのころからか文章を綴るようになり、
自立訓練施設の個別支援(私の文章では
主に木曜、金曜の文書の一部がそうです。)の時間
に文章も書き、後ろでPSWの感想をもらうような感じ
になっていました。文章療法とかのプログラムという
わけではないのですが、まあ、個別支援でやってもら
たいことは文章の感想を言ってもらうという感じだった
のでそういう感じになりました。
上で小林さんの文章見ることで、頭が冴えて、眠れ
なくなって、みたいな病気発生のパターンをほかの
人の記述から再確認できるようになって、やっぱり
文章書くことは他の人にとってなんらかの意味は
あるのではないかと思うようになりました。
そして、PSWの人に励まされて、書くことに若干の
意味を感じることができるようになりました。もちろん
ネット上の友達やリアルの友人のアドバイスもため
になりました。書き出し最初のころはあまり読んでくれる
人もいなくて、挫折しかけたことも何度かあります。
さて、先にも書きましたように、薬の影響で今日は
ドロドロなのでこれにてにさせていただきます。
うまくまとまったかどうかわかりませんが、ご容赦を。
それを相談員に読んでもらって、感想言ってもらえるのも
今日を入れて残り、二回となってしまった。
でも、不眠傾向が相変わらず続き、夕べも睡眠薬を飲み、
それでも眠れないので頓服の精神薬も飲んだ。想定どうり
今朝はドロドロだ。思考力がない。
それにしても、もう残り少ないので、何か書きたいところ。
できれば、二年間のまとめなり、PSW(精神保健福祉士)
さんへの感謝の気持ちなども伝えたいところだけど、それ
にしても、コンディションはよくなく、あまり気の利いたこと
は書けそうもない。
私はネットの散策中、自立訓練施設のホーム
ページを覗いたのがきっかけで、即断即決できめました。
節目、節目の決断は自分で決めてきたのが自分の中で
は誇りです。それが自立訓練施設との出会いです。
さて、この二年間の主な問題、自分の中での問題は
丁度、似たような体験談を『統合失調症のひろば創刊号』
の小林和彦さんの「告発される側の論理」という文章中に
載っていたので引用します。
「母は死んだ、仕事は辛い、人間関係はうまくいかない、
そういう世界、そういう現実を変えるにはどすればいいのか。
あの頃私は多分毎日悩んでいたと思う。そうしたら或る日
突然、光がパーッと差し込んだように、何もかもうまく行く
解決策が思いついた。現実を変えればいいんだ、と。
正に言葉通りのことだ。言葉が真実を示してくれていた。
その辺までは覚えているのだが、その後約一週間の間、
不眠不休で何を考えていたのかは一割くらいしか覚えて
いない。様は現実に対する考え方を変えたのだろう。
その結果、発狂した。」
最初の病気のとき、なんなく色合いの似たような体験を
しています。まあ、発病の背景そのものは人それぞれ
なのですが、そこに至るストーリーがパターン的に似て
いる部分があるのです。
そして、その後は一度は再発し、その次から、は不眠が
続く時点で危険を悟るようになり、頓服の薬飲んだりして
未然に抑えるようなことが幸運なことに出来ています。
でも、その方法で抑えきることができるかどうかもまた
ケースバイケースだとなんとなく思っています。
そして、いつのころからか文章を綴るようになり、
自立訓練施設の個別支援(私の文章では
主に木曜、金曜の文書の一部がそうです。)の時間
に文章も書き、後ろでPSWの感想をもらうような感じ
になっていました。文章療法とかのプログラムという
わけではないのですが、まあ、個別支援でやってもら
たいことは文章の感想を言ってもらうという感じだった
のでそういう感じになりました。
上で小林さんの文章見ることで、頭が冴えて、眠れ
なくなって、みたいな病気発生のパターンをほかの
人の記述から再確認できるようになって、やっぱり
文章書くことは他の人にとってなんらかの意味は
あるのではないかと思うようになりました。
そして、PSWの人に励まされて、書くことに若干の
意味を感じることができるようになりました。もちろん
ネット上の友達やリアルの友人のアドバイスもため
になりました。書き出し最初のころはあまり読んでくれる
人もいなくて、挫折しかけたことも何度かあります。
さて、先にも書きましたように、薬の影響で今日は
ドロドロなのでこれにてにさせていただきます。
うまくまとまったかどうかわかりませんが、ご容赦を。
2013年11月6日水曜日
内省能力 自分だけの世界
当事者のブログを読んでいて「自分だけの世界」という表現があるのを
知った。http://blogs.yahoo.co.jp/a_peace_of_pepper5555/25377714.html
一方、「自身の心的な活動に気づくことができる能力(内省能力)」という表現にも出くわした。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007505097
それは能力ととらえることもできるというのはあまり知らなかった。
外向的、内向的という用語は知っていたけど、内面を言語化することの個人差
についてはあまり考えることはなかった。
ただ、漠然と、内面を語る文書の少なさにはなんとなく気づいていた。そして、
周囲とは違うという意味で孤独感を感じることも多々あった。
一方で、「個人に目覚めた」のだと誇りを感じることもあった。
自分の心的な活動に気づくことができる、と確かに上の文章には書いてある。
でも、その正当性ははなはだ疑わしい。ゆえに内観的なものは従来、心理学では
重視されなかったことも知識として知っていた。
たとえ、それを知っていたとしても、記録がないよりはあったほうがマシという思い
が記録することを支えていた。
近年、ナラティブなものが重視されるようになっているという情報はもちろん、私の
もとにも届いている。そして、そういうものが後押しとなってブログを継続していること
は事実である。
でも、一方、そういった類のものに関する、訓練は受けていない。だから、よきにつけ
悪しきにつけ、アウトサイダーな立場に立つことになる。
アウトサイダーな立場、別の言葉でいえば野生の立場、野良猫的な立場である。
それは記録をゴミにするリスクも、戦略的に「アウトサイダー」ゆえに基礎が抜けている
ことを利用できる両義的な意味を持っていることも知っている。もちろん、そこには美術
の世界での「アウトサイダーアート」という用語やレヴィ・ストロースの「野生の思考」という
用語なども絡んでくる。
言い立てることが許されるのなら、百姓という言葉が指すように、当事者である自分という
存在を軸にして百般の分野に開かれているということになるのかもしれない。
それは別に当事者というのは誰でも当事者でいいのだ。何らかの意味における何らかの
当事者。自分の住んでいるローカルな場を中心にして世界座標をつくる作業に似ている。
むしろ、これまで、ローカルな位置に心理的に押し込まれてきたことがわかる。ある意味、
声を奪われてきたのだ。そして、今も、多くの人は自分で「声を与える価値がない」と思い
こんでいる人が多い。私は逆説的ではあるが、精神病の当事者という枠に気がつき、
私なりに世間に吠えはじめた。「弱い犬ほどよく吠える」とはよく言ったものである。
自己顕示欲みたいな欲望は隠すことはできないが、さりとて、誰でも時代の証言者として
発言する一票を与えられている。一票は一票。その影響力はないに等しい。でも、どこか
らでも検索できるということの潜在的意味合いは大きいと思う。そして、逆にそこから来る
リスクと責任はある、そして、そのために多くの人は沈黙している。
でも、テレビに出る人はさんざん恥をさらしてきたではないか。そして、フロー情報であるが
ゆえに、「とりかえしのつかないこと」では決してなかったではないか。もちろんメディア発信
も火遊びだ。山火事になるリスクはあり、山火事になってしまったら、個人の力では消火は
できず、自然沈火するのを待つしかないというのも一応は知っている。
「意識の流れ」のような感じで時一刻、いろんなものが心の河を流れている。そして、それは
時代の河でもある。流れ去っていって、あとには残らないものを惜しく思い、そのうちのいく
らかのものを拾い上げてみただけである。
壮大な歴史の流れの中で、いったいどれ程の「語るべき事柄」が闇の中に押し込まれてきた
のかとくと想像してもらいたい。そして、今もなおその歴史が継続中なことも。
知った。http://blogs.yahoo.co.jp/a_peace_of_pepper5555/25377714.html
一方、「自身の心的な活動に気づくことができる能力(内省能力)」という表現にも出くわした。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007505097
それは能力ととらえることもできるというのはあまり知らなかった。
外向的、内向的という用語は知っていたけど、内面を言語化することの個人差
についてはあまり考えることはなかった。
ただ、漠然と、内面を語る文書の少なさにはなんとなく気づいていた。そして、
周囲とは違うという意味で孤独感を感じることも多々あった。
一方で、「個人に目覚めた」のだと誇りを感じることもあった。
自分の心的な活動に気づくことができる、と確かに上の文章には書いてある。
でも、その正当性ははなはだ疑わしい。ゆえに内観的なものは従来、心理学では
重視されなかったことも知識として知っていた。
たとえ、それを知っていたとしても、記録がないよりはあったほうがマシという思い
が記録することを支えていた。
近年、ナラティブなものが重視されるようになっているという情報はもちろん、私の
もとにも届いている。そして、そういうものが後押しとなってブログを継続していること
は事実である。
でも、一方、そういった類のものに関する、訓練は受けていない。だから、よきにつけ
悪しきにつけ、アウトサイダーな立場に立つことになる。
アウトサイダーな立場、別の言葉でいえば野生の立場、野良猫的な立場である。
それは記録をゴミにするリスクも、戦略的に「アウトサイダー」ゆえに基礎が抜けている
ことを利用できる両義的な意味を持っていることも知っている。もちろん、そこには美術
の世界での「アウトサイダーアート」という用語やレヴィ・ストロースの「野生の思考」という
用語なども絡んでくる。
言い立てることが許されるのなら、百姓という言葉が指すように、当事者である自分という
存在を軸にして百般の分野に開かれているということになるのかもしれない。
それは別に当事者というのは誰でも当事者でいいのだ。何らかの意味における何らかの
当事者。自分の住んでいるローカルな場を中心にして世界座標をつくる作業に似ている。
むしろ、これまで、ローカルな位置に心理的に押し込まれてきたことがわかる。ある意味、
声を奪われてきたのだ。そして、今も、多くの人は自分で「声を与える価値がない」と思い
こんでいる人が多い。私は逆説的ではあるが、精神病の当事者という枠に気がつき、
私なりに世間に吠えはじめた。「弱い犬ほどよく吠える」とはよく言ったものである。
自己顕示欲みたいな欲望は隠すことはできないが、さりとて、誰でも時代の証言者として
発言する一票を与えられている。一票は一票。その影響力はないに等しい。でも、どこか
らでも検索できるということの潜在的意味合いは大きいと思う。そして、逆にそこから来る
リスクと責任はある、そして、そのために多くの人は沈黙している。
でも、テレビに出る人はさんざん恥をさらしてきたではないか。そして、フロー情報であるが
ゆえに、「とりかえしのつかないこと」では決してなかったではないか。もちろんメディア発信
も火遊びだ。山火事になるリスクはあり、山火事になってしまったら、個人の力では消火は
できず、自然沈火するのを待つしかないというのも一応は知っている。
「意識の流れ」のような感じで時一刻、いろんなものが心の河を流れている。そして、それは
時代の河でもある。流れ去っていって、あとには残らないものを惜しく思い、そのうちのいく
らかのものを拾い上げてみただけである。
壮大な歴史の流れの中で、いったいどれ程の「語るべき事柄」が闇の中に押し込まれてきた
のかとくと想像してもらいたい。そして、今もなおその歴史が継続中なことも。
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