はじめての方へ

私が入院したのは1992年と93年のそれぞれ春です。入院期間は短く、現在も小さな症状があるくらいです。非定型精神病に典型ってあるのかどうかわかりませんが、今は精神病者と健常者の狭間にいるような感覚です。外来は最初から途絶えることなく続いてますし、服薬のほうは一生つづくでしょう。病気の理解の助けになるかどうか知りませんが、ある種の人間の理解の助けにはなるかもしれません。

P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。

p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
こう見えるというものにすぎません。仮設的な思考の計算
用紙、あるいは個人用のネタ帳といったところです。

P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)

P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)


2013年11月6日水曜日

私のいる場では何が問題になるか

人それぞれの人生というものがあり、それぞれの人生の中で
何が問題になるかは違う。

精神病といってもケースバイケースであり、それぞれのケース
で何が問題になるか違う。

私の場合はリウマチは初期の状態をずっと維持し、薬は朝夕
一錠飲むだけで済んでいる。まあ、痛みは全くないわけでは
ないけど、たぶんこういうのは痛みに入らないということも可能
なくらいの痛みだ。

精神病についても、似ている。数日不眠傾向だったけど、、
夕べ(2013.11.05)の夜のテレビで丸岡いずみさんのうつ病の
闘病生活の様子が番組で放送されていたけれど、動画として
うつ病の様子を見たのは初めてで、「本当に大変だなあ」と
思った。ときどき現れる私の抑うつの症状とは比べものに
ならないように感じた。

そういう意味では、急性精神病状態のときや、その後に続く
陰性状態のときは別として、平穏期のときは病気のうちに
入らないとさえ、いえるかもしれない。まあ、これは私の場合
であって、人それぞれケースバイケースである。

記録を採ることは気持ちを整理すること、気持ちのメンテナンス
の要素もある。でも、楽しめてやれるくらいの範囲内に落ち着いて
いて、人によっては、とてもではないけれど、そういうことは出来ない
という風な状態もまたありうる。

まあ、うまくいっているからこそ他人に見せることができるのである。
そこのところは自分で自分というものをわかっておかないといけない。
そして、「何も語りたくない」と現在思い、もしかしたら、私の文章を
読むだけで痛みを感じている人もどこかにいるかもしれないことも
心のどこかに留めておかなくてはいけないと思う。私は今のところ、
うまくいったケース、恵まれたケースに過ぎないのかもしれない。

何をもってうまくいったかどうかは書くのは難しいけれど、いろいろ
なものごとを左右するのは微妙なことかもしれないし、それは日々
の積み重ねかもしれないし、人生の分岐点における判断かもしれ
ない。この先、私の人生に何が待ち受けていたとしても、書き続ける
ことを選択できるかどうかもわからない。めぐり合わせの結果、
たまたま「ここ」にいるとしか言えない。

私より今恵まれた境遇にいる人、もしくは、なんらかの意味でより
難しい境遇に遇している人、でも、それはたまたま、であって、
何かちょっとしたことで、その立場は入れ替わっていたかもしれない。

でも、私はたまたま「ここ」にいて、自分のことを書いてみようという
気持ちを起こさせている。

話はちょっとだけ飛んで、植物採集の話をたとえとして使う。ちなみ
にリウマチの具合で山歩きはしない、ので植物採集会のお誘いは
月に一遍くるのだけど、行っていない。植物の世界にほとんど貢献
していない私があんまり植物の世界のことを書くことはよくないの
かもしれない。でも、私の中ではこのブログを書くにあたっての重要
な補助線になっているのである。

人それぞれ、遺伝的背景やら、境遇やらあって、それぞれのその時
の環境、もしくは世界というものを作っている。

ましては今は情報革命もしくはメディア革命と呼ばれる変動期にあっ
て、百年単位、千年単位(そういう時代がもしあったとしたら)でも重要
な時期だと思う。そんな中でそれぞれの人々は生き証人としての証言
の機会と手段を与えられているのだと思う。

わかりやすい過去の例でみれば、世界大戦時、もしくは大学紛争時、
それぞれの当事者の遇した世界は記録に残す意味はあるというのは
わかりやすい。今は同時代だから見えにくいけれど、この情報革命の
さなかの様子も記録するに足るし、記録しておかなければ、再構成と
いうのは無理なのだ。私、自身はバブル時代は体験したけど、もうそ
のころのことをどう再構成しようとも、厳密な意味では再構成できない。

そして、表面的な意味でのその時代というのは新聞、テレビその他
マスメディアというものがあるから潤沢に記録は残されるに違いない。
でも、深層であればあるほど、記録は少なくなると思う。大体、時代の
深層というか、各個人の心の底で何が起こっているか?起こりつつ
あるかというのは内省してみて言語化しないことにはわからない。
もちろん、内省なんてあてにならないというのも知ってはいるけれど、
記録が何にもないよりははるかにマシだと思う。何にしろ各時代時代
で一番記録に残りにくいのは心の中のことなのだから。

そういうわけで、フィールドを植物採集するがごとく、時々心の中に
潜って、そこにあるものを採集しているような感じなのだ。そして、
何を採り、何を採らないかは採集者に任されている。たぶん記録
しているということは何らかの意味で採集者にとってはそれが
価値あるものとおもっていたということの記録でもある。

その時の自分にとっては価値があるから採ってみた。でも他の人に
とってそれが価値あるものかどうかはわからない。でも、一般に
新種に相当するもの、ある種の発見であるものは価値あるものと
されるかもしれない。世界の中での発見、日本国内での発見、
地域での発見いろいろレベルはあるだろう。植物では南限、北限と
いうものもある。ある境界を表す指標。その境界を越えると現れなく
なる要素みたいなものだ。それから多様性。その他、隔離分布とい
ってかけ離れたところに同じ要素が見つかるようなこと。抽象的に
なってしまった。でも、以上のことを通して、植物採集のような感覚
でブログを書いていることがわかると思う。

そして、採集地に初めて入るというというような出来事もある。
西洋から派遣されて、日本というフィールドに初めて足を運び、
植物を採集して、報告するというようなことである。日本というのは
地理的な領域であるけれど、それは必ずしも地理的とは限らず、
もっと抽象的な領域かもしれない。これこれの条件下、状況下の
人々でもいいはずなのだ。

西洋では文書館として、過去の文書が保管されて、歴史を調べる
際の基礎となっている。西洋ほどではないけれど、日本でも神社
仏閣に文書は残されている。ちなみに鹿児島は歴史の継続性が
長く、戦乱などで荒らされていないので文書類は豊富で、
『入来文書』など、鹿児島の地域史ではなく、封建時代そのものを
調べる際の基礎史料になるものがある。他にも『島津家文書』と
いうものもあり、歴史を調べる際の土台になっている。

そういったことも私が記録を残す補助線となっている。メディアが
大衆化されたということで、これからは個人が記録を残す時代に
なるのではいかと思うのだ。歴史は決してえらい人、優れた人だ
けのものではなく、個人は観客としてではなく、役者としても、歴史
という舞台に立てるのだと学んだ。メディア革命は意識革命でも
あって、これからは個人も歴史意識というものを持つようになる
のだろう。

歴史意識に目覚めること

歴史意識という言葉を学んだのは主に阿部謹也と色川大吉の著作
からだった。両方に著作に書いていることは偉い人だけではなく、
普通の庶民にも歴史というのはありうる。歴史の当事者でありうる
という話だった。ネットであれこれ散策するうちに歴史学者としての
当事者という視点さえありうるということを知るに至った。

一方で普通の人などに歴史はない、極端に言い出すと普通の人は
経済の道具に過ぎないと思っている人もいるかもしれない。

そして、普通の人を歴史学者と持ち上げることで、またネット上に
ノイズやらゴミやらが溜まっていく、そう眉をひそめる人もいるかも
しれない。

ひところ流行った自分史も読み手はそんなにいるはずもなく、
図書館も献呈図書の扱いに困っているという話も聞く。
江戸時代に出版された有象無象の出版物ですら、その扱いに
困っているのだ。

やがては総量としての数の一つになっていくのだろうか。
それをいうなら現在、商業出版されている図書たちもやがて
書庫の底に沈み、図書館としてはお荷物同然のものになってしまう。

原理的に言えば万人の歴史意識というものがあっていいはずだ。
少なくともその記録のための道具はそろったのだから。

粘土板を蓄積することを思いついたこと、メディアってそういうもの
だと思う。それが現代の文脈で庶民の元に届いた。歴史上何度も
そういうことは繰り返されたはずだ。

2013年11月4日月曜日

何が売れるか 何を売りたいか

表現を発信するということは「売る」行為とどこか似ている
と思う。

読み手の時間と交換に表現を売る行為と意味づけること
が可能だ。

そこでキーフレーズになるのは「何が売れるか」ということ
と「何を売りたいか」ということだと思う。

「何が売れるか」、つまり読者が読みたいと思うもの、実は
これはよく知らない。私が発信するもので読者にとって
価値があるとされうるもの、さっぱりわからない。

でも、それはいいことでもある。読み手側の欲望に影響を
あまり受けていないということでもある。

読み手側の欲望におもねることがいいことなのか悪いこと
なのかわからない。短期的、長期的、両方の観点が必要
かもしれない。といっても、現代において発信される情報の
大部分は長期的な観点において意味を持ちえず、埋もれて
しまう宿命にある。どちらかというとフローとしての情報という
側面が大きい。

読み手側が読みたいものを知らないと、客観的な価値が
ないものを延々と垂れ流してしまうことになりかねない。
そういうものは迷惑でしかないだろう。でも、そこでいう
客観的価値とは誰にとってのどんな価値なのだろう。
さっぱりわからない。

私が発信するものは読み手にとって、どうでもいい、
街の環境音楽的あるいは、テレビにおける広告のよう
なノイズみたいなものなのだろうか?

それとも、何らかの有意味なものなのだろうか?
精神病者が日々何を考えながら生きているのだろうか?
という興味はきわめてせまいながら存在していると思う。

急性精神病体験を経た人がその後どう生き、その体験は
その人の人生においてどんな意味合いを持ち、その人の
現在にどのように影響しているのか?という問いは存在
すると思う。事実、私が長々と日々記録をつけている理由
の一つだと思う。

そして、そういうものが記録されている資料も私は見たこと
がない。だから、といって今までに記録したデータがそういう
資料ですと言い立てるだけの資格はあるのだろうか?

ある意味、人工的な資料だと思う。いい意味でも悪い意味
でも意識過剰である。もちろん、意識化しないことには浮かび
あがらないこともあるだろうから、全く価値がないとはいえない。

でも、その浮かび上がったとされるものは正当性はあるのだ
ろうか。極端な場合、でたらめ放題書けるのである。

読み手には批判的な目をもって、疑いつつ読んでもらわない
といけない。全面的な信頼を置けるかというと、私はそれなり
に誠実な気持ちで書いているつもりだけど、いろんな面で
不備はあるだろう。

長々と書いたので「何を売りたいか」に移る。何を売りたいか
つまり、書き手にとって価値あるもの、伝えたいものである。

それはまさに先ほど書いた、日々何を考えながら暮らしている
のだろう?ということだ。

表題というのはその日に思いついたテーマである。
いわば浜に上がったばかりの魚みたいなものだ。

その日の魚屋さんに並んだものが日々の文章なのである。
身辺雑記みたいなものではあるけれど、最近読んでいる本、
聞いた話、思ったことなどに強く影響されている。もろもろの
影響の結果、問題となって浮上したのがその日のお題だと
思う。

魚は無意識下にいろいろほかの魚もうろちょろしていたこと
であろうが、そちらは釣り上げず、出てきた魚が釣り上った。
これも何かの縁ではあろう。

そして、ひとたび「現実化」した文章はそれ以後、消去しない
かぎり存在しつづけ、私をある面、拘束してしまうことだろう。
文章は書けば書くほど、書かれたものによって規定され、
固められてしまうように思われる。

そして、それらが地層のように積みあがったものが発信された
ものの総体なのだ。

そこに今という時代を感じる。一昔前であれば、せいぜい文集
の数頁を飾るといった範囲でしか発信できなかっただろう。
一介の患者が、分厚い記述を生み出せる機会は与えられなか
ったはずだ。そして、ひとたび生み出せたとしたら、そこを足場
にして次なるものごともありえるかもしれない、そういうことだ。

もちろん、批判されるかもしれないし、無視されるかもしれない。
でも、批判が可能になるのもデータとしての存在が前提になる
だろう。沈黙している限り、批判もできないのだから。

何人かの患者が発信するのに刺激を受けて、自分の記録も
公開しようとしはじめた人々もネット上ではちらほら見かける。
それらを比較参照することで、お互い欠を補いながら、それ
ぞれの記録は生きてくるのだろうと思う。

まとまった資料があればこそ、断片的な資料も生きる。
少なくともないよりはあったほうがいいのではないかと思うのだった。

精神病の履歴の刻印

よくもわるくも、私の書いたり考えたりすることの中には精神病の履歴
の刻印が深く刻み込まれていると思う。

よくもというのを怪訝に読まれる方もいるかもしれないけれど、精神病
の体験にはもちろん恐怖体験もあるけれど、魅惑的な要素もあるから
だ。精神病を通して何かこの世界の深層にかかわるものが垣間見れた
という風な印象から離れることはできなかった。

脳の故障と割り切ることがついに出来なかったのだった。だから、世界
の成り立ちを少しでも理解するために読書生活が始まった。でも、以上
のような動機に基づいているので、必ずしも健康な読書とはいえなかった。

物事を深く掘り下げようという傾きはついに治らなかった。そして、その
ことは世間の人から関心ごとその他において異質性みたいなものを
育んでしまった。

異質性を個性と捉え、あるいは世間の人と差異化したいという欲望を
持っているのだろうか。ある種の知的エリートとして、あるいは知識人
として自分を規定しているのだろうか?

心の底の底までたどっていくとそういった鼻持ちならない要素はある
と思う。事実、検索するキーワードとか思い出してみるにつけ、その
感を強くする。でも、自分の心を裸にして、裸の自分と向き合ってみる
と多かれ少なかれ人の心には醜悪な部分があるのではないかと思う。
せめて、無理のない範囲で、その醜悪な部分とも向き合おうと思う。
でも、そう書きながら、そう書くことによって誠実さを担保しようとする
自分もいる。なかなか厄介だ。

精神病自体の症状らしきものは、特に非日常的な異常体験に類する
部分はまれにしか体験せず、日常的に体験するのは気分の高揚とか
抑うつなどに関することだ。

二次的に乱読の結果、おそらく、風変わりな人格が出来上がって
しまった。病気の前からある意味、風変わりなところはいつの時代でも
あったから、さらにそれを強調する結果となった。

他者とは時に濃密に語り合うことがあるし、少数の他者とはいつも
深い話題で話し込むことが多いのだけど、どことなく孤独感を感じている。
濃密に話し込んでも、相手にとってみれば、相変わらず謎の存在、
そんな感じなのだ。

長々とものを書いているのは少しでも自分のことを理解してもらいたい
という願望もどこかにはあると思うけれど、結果としてわからない部分を
増やしているような感じである。でも、それも読書したりとか自分で選んだ
結果だと思う。

わかりにくい私の文章ならびに画像などの表現につきあってみて、
読者としては何か得るものはあるだろうか?

一般化できない、点データとしての個人の記録である。おまけに、
典型的な患者かというとなんとなくそうでもないと思う。

でも、周囲には比較してみると面白い考察を得られそうな当事者は
何人もいるし、それはこれをお読みの読者の周囲にもそういう方は
いらっしゃるかもしれないし、そういう意味では労苦をもって資料化
してみていることにも何らかの意味はあるかもしれない。

たとえば、精神科医の思想性について考えることのできる資料は
図書館いけばすぐ見つかる。では患者のほうの思想性については?
患者の思想などに価値を認めない人のほうが多いと思う。

かえって患者の人生を複雑なものにしてしまう可能性のほうを読み
取るひとのほうが多かろう。

でも、思想性のある患者というのは方々を探せば一定数いるだろうし、
プリミティブではあろうけど、その実存性という意味では真摯な探究者
という側面は疑えないだろう。

哲学的訓練を受けたわけでもなんでもない、患者の思想など、ゴミ同然
とさえ言い渡すことも可能だ。でも、そこにさえ何らかの歴史的意味は
ありはしないだろうか。超ミクロかつローカルな歴史ではあっても、
患者の全エネルギーをかけた真正の思想をそこに読み取ることはでき
ないのだろうか。

2013年11月3日日曜日

スルメを観察して生命を読むー固定という概念

『スルメを見て、イカがわかるか!』という本がある。
養老孟司と茂木健一郎の対談集らしい。
まだ読んでない。

でも、「スルメを見て、イカがわかるか!」という発言の表面的な
ところだけはなんとなくわかる。

ところで私の場合は全くの逆発想だと思う。
大学の時、染色体の観察実習の折に固定という手順を習った。
ホルマリンを主体とした固定液に細胞を含んだ根の先端を
浸してしまうのだ。それによって、タンパク質が変性し、生命の
動きは停止してしまう。

以上のような操作と類似のことを生物の観察一般で広く行われている。
押し葉標本はぺしゃんこになった乾燥した植物の遺体だし、標本という
もの一般がそういうものだ。そして、そういう操作によってはじめて繰り
返し同じものを観察するということが可能になる。

話がまた難しくなったので、昨日のお絵かきを。



主題は「固定された染色体」だ。

書き方が悪くて、話が見えなくなってしまった人もいるかと思うのだけど、
大体において、私の表現したものは「自分の標本を採る」という発想で
今のところ組み立てられている。そんな難しい言葉を使わないで自分史
といってみたほうがわかりやすいかもしれない。

表現という形で内側のもやもやを固定し、外化する、そのことによって
繰り返しの観察が可能になる、という原理だ。

画にはいろいろ不満なところもある。染色体6本というのは学生のとき、
扱っていたクレピスという属のキク科植物の染色体が6本なのにちなんだ。
染色体6本というのは植物の中でも最も少ない部類にはいる。それは
いいのだけど、6本全部同じというのはおかしい。細かく言い出すと
きりがないのだけど、解剖学的に正しいことを目指したわけではないの
でご容赦を。

どっちかというとイメージメモという感じだ。メモというには作成に2時間
以上かかっているので、そう気軽にというわけではないけど、自分史の
ビジュアル版という感覚も入っている。

「誰でも画がかける」かどうかはわからないけれど、PCは技術を大衆化
し、多くの背景を持つ人がこういう世界に入っていくことを可能にしている
側面はあると思う。

その場所、その時で、考えたことの記録としては十分だと思う。

そして、極私的ではあるけど、それは世相の一部である。表現として
表面に浮かび上がったことを通して、その深層について考えることを
可能にする。こういう考え方は中野収『戦後の世相を読む』に学んだ。


微視の史学 アタマの中で起こった出来事をどう評価するか?

日本は世界の中でもブログ人口が最も多い国の一つらしいけれど、
歴史的にそうなる土壌があるんだなあというのが最近の感想。

月並みだけど、王朝日記文学から始まり、綴り方運動、
『ふだん記』などの自分史運動などを経て、ブログの時代へという
流れがある。

通時的に自分のブログを位置づけるという座標軸さえ持つことの
できる恵まれた環境といえる。

あれこれのいつもの検索散策の中で今日は「微視の史学」という
用語を拾った。同名のタイトルの本もあるそうだけど、県図書の
書庫に眠っているかどうか。

巨視の史学に対応する概念として微視の史学というものがある
らしい。鳥の目に対する虫の目。

類似の視点を植物生態学の本の中で習った。同じく、ものの見方
には微視的な視点と巨視的な視点があるということなのだけど。
一平方メートルの枠に生えている植物をプロットしていく、というも
のから九州全体の植物相を大まかに区分するようなものという
感じの縮尺によって何が主題になるかというのが変わってくると
いう話。ただし、価値的には巨視的、微視的どっちがどうだとは
いえない、と思う。

さて、フィールドを身近にもってきて、私のような感じの精神科に
通っているような当事者と設定した場合、わたし的には微視的
はさらにローカルになって、「アタマの中で起こった出来事」まで
及んでくると思う。まあ、もちろん、意識の流れみたいなものを
いちいち記録することに意味があるかどうかは不明だとおもう。

「アタマの中で起こった出来事」も表現することによって、取り出し、
発信してしまえば、アタマの中を越えてしまう。

まあ、私のブログとかと比べてみても仕方のないことだけど、
「色即是空」みたいな重要な概念がアタマの中で、あるいは対話の
中で生まれた瞬間みたいなのが記録されていたとしたら、十分重要
なことなのではないだろうか?

私のヤマカンなのだけど、『大般若経』の中には「色即是空」が生まれ
るまでの歴史的経緯が記録されているのではないだろうか?そうだから
こそとても読み切れるものではないとされる長大なテクストを玄奘三蔵は
生涯をかけて翻訳したのではないだろうか?それに至るプロセスを知り、
伝えたい一心で。まあ、あてずっぽうのヤマカンなのでそこのところ、
よろしく。

その人の中からしか生まれ出ないなんらかの言葉がある。あるいは
表現がある。有名無名に関わらず。そういう事実が私の書く意欲を
支えている。もしかしたら全くの徒労に等しいことかもしれないことを
長々と続けている理由である。

2013年11月1日金曜日

物質的にそれなりに豊かな生活と精神的に精一杯の豊かな生活を目指して

別に豊かな精神生活像を描きたいという野心があるわけ
ではない。でも、本音を書くとそうもいいきれない。

ネットを散策すると、縄文人は、あるいは古代人は
意外に豊かな精神生活を送っていたかもしれないとある。
精神文化を彩る遺物からそう映るのだろう。

物質的にはそれなりの豊かさが広く行き渡っている。
コカコーラは誰が飲んでもコカコーラであり、
コンビニに行けばおいしいお菓子を買うことができる。
時間軸をさかのぼっていくとそれらのことは決して
「あたりまえ」というわけでもなさそうだ。
月並みだけど、大量生産、大量消費の恩恵ということか。

衣食住がそれなりに維持されているとすれば、
あとは精神生活ということなのかもしれない。
精神生活という言葉が精神世界を連想させ、嫌だ
というのなら、文化生活とでも呼んでおこう。

唐突にだけど、話は19世紀のイギリスに飛ぶ。
この時代のイギリス、労働者階級も巻き込みながら
博物学が流行したそうだ。
博物学、もうちょっと易しく書くと標本集め。

カネをもっていなくても、野外を動き回れば標本が集まる。
標本は所有欲を満足させ、標本を通して学びの機会を得る
ことになる、というわけで、労働者階級対策みたいなのにも
都合のいい媒体だったことが分かる。

博物学は東洋では本草学と呼ばれ、日本でも時期を同じく
して流行した。

そういう現象と今の普通の人による情報発信みたいなもの
が異なる時代での相似現象みたいに見る人もいるらしい。

江戸時代、化政文化と呼ばれるくくりの元、本草学だけで
なく、寺子屋などを通じて読み書きは庶民レベルまで広がり、
それらの成果は写本や、地方(じかた)文書として現代に
残されている。

写本のほうは数が多すぎるので未だ調査の進んでいない
ものも多い。写本の一つの類型は読み書きを学んだ人々
が学んだ成果を生かし、周囲の風物、読んだものの抜き
書き、エッセイ等なども含まれる。自費出版に感覚として
は似ているのかもしれない。そういうものも面白ければ、
誰かの手によって書き写され、複製され、写本となった。

地方(じかた)文書というのは豪農の土倉などに残された
手書きの文書のこと。江戸時代の民衆の具体的な生活
像が分かるために研究者にとっては宝の山とされるそうだ。
その地方文書を通して、歴史の書き換えが進んでいる。
時代劇で描かれる類型的な庶民像、農民像を越えて、
具体的なその時代を生きた人々の顔(格好だけでなく、
日々何を感じ、何を考えてたまで)が描かれるように
そのうちなるかもしれない。

翻って、後世、この時代の人々はどう描かれるようになる
のだろう?日々、膨大に生み出されるネット上の情報も
貴重な史料には違いないだろう。でも、江戸時代の写本
と同じく、あまりにも数が多いために、ほとんど密林状態
で調査も進みにくいかもしれない。

むしろ、「精神福祉史」とか「精神医療史」その他細分化
された領域内で歴史が語られるのかもしれない。

昔、中国ではある層の人々は後世、歴史の史料になることを
意識しながら、文書を書き残した。もちろん、意識的に
自分(達)に都合のいいことを書き残すということもあった
だろう。後世、顕彰されることでも夢みながら。逆に後世の
人から攻撃されることを備えて、ある種の証拠として、
あるいは弁明として書き残した人もいるらしい。

歴史といってもそんなに大仰なことを考えなくてもいい
かもしれない。家族レベル、小範囲な地域レベルで過去
を振り返り、過去から学ぶ素材として成り立てばいいの
かもしれない。

遺されたものを読んで、何を学ぶかは人それぞれ。
反面教師であってもいいじゃないかと思う。何かを遺した
からこそ、そこから何かがくみ取れるわけであって、
遺さなかったら、何も考える材料は得られない。

太古、国のようなレベルで、情報を遺すということの
重要性が意識されるようになった。ある種の歴史意識
みたいなもの。

そういうものがきっと下々のレベルまで降りてきて、
今、自分の主題のひとつになっているのかもしれない
と思う。

過去の反省から何を学ぶか、何を生かすかは人
それぞれ。

P・S 前半はよかったけど、後半は???
難しかったという感想をもらった。まあ、書いている
うちにこうなってしまったという文章。興がのってくる
と何を書きだすかわからない。それも含めてまた一興。