いくら本を読んでも総体としての世界のイメージがさっぱりつかめない。
せいぜいなんらかのヒントになるのはgooglemapだったり、古代人の
マクロコスモス、ミクロコスモスという象徴的な世界像だったり、ある
いはフラクタル図形の動画だったりする。
要するになんらかの入れ子状態であって、縮尺は変わっても価値的
には一定というような世界観だ。まかり間違っても総理大臣や
事務次官の魂の重さのほうが一般庶民の魂の重さより重いとは考え
ない立場。たとえ、保険で支払われる金額に違いがあったとしてもね。
そして、それは細胞の仕組みが個体の仕組みより簡略なわけでもな
いし、水素原子を支配している力学が現代行われている政治の力学
よりも簡単だとはいえないのと同じこと。階層は違えど、神秘は神秘
という立場なのね。
それが集約されているのが、平凡な毎日の家庭における日常生活。
退屈な日常などと、作家さんたちは書いて、平凡な生活を軽蔑する
人もいるかもしれないけれど、日常を構成している一つ一つの要素
は一歩踏み込むとどんどん専門的になって、そのうち未知の世界に
つながるわけ。家政科の教科書をめくるとわかることなのだけど。
洗濯と関わる天気でも、洗剤の科学でも、料理における化学反応
でもなんでも。裁縫にも歴史があるし、歯磨きにも起源がある。
たぶん日常生活のほとんどは「利用者」として表面だけを知り、
わずかに「仕事の世界」を通してバックヤードをそれも部分的に
垣間見るだけ、そんな感じがします。
それで、病気した後、よくも悪くも社会から外れて、時間がありあ
る時期があったため、図書館に篭りました。所詮、お書物を通した
単なる情報だとしても、図書館に篭ることで全体像としての世界
みたいなのがイメージできるのではないか?と思って。
放送大学の学習センターでビデオ漬けになった一時期もあります。
記憶力がいいどころか病気の後、なんとなく記憶障害があるような
感じもして、ほとんど記憶に残っていないのですが、まあ無意識下
には痕跡が残っていることでしょう。
博識になって自慢がしたいの?知識を見せびらかしたいの?
と思われる方もいるのかもしれないのですが、あんまりそういう風
な欲はもちません。「アイツと私とではどっちが知識がウエ」かとか、
「アイツには負けたくない」というような情念はわいてこないのです。
どちらかというと一人遊びの世界で、「図書館ゲームの謎」とは
一体何だろう。自分が仮に図書館ゲームと名付けたこのゲーム
の実体とは一体何なのだろう?といったような、自分にとってだ
け意味のあるゲームを一人で設定して、一人で遊んでいるような
感覚です。だから、世間の人は何で私がそんなに一生懸命勉強
している目的がわかりません。勉強して身を立てようとかあんまり
考えないのです。(結果としてカネを生んで、生活がラクになったら
それに越したことはないのですが。)閑話休題。
今は、ぜんぜん実現できていないのですが、雑学的に諸分野のこと
を勉強して、それをあまり整理とか統合とかせずにアタマの中に
ぶち込んで、かけ離れた分野の事物の構成要素を組み替えて何か
創作物ができないかなあと思っています。
食べ物の分野であれ、風俗産業みたいな分野であれ、日本人とい
うのは職人的に一生懸命、仕事に励んでいる人は励んでいて、
いろんな分野で、他の分野に持っていっても役に立ちそうな金言
というものは見つかるものです。
「明日になれば、 今日の非常識は常識になっている」
これはカップラーメンの発明者、日清製粉の創業者
安藤百福という人の言葉なのですが、どの分野に持っていっても
通用する言葉でしょう?
自分なりの世界像というお題だったのですが、あまり説明
できずに終わってしまいました。
はじめての方へ
私が入院したのは1992年と93年のそれぞれ春です。入院期間は短く、現在も小さな症状があるくらいです。非定型精神病に典型ってあるのかどうかわかりませんが、今は精神病者と健常者の狭間にいるような感覚です。外来は最初から途絶えることなく続いてますし、服薬のほうは一生つづくでしょう。病気の理解の助けになるかどうか知りませんが、ある種の人間の理解の助けにはなるかもしれません。
P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。
p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
P.S 読んでいただいている奇特な少数の読者さまへ
おかげさまで、毎日読んでくださる人もいらっしゃるよう
になりました。当事者の方もいらっしゃるのでしょうか。
状況は異なれ、何か役立てられたら幸いです。急性状態を
体験されたことはさぞ大変だったことでしょう。でも、
まだ人生は終わっていません。その後の分岐点もさまざま
でしょうけど、希望の光、ともし続けてください。ゆらめく
ことはありましょうけど、大事に守ってあげてください。
p.s2 ブログの文章中には論証しようとか説得しようという
意図をもったものはありません。単に一個人からみたら
こう見えるというものにすぎません。仮設的な思考の計算
用紙、あるいは個人用のネタ帳といったところです。
P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)
P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)
P.S3 現在の診断は統合失調症です。内側から見た統合失調症と本来しなければならないのですが、まぎらわしいのですが、タイトルはそのままとし、概要のほうで調整することにしました。まあ、心因反応と最初につけられた後の病名が非定型精神病で、その時期が長く、主治医から見ると、非定型精神病寄りの統合失調症ということなのでしょう。(聞いたことはありません)(2015・05・08)
P。S4 あともう一点重要な修正があります。私が最初に精神病で入院したのは91年で再発したのは92年のようです。履歴書用の暦でしらべたら、そういうことになりました。85年に大学に現役で入学し、留年とかはせずに、大学院も修了し、会社の研修期間中に発病。その翌年に再発です。修正があるときには、上書き方式をとらず、コメントで調整しようと思います。修正の履歴が残ったほうがいいと考えるからです。(2015・05・08)
2013年10月4日金曜日
夕べの夢 ハコフグ
夕べも夢をみた。
隅田川。実際の隅田川はあまりキレイな川とは言えないかも
しれないが夢の中の隅田川は水質は悪くないようだった。
そして、周囲の景色もなぜだか下町風の風景だった。
隅田川に潜る。あれこれと人工のゴミもあちらこちらの
川底に散らかっているのだけど、水は澄んでいて、
なぜだか海の生き物が泳いでいる。
ハコフグ。プカプカ泳いでいる。茶色いハコフグ。
茶色の縁に白の鱗が自己主張している。
でも心なしか海の生き物のような感じではない。
なんとなく、空の生き物。夢の中だからか水の質感は
なく、川の中なのに空を泳いでいるような感じ。
イソギンチャクかサンゴのような大型の生き物もいる。
どうやら私はそれを見に来たみたいだ。
赤くて、漏斗のような体を幾つも重ねたような先に
黄色く光る触手を伸ばしている。そんなのがいくつも
群れをなして片隅に陣取っている。
川の支流に入る。なぜだか急階段のような下りで
滝のように激しい水流のはずなのだけど、空気の
ゆるやかな流れのような感じで圧迫したりはしない。
見晴しはよく眼下の景色が広がる。でも、私は引き返した。
帰りの途中で川底に防空頭巾と茶色い古ぼけた鞄をいっしょ
にみつけた。どうも時代も微妙に違うらしい。
次の夢に移った。
夢についてもメモ
ハコフグといえば、少年の頃、どうしても釣りたかった
魚だ。魚釣りといっても、昔の子供の遊びみたいな
釣りだった。道具は糸とおもりと針などを港の近くの釣り具
屋さんでお小遣いで買って、鹿児島港まで、徒歩で
そのまま歩いて行く、という形式が多かった。まったく
の素人の楽しみだった。
一人でいくことはあまりなく、近所の友達などと一緒に
いった。「釣り場での仲間」はいなかった。あくまでも
同じ小学校の子が仲間であり、それ以外の人々は
別の世界に属する人、みたいな感覚があった。
ちなみに小学校は一学年2クラスでだいたい顔は知っ
ていた。
魚はクラカケトラギス、ボラ、サヨリ、チヌやらメジナ
の稚魚の類がつれた。あと俗に「キンギョ」とみんな
呼んでいた魚もつれた。ハズレみたいな魚で、ネン
ブツダイの仲間。
稚魚の類を釣る子供の遊びみたいな世界だったけど、
港の浮桟橋の下のほうで悠々と泳いでいるのが
ハコフグだった。子どもの世界では大きな魚で、
釣ろう釣ろうとしてたけど、どうしても釣れなかった。
どうやったら釣れるのか子供の世界ではわからなか
った。
イソギンチャクはついに触手を伸ばしたものは水族館
の中でしか見ることはなかった。子供の頃のイソギンチャク
といえば、直径3cmくらいのもので、干潮のときに見る
ものだった。石垣状の階段みたいな水路のところ
にいる、緑とオレンジのシマシマの生き物だった。
種類は今もって不明。
隅田川。実際の隅田川はあまりキレイな川とは言えないかも
しれないが夢の中の隅田川は水質は悪くないようだった。
そして、周囲の景色もなぜだか下町風の風景だった。
隅田川に潜る。あれこれと人工のゴミもあちらこちらの
川底に散らかっているのだけど、水は澄んでいて、
なぜだか海の生き物が泳いでいる。
ハコフグ。プカプカ泳いでいる。茶色いハコフグ。
茶色の縁に白の鱗が自己主張している。
でも心なしか海の生き物のような感じではない。
なんとなく、空の生き物。夢の中だからか水の質感は
なく、川の中なのに空を泳いでいるような感じ。
イソギンチャクかサンゴのような大型の生き物もいる。
どうやら私はそれを見に来たみたいだ。
赤くて、漏斗のような体を幾つも重ねたような先に
黄色く光る触手を伸ばしている。そんなのがいくつも
群れをなして片隅に陣取っている。
川の支流に入る。なぜだか急階段のような下りで
滝のように激しい水流のはずなのだけど、空気の
ゆるやかな流れのような感じで圧迫したりはしない。
見晴しはよく眼下の景色が広がる。でも、私は引き返した。
帰りの途中で川底に防空頭巾と茶色い古ぼけた鞄をいっしょ
にみつけた。どうも時代も微妙に違うらしい。
次の夢に移った。
夢についてもメモ
ハコフグといえば、少年の頃、どうしても釣りたかった
魚だ。魚釣りといっても、昔の子供の遊びみたいな
釣りだった。道具は糸とおもりと針などを港の近くの釣り具
屋さんでお小遣いで買って、鹿児島港まで、徒歩で
そのまま歩いて行く、という形式が多かった。まったく
の素人の楽しみだった。
一人でいくことはあまりなく、近所の友達などと一緒に
いった。「釣り場での仲間」はいなかった。あくまでも
同じ小学校の子が仲間であり、それ以外の人々は
別の世界に属する人、みたいな感覚があった。
ちなみに小学校は一学年2クラスでだいたい顔は知っ
ていた。
魚はクラカケトラギス、ボラ、サヨリ、チヌやらメジナ
の稚魚の類がつれた。あと俗に「キンギョ」とみんな
呼んでいた魚もつれた。ハズレみたいな魚で、ネン
ブツダイの仲間。
稚魚の類を釣る子供の遊びみたいな世界だったけど、
港の浮桟橋の下のほうで悠々と泳いでいるのが
ハコフグだった。子どもの世界では大きな魚で、
釣ろう釣ろうとしてたけど、どうしても釣れなかった。
どうやったら釣れるのか子供の世界ではわからなか
った。
イソギンチャクはついに触手を伸ばしたものは水族館
の中でしか見ることはなかった。子供の頃のイソギンチャク
といえば、直径3cmくらいのもので、干潮のときに見る
ものだった。石垣状の階段みたいな水路のところ
にいる、緑とオレンジのシマシマの生き物だった。
種類は今もって不明。
2013年10月3日木曜日
どうやら充電モードに入ったのかなあ
しばらく前まで、facebookを舞台に書き過ぎていた。
制御不能のハイテンションというところまではいって
いなかったけれど、書きたいことが溢れてくるという
感じで書いていた。
そういうから騒ぎは終息した。今はそんなに着想が
浮かばない。といっても、ちょっとした一時休止かも
しれないが、、、
ああ、書けない。でも、これが正常なのだとも思う。
書く内容が浮かばない。
何度も何度も繰り返す、いつものパターン。
しばらく休息ののち、またまた元気になる。
・・・沈黙・・・
電池切れで、何もかもやる元気がないという
程ではない、日常生活も何不自由なくできるレベル。
ただ単に書く内容が浮かばないだけのこと。
好意的にみれば波の起伏が比較的なだらかな
のだと思う。現在の調子を維持できれば、まあまあ
生活は楽しめるし、年齢からいっても、だんだん年
を食ってきたので病気するエネルギーも落ちてきた
とは最近思っている。
ただ、アタマの中のおもちゃの問題。けっこう異質
な知識みたいなのがアタマの中で同居しているので
たまに化学反応みたいなのを起こして、オモシロイ??
というか奇妙な着想が浮かんでくる。
訂正不能というまでに頑強に信じ込んで問題を
起こすというよりは単に空想で楽しんでいるレベル
である。これもまあ問題はないと思う。
まあ、今日はこのへんで。
制御不能のハイテンションというところまではいって
いなかったけれど、書きたいことが溢れてくるという
感じで書いていた。
そういうから騒ぎは終息した。今はそんなに着想が
浮かばない。といっても、ちょっとした一時休止かも
しれないが、、、
ああ、書けない。でも、これが正常なのだとも思う。
書く内容が浮かばない。
何度も何度も繰り返す、いつものパターン。
しばらく休息ののち、またまた元気になる。
・・・沈黙・・・
電池切れで、何もかもやる元気がないという
程ではない、日常生活も何不自由なくできるレベル。
ただ単に書く内容が浮かばないだけのこと。
好意的にみれば波の起伏が比較的なだらかな
のだと思う。現在の調子を維持できれば、まあまあ
生活は楽しめるし、年齢からいっても、だんだん年
を食ってきたので病気するエネルギーも落ちてきた
とは最近思っている。
ただ、アタマの中のおもちゃの問題。けっこう異質
な知識みたいなのがアタマの中で同居しているので
たまに化学反応みたいなのを起こして、オモシロイ??
というか奇妙な着想が浮かんでくる。
訂正不能というまでに頑強に信じ込んで問題を
起こすというよりは単に空想で楽しんでいるレベル
である。これもまあ問題はないと思う。
まあ、今日はこのへんで。
2013年9月27日金曜日
言葉の世界について
ニカラグア手話というものがある。調べてみてもらったらいいと思うの
だけど、現代になって自然発生した言葉という意味でも面白いらしい。
この手話の発生にあたって主役を演じたのは子供たちらしい。
聾学校にあつめられた子供たちには共通のコミュニケーション手段が
なく、家でつかわれていた手振りの合図とかなんとかそれぞれのもの
を持ち寄りながら、自分たち自身で作り出し、練り上げられていったらしい。
私の説明は舌足らずなので、ぜひ気になる人は調べてみられたい。
ピジン言語とクレオール言語というものもある。例えばハワイの移民
たちが、中国、日本、そしてもろもろ地域からやってきた人たちが
当座の用をたすために作った言語だ。各地の港とかでそういう現象
は起こるらしい。横浜ピジンという言葉もある。もちろん幕末あたりの
話だと思うのだけど。
で、この話でも鍵を握っているのは子供たちだ。大人たちはそれぞれ
母語というものがあって、当座の用としてピジン言語を使っているのだ
けど、その子どもたちはその言葉の中で育つ。そして、自己をその言葉
で表現し、言葉は練り上げられ、文法も発達してくる。そういう形で
発達した言語のことをクレオール言語という。
ところで、今日の話はなまかじりの知識を披露するのが目的でない。
ここからが本題で、本題はもちろん空想の話だ。
太古、どういうところから言語が発生したか知る由もないけど、なんとなく
主役を演じているのは子供たちのような気がしてくるのだ。
せいぜい身振りとかギャーとかアーとかいった合図でサインを送っていた
に過ぎない大人たちの世界で、突然言葉というものが子供の世界の中に
発生し、拡がって行ったのではないかと。
言葉の世界自体が今でいうインターネットとか仮想世界みたいなもので
大人たちにはわからない、そういう世界もあったのではないだろうかと
思うのだった。
メディア上の革命は続いていく。たとえば歌の世界。
歌で世界ができるということを古代の人はどう捉えたのだろう。言葉や音
を使って美しいこの世ならぬ世界を作り上げることができるということを
あの時代の人はどう捉えたのだろうと想像する気持ちはやまない。
昔話の世界。「むかしむかしあるところに」というのが合図になって
この世界とは別の世界に入っていく。この世界とは違って昔話の世界
では何でも起こる。この世界とは違ってと書いたもののそれは現代人の
感覚であって、馴染みの身の回りの世界を越えた森も向こうの世界には
そんな世界が広がっていると古代や中世の人は考えたのかもしれない。
定型詩の世界。五言絶句でも短歌の形式でもいいのだけど、ある形式と
いう器ができるとその中に世界を盛り込むことができる。出来事を記録し
後世まで伝える力さえももつかもしれない。ちょうど今のひとがネットに
アップロードするような感覚で人々の間に詩を解き放ったこともあるだろう
し、惜しいような詩に出会ったときは自分なりの手直し、一工夫を加えた
のもあるかもしれない。コンピューターソースを手直しするような感じで
人々によっていろんな話はこうして練り上げられ面白さが増していく。
大人は分からない言葉の世界を子供たちが作り上げている、そういう
風な妄想は私をわくわくさせる。
最後に。ひとりひとり、その人の言葉の世界をもっている。見てきたもの
聞いたこと、そしてその感じ方、ひとりひとり違うのだ。当たり前だけど。
東西南北から運ばれてきた言葉がその人の中で、歴史上ただ一度きり
の出会いを起こしているのだ。探す気になれば、それぞれの人の中に
きっとそんなものがあるに違いない。
その人の世界の中でしか生み出せないもの。きっとそういうものだ。
だけど、現代になって自然発生した言葉という意味でも面白いらしい。
この手話の発生にあたって主役を演じたのは子供たちらしい。
聾学校にあつめられた子供たちには共通のコミュニケーション手段が
なく、家でつかわれていた手振りの合図とかなんとかそれぞれのもの
を持ち寄りながら、自分たち自身で作り出し、練り上げられていったらしい。
私の説明は舌足らずなので、ぜひ気になる人は調べてみられたい。
ピジン言語とクレオール言語というものもある。例えばハワイの移民
たちが、中国、日本、そしてもろもろ地域からやってきた人たちが
当座の用をたすために作った言語だ。各地の港とかでそういう現象
は起こるらしい。横浜ピジンという言葉もある。もちろん幕末あたりの
話だと思うのだけど。
で、この話でも鍵を握っているのは子供たちだ。大人たちはそれぞれ
母語というものがあって、当座の用としてピジン言語を使っているのだ
けど、その子どもたちはその言葉の中で育つ。そして、自己をその言葉
で表現し、言葉は練り上げられ、文法も発達してくる。そういう形で
発達した言語のことをクレオール言語という。
ところで、今日の話はなまかじりの知識を披露するのが目的でない。
ここからが本題で、本題はもちろん空想の話だ。
太古、どういうところから言語が発生したか知る由もないけど、なんとなく
主役を演じているのは子供たちのような気がしてくるのだ。
せいぜい身振りとかギャーとかアーとかいった合図でサインを送っていた
に過ぎない大人たちの世界で、突然言葉というものが子供の世界の中に
発生し、拡がって行ったのではないかと。
言葉の世界自体が今でいうインターネットとか仮想世界みたいなもので
大人たちにはわからない、そういう世界もあったのではないだろうかと
思うのだった。
メディア上の革命は続いていく。たとえば歌の世界。
歌で世界ができるということを古代の人はどう捉えたのだろう。言葉や音
を使って美しいこの世ならぬ世界を作り上げることができるということを
あの時代の人はどう捉えたのだろうと想像する気持ちはやまない。
昔話の世界。「むかしむかしあるところに」というのが合図になって
この世界とは別の世界に入っていく。この世界とは違って昔話の世界
では何でも起こる。この世界とは違ってと書いたもののそれは現代人の
感覚であって、馴染みの身の回りの世界を越えた森も向こうの世界には
そんな世界が広がっていると古代や中世の人は考えたのかもしれない。
定型詩の世界。五言絶句でも短歌の形式でもいいのだけど、ある形式と
いう器ができるとその中に世界を盛り込むことができる。出来事を記録し
後世まで伝える力さえももつかもしれない。ちょうど今のひとがネットに
アップロードするような感覚で人々の間に詩を解き放ったこともあるだろう
し、惜しいような詩に出会ったときは自分なりの手直し、一工夫を加えた
のもあるかもしれない。コンピューターソースを手直しするような感じで
人々によっていろんな話はこうして練り上げられ面白さが増していく。
大人は分からない言葉の世界を子供たちが作り上げている、そういう
風な妄想は私をわくわくさせる。
最後に。ひとりひとり、その人の言葉の世界をもっている。見てきたもの
聞いたこと、そしてその感じ方、ひとりひとり違うのだ。当たり前だけど。
東西南北から運ばれてきた言葉がその人の中で、歴史上ただ一度きり
の出会いを起こしているのだ。探す気になれば、それぞれの人の中に
きっとそんなものがあるに違いない。
その人の世界の中でしか生み出せないもの。きっとそういうものだ。
2013年9月19日木曜日
久しぶりに友達が訪ねてくる
久しぶりに遠くから友達が訪ねてきます。
広島大学時代の友達です。
大学時代は発病前であって、発病を境にして、
たぶんちょっとした記憶障害みたいなのが出ているような
気がするので、ぼんやりとしか覚えていません。
なんだか前世のような感じ。(私は前世という用語はこういう
文脈でしか使いません)
大学のときは級が進むほどにばかになるというような
感じでした。勉強しないからばかになるというのではなく、
たぶん私なりにばかを研究したのでしょうね。
もともとが内向的な感じだったので、
ばかを通してでしか他人というものとつながる回路が
なかったのでしょう。
わたしがばかにならなかったら、大学大学院6年間
無事に進級、卒業修了できたのかどうかさえ、いま
考えてみるとわかりません。
大学というところは青春真っ盛りで、楽しい部分もあります
けど、ひとたび友人というセーフティネットみたいなもの
から落ちてしまうと、なかなか誰も助けてくれない
という恐ろしいところでもあるのです。
まあ、青年期は精神疾患の好発期でもありますし、
光の裏には影というものもあるのです。
私はどうにかこうにか大学6年間楽しく過ごす要素
が大きかったと思います。研究生活のほうに入った
後半3年間もつらかったといえばつらかったけど
充実していた要素も今思い返すと結構あるのです。
と書いてみても、今日の文章、具体的なことを書いて
いない文章なのであまり伝わらないかもしれませんね。
P.S ばかというのはこんなばかです。
当時は長髪だったので、ちょっと水ふくませたりして
七三にわけて、鼻のまえに海苔か黒い紙をひっつけて、
口をすぼめて、「ハイル・ヒットラー」と手を挙げながら
叫ぶとか。
裏で隠れて口の中にトイレットペーパーをいっぱい
いれて、それを口から下向いて出しながら
「えくとぷらずむー」とかですね。そういえば
エクトプラズムってもう死語ですよね。
そういうたわいもないことで笑っていた年代も
あったりします。すべてサークルの宴会芸です。
プロ野球の応援歌の替え歌をサークルの
飲み会のときにみんなで作って、
盛り上がっていました。うたいながらイッキのみ。
そんなサークルでした。今じゃとてもやりたく
ないような芸も私には実はあるのですが、
それについては勘弁してください。
広島大学時代の友達です。
大学時代は発病前であって、発病を境にして、
たぶんちょっとした記憶障害みたいなのが出ているような
気がするので、ぼんやりとしか覚えていません。
なんだか前世のような感じ。(私は前世という用語はこういう
文脈でしか使いません)
大学のときは級が進むほどにばかになるというような
感じでした。勉強しないからばかになるというのではなく、
たぶん私なりにばかを研究したのでしょうね。
もともとが内向的な感じだったので、
ばかを通してでしか他人というものとつながる回路が
なかったのでしょう。
わたしがばかにならなかったら、大学大学院6年間
無事に進級、卒業修了できたのかどうかさえ、いま
考えてみるとわかりません。
大学というところは青春真っ盛りで、楽しい部分もあります
けど、ひとたび友人というセーフティネットみたいなもの
から落ちてしまうと、なかなか誰も助けてくれない
という恐ろしいところでもあるのです。
まあ、青年期は精神疾患の好発期でもありますし、
光の裏には影というものもあるのです。
私はどうにかこうにか大学6年間楽しく過ごす要素
が大きかったと思います。研究生活のほうに入った
後半3年間もつらかったといえばつらかったけど
充実していた要素も今思い返すと結構あるのです。
と書いてみても、今日の文章、具体的なことを書いて
いない文章なのであまり伝わらないかもしれませんね。
P.S ばかというのはこんなばかです。
当時は長髪だったので、ちょっと水ふくませたりして
七三にわけて、鼻のまえに海苔か黒い紙をひっつけて、
口をすぼめて、「ハイル・ヒットラー」と手を挙げながら
叫ぶとか。
裏で隠れて口の中にトイレットペーパーをいっぱい
いれて、それを口から下向いて出しながら
「えくとぷらずむー」とかですね。そういえば
エクトプラズムってもう死語ですよね。
そういうたわいもないことで笑っていた年代も
あったりします。すべてサークルの宴会芸です。
プロ野球の応援歌の替え歌をサークルの
飲み会のときにみんなで作って、
盛り上がっていました。うたいながらイッキのみ。
そんなサークルでした。今じゃとてもやりたく
ないような芸も私には実はあるのですが、
それについては勘弁してください。
2013年9月16日月曜日
異星人たちへのメッセージ
日本語圏に絞ってみても自分にどことなく似た存在というのは
いるらしい。
自閉症スペクトラムのどこかに位置し、
しかも精神病の発病歴がある。
現在、どういうところに生きるうえでの問題があってとか、
とくに仕事がらみでの問題とかそっくりだった。
でも、あえて今コンタクトを取ろうとは思わなかった。
遠くからの経過観察中。
ひっくりかえしてみて、遠くから望遠鏡で私のブログを
眺めている異星人たちもいるかもしれない。
宇宙の中ではあなたがたは孤独ではない。
メッセージを流し続けておけば、どこかで受信して
くれる人もいるかもしれない。
かといって、直接コンタクトするかどうかはわからない。
縁という繊細な要素があって、
時期が早すぎても、遅すぎてもうまくいかない。
それに適切な距離をとれるかどうかわからない。
だから、代わりに受信報告書を書いてみます。
領収の受取証みたいなものです。
あなたがなんらかの発信をしてくれたおかげで、
自分自身への理解が格段に進みました。
自分のような人間はこのネット宇宙の中に一人では
なく、少なくともよく似た存在はいて、
たぶん探し出す根気さえあれば、
結構数いるかもしれないこと。
それは私を孤独からかなり救ってくれました。
私はあなたにコンタクトする日がくるかどうか
わかりませんが、遠くからあなたの発信を
暖かい目で見守っていきます。
あなたの発信するコンテンツを何にもまして
大事な存在とする人が世の中に少なくとも一人は
いることを知ってください。
あなたの発信、ちゃんとここに届いていますよ。
P.S ちょっとこの発信、無責任すぎると思ったので
ちょっと訂正。誰に届くか、どう届くかみきわめないで
書いてしまいました。千里眼をもっているわけでもない
ので、「あなた」と書いたからと言って、読んでいるあなた
がそのあなたなのか私にもよくわかりません。
水を差しているのかもしれないし、
私なりに誰かの状況が悪くならないように
私なりに精一杯やれることをやっているのかも
しれないし。よけいこんがらがらせているのかも
しれません。
いるらしい。
自閉症スペクトラムのどこかに位置し、
しかも精神病の発病歴がある。
現在、どういうところに生きるうえでの問題があってとか、
とくに仕事がらみでの問題とかそっくりだった。
でも、あえて今コンタクトを取ろうとは思わなかった。
遠くからの経過観察中。
ひっくりかえしてみて、遠くから望遠鏡で私のブログを
眺めている異星人たちもいるかもしれない。
宇宙の中ではあなたがたは孤独ではない。
メッセージを流し続けておけば、どこかで受信して
くれる人もいるかもしれない。
かといって、直接コンタクトするかどうかはわからない。
縁という繊細な要素があって、
時期が早すぎても、遅すぎてもうまくいかない。
それに適切な距離をとれるかどうかわからない。
だから、代わりに受信報告書を書いてみます。
領収の受取証みたいなものです。
あなたがなんらかの発信をしてくれたおかげで、
自分自身への理解が格段に進みました。
自分のような人間はこのネット宇宙の中に一人では
なく、少なくともよく似た存在はいて、
たぶん探し出す根気さえあれば、
結構数いるかもしれないこと。
それは私を孤独からかなり救ってくれました。
私はあなたにコンタクトする日がくるかどうか
わかりませんが、遠くからあなたの発信を
暖かい目で見守っていきます。
あなたの発信するコンテンツを何にもまして
大事な存在とする人が世の中に少なくとも一人は
いることを知ってください。
あなたの発信、ちゃんとここに届いていますよ。
P.S ちょっとこの発信、無責任すぎると思ったので
ちょっと訂正。誰に届くか、どう届くかみきわめないで
書いてしまいました。千里眼をもっているわけでもない
ので、「あなた」と書いたからと言って、読んでいるあなた
がそのあなたなのか私にもよくわかりません。
水を差しているのかもしれないし、
私なりに誰かの状況が悪くならないように
私なりに精一杯やれることをやっているのかも
しれないし。よけいこんがらがらせているのかも
しれません。
2013年9月15日日曜日
人間についての深い理解と自分についての深い理解
”人間についての深い理解”で検索すると多数の文章が引っかかる。
大学案内とか多い。でも、人間についての深い理解の以前に自分に
ついての深い理解がなければ、人間についての深い理解には至れ
ないのではないかという気がする。
そして、自分に対する深い理解の前提になるのは自己分析の文字化
されたものである。
でも、それは前提であって、果たして「深い」理解に至るのかはわから
ない。何回も書いたように、自分は自分を偽るものなので、そして、
自己言及でもあるので、はなはだ疑わしい。
しかし、何回も書いたように、これが他者に移ると知りうる情報量は
格段に落ちる。
私の父はもういないが具体的な言葉はほとんど残っていない。漠然と
いい人だったような気はするのだけど、くっきりとした輪郭はもうない。
むしろ本の文章としての遠くの人のほうが、本をめくるたびに
一字一句、同じ文章としてそこにいてくれる。そして、何度も読みかえ
していくうちに違う風にも読めてくる。
違う風にも読めてくるというのが味噌で、これはきっと自分が書いたもの
にも当てはまる。そして、書かれたものを何度も読み返すという作業を
省いては自己理解に至りそうな気がしてこない。
もちろん、自己理解はあくまで自己理解である。一般化できない。
ただの多くの人の中の一事例としての自分のケースである。
でも、その一事例について一定の理解をしてみるというのも意味は
あるのではないだろうか。
何回も書いたけど、ひとつのケースを押さえると、ほかのものと比較
ができる。断片的な資料さえも、比較の対象になる。
自分にとっての一番重要な基準は自分なので、まずこれを押さえないと
いけないと思う。
そして、近くのものから遠くのものへと比較していく。
そんなことして何になるのだろう?
「人間についての深い理解」というのはいろんな大学案内でうたわれている
項目なので何らかの価値があると思う。
おそらく、人間にまつわるすべてのものごとと関係しているといいたいの
だと思う。
少なくともその前提にはなる。
どんなにものを知らないひとでも少なくとも自分については
その人なりによく知っている。
カタログを作る感じで、それを文字化して、広げてみよう。
たぶん、私のやりたいことは何か創作物をつくることで、
それには素材というものが必要だから、一番身近な素材
である自分という材料を使って、素材カタログでもつくっている
のだと思う。
大学案内とか多い。でも、人間についての深い理解の以前に自分に
ついての深い理解がなければ、人間についての深い理解には至れ
ないのではないかという気がする。
そして、自分に対する深い理解の前提になるのは自己分析の文字化
されたものである。
でも、それは前提であって、果たして「深い」理解に至るのかはわから
ない。何回も書いたように、自分は自分を偽るものなので、そして、
自己言及でもあるので、はなはだ疑わしい。
しかし、何回も書いたように、これが他者に移ると知りうる情報量は
格段に落ちる。
私の父はもういないが具体的な言葉はほとんど残っていない。漠然と
いい人だったような気はするのだけど、くっきりとした輪郭はもうない。
むしろ本の文章としての遠くの人のほうが、本をめくるたびに
一字一句、同じ文章としてそこにいてくれる。そして、何度も読みかえ
していくうちに違う風にも読めてくる。
違う風にも読めてくるというのが味噌で、これはきっと自分が書いたもの
にも当てはまる。そして、書かれたものを何度も読み返すという作業を
省いては自己理解に至りそうな気がしてこない。
もちろん、自己理解はあくまで自己理解である。一般化できない。
ただの多くの人の中の一事例としての自分のケースである。
でも、その一事例について一定の理解をしてみるというのも意味は
あるのではないだろうか。
何回も書いたけど、ひとつのケースを押さえると、ほかのものと比較
ができる。断片的な資料さえも、比較の対象になる。
自分にとっての一番重要な基準は自分なので、まずこれを押さえないと
いけないと思う。
そして、近くのものから遠くのものへと比較していく。
そんなことして何になるのだろう?
「人間についての深い理解」というのはいろんな大学案内でうたわれている
項目なので何らかの価値があると思う。
おそらく、人間にまつわるすべてのものごとと関係しているといいたいの
だと思う。
少なくともその前提にはなる。
どんなにものを知らないひとでも少なくとも自分については
その人なりによく知っている。
カタログを作る感じで、それを文字化して、広げてみよう。
たぶん、私のやりたいことは何か創作物をつくることで、
それには素材というものが必要だから、一番身近な素材
である自分という材料を使って、素材カタログでもつくっている
のだと思う。
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